相続 遺言 遺産分割 相続税 贈与税

遺言による生命保険の受取人の変更と遺言と異なる遺産分割との関係

永吉先生

お世話になっております。
税理士の●●です。

遺言書の効力について教えてください。

①遺言書の中で、「生命保険の死亡保険金の受取人を、配偶者から長女へ変更する」という
条項がありましたが、生前には死亡保険金の受取人の変更をしておらず、
被相続人が死亡後、遺言書にそって受取人の変更をしようと保険会社に伝えましたが、
手続きがとられず、そのまま配偶者名義の銀行口座へ死亡保険金が振り込まれました。
この場合、死亡保険金は配偶者が受け取った、ということで配偶者の相続財産として
申告してよろしいでしょうか。
それとも、遺言書どおり、長女が受取り、長女の相続財産として申告すべきでしょうか。

②遺言書で書かれた遺産分割ではなくて、別の配分の仕方をした場合、それは法律上、
また税務上、どのような対応になるのでしょうか。
例えば、遺産分割協議書を新たに作成して、相続人全員の同意が得られれば、遺言書どおりの
分配でなくてもいいのか

以上よろしくお願い申し上げます。

●●先生

ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。

どのように判断するか理論上難しい内容が含まれるため
かなり長文となりますがご容赦ください。

1 ご質問①〜遺言による受取人の変更と相続税申告

>遺言書の中で、「生命保険の死亡保険金の受取人を、配偶者から長女へ変更する」と
>いう
>条項がありましたが、生前には死亡保険金の受取人の変更をしておらず、
>被相続人が死亡後、遺言書にそって受取人の変更をしようと保険会社に伝えましたが、
>手続きがとられず、そのまま配偶者名義の銀行口座へ死亡保険金が振り込まれました。
>この場合、死亡保険金は配偶者が受け取った、ということで配偶者の相続財産として
>申告してよろしいでしょうか。
>それとも、遺言書どおり、長女が受取り、長女の相続財産として申告すべきでしょう
>か。

(1)手続きが取られなかった理由の確認について

まず、遺言による受取人の変更の手続きがとられなかった理由を
確認する必要があるかと思います。
パターンとしては、以下が想定できるかと思います。

①遺言による受取人の変更(現保険法44条1項)の適用を
排除する約款(保険契約)となっている場合

②相続人からの書面の通知等の正式な手続きをとることが遅れたため、
配偶者に振り込みがなされた場合

③平成22年4月1日より前に締結された保険契約であり、
保険法の適用がないことを理由として保険会社が対応してくれなかった場合

④根拠が特にない場合

(2)各パターンの処理について

書籍等に明確な記述があるわけではありませんが、
以下、保険給付請求権の法的な所在からの理論的帰結
を整理します。

【①遺言による受取人の変更(現保険法44条1項)の適用を
排除する約款(保険契約)となっている場合】

生命保険金(厳密には保険給付請求権)は、
民事上の相続財産ではない(税務上は、相続税法3条1項1号で
「みなし相続財産」)ため、それ自体は遺言の対象ではありませんが、

受取人の変更について
保険法44条1項で遺言事項できると定められているものです。

したがって、遺言による受取人の変更がそもそもできないという
保険契約の場合、変更の効力が生じず、しかも保険給付請求権が民事上の相続
財産ではない以上、保険給付請求権自体の遺言による移転も認められないため、

生前より受取人であった配偶者が保険給付請求権を取得しているため、
配偶者が取得したものとして相続税申告をする必要があるというのが、
論理的な帰結となります。

【②相続人からの通知等の正式な手続きをとることが遅れたため、
配偶者に振り込みがなされた場合】

この場合は、保険会社は通知等の手続きがなければ、
生前の受取人に支払えば免責される(2重払いのおそれを排除)
という建付となっている(保険法43条3項)ため、
支払われたに過ぎないと考えることになります。
いわゆる対抗要件の問題です。

一方で、相続人間では、長女が保険給付請求権を取得
している扱いとなるため、長女は配偶者にその金額を
請求できることとなります。

したがって、この場合、相続税申告との関係では、
長女が取得したものと扱うことが論理的な帰結となると考えます。

【③平成22年4月1日より前に締結された保険契約であり、
保険法の適用がないことを理由として保険会社が対応してくれなかった場合】

保険会社によっては、保険法の施行前の
契約については、保険法の適用がないため、遺言による
受取人の変更を認めないという扱いをする会社が存在します。

しかし、保険法で、遺言による受取人の変更が規定されたのは、
従来から受取人の変更が認められるのかは、肯定説と否定説が
あったため、それに終止符を打つためというのが理由です。

保険法施行前の裁判例などでは、
基本的に遺言による受取人の指定は肯定されていました。
(東京地判平成9年9月30日、東京高判平成10年3月25日等)

否定説の方が根拠として挙げる裁判例
(最判昭和40年2月2日,東京高判昭和60年9月26日,名古屋高判平成13年7月18日等)
保険給付請求権が遺言の対象とならないという当たり前のことを
言っているもので、受取人の変更が認められないという根拠とは
なっていないものがほとんどであるかと思います。

したがって、あくまでも私見になってしまいますが、
この場合も、①のように保険約款に排除する規定がない
場合には、長女が保険給付請求権を取得していることとなりますので、
長女が取得したものとして相続税申告をする必要があるかと思います。

【④根拠が特にない場合】

手続きが行われなかったことについて、
根拠が特にない場合は、本来長女は保険会社に再度保険金請求
ができるのですが、その場合、保険会社は配偶者に既払いの保険金の
返還の請求をしてくるという関係になるため、

相続人間で揉めていないのであれば、特段保険会社に請求をする
のではなく、相続人間で調整することが通常です。

この場合も、特に理由がないということですと、保険給付請求権は
遺言のとおり、長女が取得したものと取り扱うのが理論的な帰結に
なるでしょう。

2 ご質問②〜遺言と異なる遺産分割と保険金の扱い〜

>遺言書で書かれた遺産分割ではなくて、別の配分の仕方をした場合、それは法律上、
>また税務上、どのような対応になるのでしょうか。
>例えば、遺産分割協議書を新たに作成して、相続人全員の同意が得られれば、
>遺言書どおりの分配でなくてもいいのか

遺言と異なる遺産分割の一般論については、
以下の私の記事をご参照ください。
https://zeirishi-law.com/souzoku/igonbunkatsu-zouyozei

ただし、今回の保険給付請求権に関しては、
民事上は相続財産ではない以上、そもそも遺産分割によって、
取得者を決めることはできません。

つまり、相続税申告において、遺産分割したからといって、
保険給付請求権の取得者を変更することはできないことになります。

なお、金額の調整という意味では、

遺産分割を行い、保険給付請求権を取得した者が、財産を
取得した代償として●●円支払う等の代償分割をすることで
調整することは可能です。

ただし、代償金の額が、保険給付請求権を
有する者が取得する相続財産の積極財産の額を
超えてしまうとその部分について贈与税の課税が
発生してしまうのでこの点はご注意ください
(東京地裁平成11年2月25日)。