お世話になります。
税理士の●●です。
申告期限前に自宅(土地建物のすべてを被相続人が所有)を長男が
取得する旨の遺産分割協議書を作成し、金融機関の移管手続を行いました。
不動産の移転登記はしていません。
相続税申告期限前に遺産分割協議書に配偶者居住権を加え、当該内容で
相続税申告を行うことは可能でしょうか。
可能な場合、留意点、税務リスク等あればお教え願います。
お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします。
ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。
1 ご質問
>申告期限前に自宅(土地建物のすべてを被相続人が所有)を長男が
>取得する旨の遺産分割協議書を作成し、金融機関の移管手続を行いました。
>不動産の移転登記はしていません。
>相続税申告期限前に遺産分割協議書に配偶者居住権を加え、当該内容で
>相続税申告を行うことは可能でしょうか。
>可能な場合、留意点、税務リスク等あればお教え願います。
金融機関の移管手続等いうのは、ローン等の借入の債務者の
変更手続き等でなく、単なる預金の解約等に利用したという
前提でよろしかったでしょうか。その前提で回答します。
配偶者居住権の新設による新たな法的な論点を
含みますため、少々長文となりますがご容赦ください。
2 回答
(1)民事上の問題
まず、民事上は、全員の合意解除の下、
再度、遺産分割をすること自体が否定されるわけではありません。
ただ、この再度の遺産分割について、
法的に厳密な意味で、遺産分割と評価して良いのか、
売買や交換等の合意と評価されるのかという点については、
判例(とその射程)はそこまで明確とは言えません
(民事上は、誰に権利帰属するのかが明確になれば問題解決としては
それで良いという前提があるため)。
一方で、今回のような配偶者居住権は、
遺言による場合以外は、「遺産分割」でなければ設定
することができません。
これは配偶者居住権ができたことで生まれた新たな法的な
論点かと思いますが、
そもそも再度の遺産分割が厳密な意味での「遺産分割」
と評価できなければ、配偶者居住権の設定自体ができない(できていない)
ということになります。
しかし、私見になりますが、
これまでの判例の経緯などからして、
民事上の問題としては、少なくとも短期間内で行われる
相続人全員による再度の遺産分割の合意による
配偶者居住圏の設定であれば、裁判所がこれを否定することは
あまり考えられないと考えます。
また、合理的意思解釈の問題となりますが、
今回のケースでは当初の遺産分割協議書
について、所有権の帰属を確定させるものではあるものの
、その所有権に配偶者居住権という負担をつけるかという
部分については、合意の対象となっていなかった
(当初の遺産分割はある意味一部の遺産分割)と評価できなくもありません。
このようなバランスも踏まえて、相続税申告期限までの
間という短期間によるものであれば、民事上は、
配偶者居住権を否定されることはないのではないかと思います。
(2)税務上の問題
一方で、相続税申告上の問題としては、
いわゆる遺産分割のやり直しとして有名な
相基通19の2-8但書の
「 当初の分割により共同相続人又は包括受遺者に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合には、その再配分により取得した財産は、同項に規定する分割により取得したものとはならないのであるから留意する。」
との関係ですね。
配偶者居住権の負担のない所有権を移転したという遺産分割を
配偶者居住権の負担のある所有権変更したという意味では、
財産の再分配と評価できないわけではありません。
しかし、上記のとおり、配偶者居住権自体が
民事上否定されることがないのであれば、
むしろ、配偶者居住権が設定された前提で、
相続税申告をすること自体が適正なように考えられます。
通常の遺産分割のやり直しであれば、
当初の遺産分割で確定した財産を、再度の別途の
合意で移転したとみて、贈与税などの問題となる
わけですが、
配偶者居住権は遺産分割でなければそもそも
設定できない性質のものなので、理論上贈与税などは
問題とならない(相続の問題ではないとするのであれば、そもそも
配偶者居住権は設定されていない)ということに
なるかと思いますので、
民事上配偶者居住権が否定される可能性が低いにも関わらず、
相続税申告で、配偶者居住権を考慮しないという
のは、むしろ問題があるように思います。
通常のケースでも、
明確な根拠は不明ですが、
金子宏先生などは、生前贈与についての
見解ではありますが、
申告期限前の合意解除であれば、
贈与税の対象とならないという見解も一部、
存在することなどを考慮しても、
今回の配偶者居住権の問題のみであれば、
>相続税申告期限前に遺産分割協議書に配偶者居住権を加え、当該内容で
>相続税申告を行うことは可能でしょうか。
との対応で良いかと考えます。
配偶者居住権が新設されたことに起因する
新たな論点であるため、多分に私見を含んで
しまい申し訳ありませんが、よろしくお願い申し上げます。
>可能な場合、留意点、税務リスク等あればお教え願います。
配偶者居住権を設定する場合、その期間なども
定めることができますし、仮に配偶者さんが
認知症等になり施設に入った場合に、不動産を
動かすことが難しくなるため、
将来不動産売却の移行がある等がありましたら、
認知症対策などもしても良いかと思います。
例えば、配偶者と長男で、認知症になった場合(医師の診断書や後見人の就任)
を条件として、配偶者が居住権を放棄する等の合意を
しておくなどが考えられます。
よろしくお願い申し上げます。