相続 遺言 相続税

公正証書の中で、被相続人の貸付金を返済免除された場合の時効の主張

永吉先生、いつもお世話になります。

●●です。

(前提条件)
被相続人Aの相続人は子Bと養子C(子Bの子、Aから見ると孫)であり、公正証書遺言で、
Bに対する貸付金はその債務を免除し、それ以外の財産はCに相続させる旨の記載がある。

(質問)
Bに対する貸付金は、通常であれば遺贈となり、相続財産となるのでしょうが、時効を
主張(時効の年数は経過しています)したとしても、それが相続後であるため、相続財産と
しなければならないでしょうか。
また、相続財産としない方策はあるでしょうか。

●●先生

ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。

非常に悩ましい問題ですね。
少々、長文になりますがご容赦ください。

1 ご質問

>Bに対する貸付金は、通常であれば遺贈となり、相続財産となるのでしょうが、
>時効を主張(時効の年数は経過しています)したとしても、それが相続後であるため、相続財
>産としなければならないでしょうか。
>また、相続財産としない方策はあるでしょうか。

2 回答

(1)前提〜債権の相続財産性と消滅時効

まず、前提として、
仮にこの貸付金債権が純然たる第三者に対するものであり、
かつ、遺言による債権放棄がない場合ですと、

順番として、

①時効完成(時効の完成猶予・更新事由のない時効期間の満了)
②相続発生
③債務者からの消滅時効の援用

があった場合には、民事上は、消滅時効は時効起算日に遡りますが、
相続税法上の「取得した」の概念においては、民事上の遡及効は考慮
しないので、相続財産には含まれることとなります。

ただし、裁判例等もなく私見にはなりますが、
上記の順番で、相続開始後、債務者から時効の援用があった場合には、
取得時効における裁判例や裁決例との統一的解釈から、
財産評価の問題で、ゼロ評価とすることが許されると考えます。

なお、この点の場合わけの詳細や注意点などは、私の書籍である
「民事・税務上の「時効」解釈と実務」(清文社)P235~245
をご覧ください。

債権の消滅時効については、裁判例もない分野で、
私見になりますが、出版後、この書籍を根拠資料として、
更正の請求が認められたなどのご報告を、
税理士の先生方からいただいております。

(2)今回の件について

a) 時効の援用ができるのか(時効からのアプローチ)

上記を前提に今回の件について検討します。

今回の遺言による債務免除ですが、
相続税法上は、相続税法第8条によりみなし遺贈と
なるかと思います。

一方、民事上は、債務免除自体は、
遺言事項ではないため、合理的意思解釈として、

・貸付金債権のBに対する相続させる旨の遺言
または
・貸付金債権のBに対する特定遺贈

として、債権者・債務者同一による混同による消滅
と評価されるものかと思います。

そうすると、法形式上はこの遺言がある限り、
既に時効の援用による債権消滅はできないということとなります。

形式上は、貸付金債権の特定遺贈と解釈できるのであれば、
特定遺贈の放棄をして、時効の援用をするという方法も
なくはないですが、そもそも、

「それ以外の財産はCに相続させる旨の記載」
があると相続させる旨の遺言とされる可能性が高い
(この場合、相続放棄なしで放棄はできません。)
ですし、仮に特定遺贈とされるとしても、
この特定遺贈の放棄は、Bが債務を認める前提でなされたものだとの
評価もされ得るものですので、時効期間経過後の債務承認として、
時効の援用を制限される可能性が高いものと思います。

b) 財産評価による減額について

上記は、法形式により、(1)の前提に近づける
ことができないかというアプローチですが、
(1)の前提もあくまでも財産評価の問題に過ぎません。

例えば、時効が完成している債権であり、
債務者が時効を援用さえすれば、消滅する債権である
ことから、財産評価は0なんだという立論もなくはありません。

ただ、上記(1)の前提となっている
取得時効の裁判・裁決例等(取得される側について)で、
相続財産にはなるが、
財産評価0としたものも、やはり時効というのは、
時効の援用がされるかわからない状況ではなく、
あくまでも、時効の援用があって確定したという事実を
評価したもので、その点が非常に大きいかと思います。

また、今回のように債務者B自体が相続人ということ、
かつ、債権は遺言により放棄されているため、時効を援用する
理由が、相続税の回避以外考えられないことから、
このような状況で、財産評価として、0円であることを
裁判所が認めるかというと非常に厳しいかと思われます。

(あとは、一般論として、
B自体の資力の問題もありますが、ご存知のとおり、
相続税の財産評価の実務はこの辺りはとても厳しいです。)

c) その他

その他の主張としては、
そもそも相続開始前にBの時効の援用またはAの債権放棄が
あったというものもあります。

ただし、債権の発生自体に争いがなければ、
消滅した事情というのは、納税者側で、ある程度の
証明が必要かと思いますので、時効の援用通知書や
債権放棄通知書などがないという状況ですと、
ハードルの高いものだと思います。

3 まとめ

色々と模索し考えてみましたが、これならという
方法がなく、心苦しい限りですが、以上が回答となります。

もちろん、財産評価の問題については、争うことは可能ですので、
リスク(加算税リスク等)を説明の上、依頼者様にご決定
いただくことになるかとは思います。

ただ、税理士の先生としては、あまり積極的におすすめ
できる方法があるわけではないとは思います。

よろしくお願い申し上げます。