いつもお世話になっております。税理士の●●と申します。
標記の件、ご相談したくメールいたしました。
【前提】
・当該医療法人は、持分のある経過措置型医療法人
・定款には、社員の資格喪失事由として「死亡」が挙げられており、
「社員資格を喪失した者は、払込済出資額に応じて払戻しを請求することができ
る」旨の記載有
・社員(出資者)Aが既に死亡しており、新たな社員の入社もないため、
相続人(4人)が持分払出請求権(債権)のみ相続し、事実上、社員不在の状態
(経営を引き継いで理事長になった相続人の1人が、社員のようなもの、
と言えなくもないですが、それを示す書類や議事録等は残されていません。)
・持分払出請求権が発生(相続)してから10年以上が経過している
【ご質問】
・社員不在の状態を解消するために考えられる実務上の方法や留意点についてご教示
ください
・理事長(医療法人)としては、時効を援用して他の相続人3人の持分払出請求権
を、 消滅させようと考えていますが、その際の留意点等があればご教示ください
(全員の請求権を消滅させるのではなく、特定の相続人の請求権のみ消滅させるこ
とは可能なのでしょうか。)
以上、お手数おかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。
1 ご質問①〜社員不在の状態〜
>・社員不在の状態を解消するために考えられる実務上の方法や留意点についてご教示
>ください
社員不在というのは、社員が一人もいない状態(相続等で全社員がいなくなった状態)
ということでよろしかったでしょうか。その前提で回答します。
その場合、法的には、強制解散事由になります(医療法55条5号)ので、
現在、医療法人は、解散している状態です。
つまり、本来は、都道府県に解散届出をし、
清算手続きをしなければならない状態となっています。
そして、社員の欠亡による解散の場合、
持分保有者もいない状態となるでしょうから、
定款などに特段定めがなければ、
相続人の持分払戻請求を含む債務を弁済し、残りの
財産については、国庫に帰属してしまう状態となります(医療法56条第2項)。
また、社員がいない状態である以上、新たな社員の選任もできません。
ですので、法的に真正面から社員不在の状態を解消する
方法はここまできてしまうとありません。
現実論として、今後どうしていくのかという点ですが、
>経営を引き継いで理事長になった相続人の1人が、社員のようなもの、
>と言えなくもないですが、それを示す書類や議事録等は残されていません。)
とのことで、他の証拠関係とは矛盾しない形で、
理事長が社員となっている評価できるものとして整理できるか
や証拠の整備をするという方法も事実上のレベルではありえますが、
一歩間違えると犯罪になりますので、個別具体的なコンサルティング
なしでアドバイスすることは難しいかと存じます。
2 ご質問②〜時効について
>理事長(医療法人)としては、時効を援用して他の相続人3人の持分払出請求権
>を、消滅させようと考えていますが、その際の留意点等があればご教示ください
>(全員の請求権を消滅させるのではなく、特定の相続人の請求権のみ消滅させるこ
>とは可能なのでしょうか。)
この持分払戻請求権の法的な性質に依存する
問題となります。
まず、持分払戻請求権は、被相続人の死亡により
相続人に直接発生した権利とも考えられますが、
相続の対象となる財産であると考えられています
(神戸地裁平成8年3月12日等)。
学説上も、この点については概ねそのように
解されています。
持分払戻請求権を、生前被相続人が保有していた
持分の形を変えたものと捉えて、一種の連続性がある
という考え方でしょう。
相続の対象と解した場合、
通常の金銭債権(預貯金除く)と同様に
法定相続分で当然分割されるという考え方と
遺産分割が成立するまでは具体的な請求権とまで、
評価できず、請求できないという考え方が対立しています。
前者の当然分割の考え方によると、各相続人が保有する
債権となりますので、先生のご指摘のとおり、
相続人全員の請求権を消滅させるのではなく、
特定の相続人の請求権のみ時効の援用をして、
消滅させることが可能です。
一方で、後者の見解の場合、各相続人間で、
持分払戻請求権に関して、遺産分割協議(または
遺言)による分割がされていない場合は、
そもそも誰がいくらの債権額を持つのかが未だ
確定していないため、理事長以外の相続人のみの
消滅時効を援用するというのは困難ということに
なるかと存じます。
神戸地裁平成8年3月12日判決は、後者の見解を
とっておりますが、実務書などでは、この地裁の
判断は誤りであり、実務上は、前者の見解が妥当
であるとして、対応すべきという意見も強いです。
神戸地裁平成8年3月12日判決は、
従前の判例の変更を求める立場のような見解を示しており、
地裁で確定してしまっていますが、実務上の指針となる
かというとそうではないという実務家の見解が強い部分です。
私としても、この判決の法的に適切な判断であったかというと
かなり疑問があるのは事実です。
実務対応としては、反対の考え方はあるけれども、
>(全員の請求権を消滅させるのではなく、特定の相続人の請求権のみ消滅させるこ
>とは可能なのでしょうか。)
可能である前提で対処するということもありなのでは
ないかと思います。
なお、ご質問のご趣旨とはずれるかと思いますが、
上記のようなご状況ですので、理事長が医療法人の
理事長に適法(定款の定め等に従っているか)
に選任されているのかも一応、ご確認ください。
同族間の医療法人などの紛争ではままあることなのですが、
理事長が法的な手続きにそって選任されておらず、
法人のために時効の援用をする権限ないことや訴訟
追行権がないなどの問題が生じる可能性がありますので、
ご注意ください。