いつもお世話になります。
先日は、たいへん有意義のセミナーを開催してくださいまして、ありがとうございました。
以下の事例において、悪意20年占有している場合、
取得時効を援用することは可能でしょうか?
どうぞよろしくお願い申し上げます。
【前提条件】
(1)対象物
義父の畑4.4ヘクタール(時価1760万円)
共有者なし
固定資産税は、これまで使用者である三男が納税していた。
(2)義父の相続人
代襲相続人を含め、11人
(3)義父の死亡日
昭和63年4月19日
遺言書なし
(4)義父の財産取得予定者
三男の配偶者(関与先:農業経営者)
三男の配偶者が取得時効を援用すると、一時所得が課税される。
義父の相続人7人は、義父の畑を三男の配偶者が相続することに同意している。
(5)三男の財産と死亡日
畑5.6ヘクタール
共有者なし
平成29年6月1日死亡
義父の法定相続分を加えても、三男の相続税の納税義務はありませんでした。
(6)三男と父母の関係
三男は、父母の生前から父母と同居し、農業に従事
三男は、母が平成19年5月30日に死亡するまで、母を扶養
三男は、父の死亡前から、父と自分の畑で農業に従事し、
父の畑の収穫物も含め、所得税の確定申告をしていた。
(7)三男と三男の配偶者
三男の配偶者は、特別障害者の子を介護するため、約30年間、三男とは同一生計で別居していた。
(8)現在の状況
三男の配偶者は、義父の畑と相続した三男の畑で農業に従事し、所得税の確定申告をしている。
三男の配偶者は、相続に同意しない義父の相続人3人と本件遺産分割を金銭で解決するため交渉中ですが、金銭解決が困難な状況にある。
【質問】
上記前提において、
三男の配偶者が悪意20年の取得時効を援用することは可能と考えてもよろしいでしょうか?
【参考】
民法162条1項
二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。
セミナー(LIVE配信)にご参加いただけた
とのことありがとうございます。
1 ご質問と回答の結論
>三男の配偶者が悪意20年の取得時効を援用することは
>可能と考えてもよろしいでしょうか?
以下の理由のとおり、水もの的な要素も強く
やや配偶者に不利かとも思いますが、
交渉の材料にしたり、取得時効を主張して徹底的に
争うということも視野に入れても良い事案かとは思います。
2 回答の理由
(1)時効の援用権の相続
配偶者が、20年の長期取得時効を主張する場合、
今回の前提からすると、
三男死亡から20年が経過しているわけではなく
かつ、三男の占有開始(遅くとも(義)父の
死亡時である昭和63年4月19日)から三男が
死亡するまでの間に、時効期間の20年が
経過しているということになりますので、
三男の生前に取得時効の援用権が発生しており、
その援用権を、三男の配偶者が相続人として、
援用するという方法になると考えられます。
なお、取得時効の援用権が相続された場合、
遺産分割等で全部の取得が合意された場合を除き、
自己の相続分の範囲でのみ、援用できるとされています
(最判平成13年7月10日)。
前提からは定かではありませんが、
仮に配偶者の他に三男の相続人がいる場合、
所有権の全てを取得したいのであれば、
援用権を配偶者に集約する遺産分割を行う等が
必要となります。
(私の書籍である「民事・税務上の時効解釈と実務」Q41,218頁参照)
(2)三男は、取得時効の援用権を有していたといえるか
上記の相続は、あくまでも三男に援用権が発生している
必要があります。
今回は、三男の生前の対象物の占有が、
「所有の意思をもって」(自主占有)なされたものと評価
できるのかが問題となるかと思います。
この自主占有といえるか否かは、
「占有者の内心の意思によってで
はなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客
観的に定められるべきものである」というのが現在の判例理論と
なります(最判平成7年12月15日)。
裁判になれば、
占有者は、自主占有であると推定されます(民法186条1項)ので、
その他の相続人が、他主占有であることを主張・立証する責任がある
こととなります。
具体的には、三男の占有の権限が使用貸借であったと評価
されれば、他主占有とされます。
または、
外形的客観的にみて他人の所有権を排斥して占有する意思を
有していなかったものと解される事情(他主占有事情)を
主張立証することでも、他主占有とされてしまいます。
配偶者に有利な事情としては、
>固定資産税は、これまで使用者である三男が納税していた。
という点があります。
ただし、裁判例等では、固定資産税を負担していれば、
必ず自主占有となるとはされていません。
配偶者に不利な事情としては、
>三男は、父の死亡前から、父と自分の畑で農業に従事し、
>父の畑の収穫物も含め、所得税の確定申告をしていた。
という客観的外形的事実からすると、父とともに農業を
することで収益を上げていたことからすると、
固定資産税の支払いは、土地を借りて収益を上げて
いたことの謝礼的に支払われていたに過ぎないと評価されて
しまうおそれや
父の死亡より占有を開始したわけではなく、父の生前より
所有者である父とともに農業をしていたことから、父から
土地を借りて父の生前より業務を行っていたと評価される
おそれがあると思います。
今回のようなケースでは、自主占有か他主占有かという
点は、裁判でも、弁護士の主張のうまさや各々の裁判官の
考え方により、かなり水ものな部分があります。
いただいた情報だけで判断すると
私の印象では、父の生前より父とともに、
三男が土地を占有利用していたということで、
配偶者がやや不利なのではないかと思います。
ただし、
>三男の配偶者は、相続に同意しない義父の相続人3人と本件遺産分割を金銭で解決するため交
>渉中ですが、金銭解決が困難な状況にある。
とのことですので、交渉材料として取得時効の主張も利用
した上で交渉することも、取得時効を主張して徹底的に
争うということも視野に入れても良いものと思います。
あくまでも、その他の相続人が他主占有であることを主張・立証
しなければなりませんし、上記のとおり、最終的には裁判まで
しなければ、わからない水もの的な要素が強いからです。
よろしくお願い申し上げます。