役員報酬 会社法 法人税

事前確定届出給与に関する会社法上の手続きと債務免除益等

永吉先生

お世話になっております。

①取締役に対する事前確定届出給与の金額の決定について、株主総会で定めた報酬枠の範囲で、各人別の金額の決定を取締役会に一任し、取締役会がさらに代表取締役に一任するという方式がとられるかと思います。
ある書籍(「実例問答式 役員と使用人の給与・賞与・退職金の税務」(大蔵財務協会))において、代表取締役が決定した後、取締役会に報告し、取締役会で承認をとるという記述がありました。
こちらの、代表取締役の決定後に、改めて「取締役会への報告・取締役会での承認」するというのは、会社法及び法人税法(事前確定届出給与の決定方法として)上必要な手続なのでしょうか?

②同じ書籍で、事前確定届出給与(例えば、2020年6月に、5百万円の事前確定届出給与を支払うと決定)の届出を税務署にした後でも、その支給期(2020年6月)前に、役員から事前確定届出給与の辞退があった場合、法人側で債務免除益を計上する必要がないという記述がありました。
①のように代表取締役が各人別の役員報酬を決定したことが株主総会決議とみなされるのであれば、当該決定時点で法人の債務は確定し、その辞退があった場合は法人側で債務免除益が計上されるとも思ったのですが、当該書籍によれば、実際の支給期が到来して事前確定届出給与の債権・債務が成立するため、支給期到来前の辞退においては法人側の債務免除益は計上不要とありました。
この書籍の記載の通り、法的に事前確定届出給与の債権・債務が成立するのは、やはり支給期(上記の例では、2020年6月)となるのでしょうか?

よろしくお願いいたします。

●●先生

ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。

1 ご質問①〜取締役会の代表取締役への一任と事前確定届出給与

>①取締役に対する事前確定届出給与の金額の決定について、株主総会で定めた報酬枠の範囲
>で、各人別の金額の決定を取締役会に一任し、取締役会がさらに代表取締役に一任するとい
>う方式がとられるかと思います。
>ある書籍(「実例問答式 役員と使用人の給与・賞与・退職金の税務」(大蔵財務協会))
>において、代表取締役が決定した後、取締役会に報告し、取締役会で承認をとるという記述
>がありました。
>こちらの、代表取締役の決定後に、改めて「取締役会への報告・取締役会での承認」すると
>いうのは、会社法及び法人税法(事前確定届出給与の決定方法として)上必要な手続なので
>しょうか?

ご指摘の書籍を確認したわけではありませんので、
どのような趣旨かはわかっていませんが、以下では
会社法と税法の部分を分けて解説します。

(1)会社法上の手続き

まず、株主総会の取締役会への委任については、
会社法上に認める・認めないの規定があるわけでは
ありませんが、
一般論レベルで、判例がこれを認めていますので、
問題はありません。

次に取締役会から代表取締役への再委任ですが、
ご指摘のとおり、認められる前提の実務慣行が存在します。

ただ、認められる根拠とされている判例
(最高裁昭和31年10月5日、東京地裁昭和44年6月16日等)
については、一般論としてこれを認めたと評価できるかは微妙なところが
残ります(有力な反対説もあります)が、会社法上の議論としては、

◯会社から既に支払った報酬を返還請求できるのか?
◯取締役から報酬を請求することができるのか?

という視点で問題となるものですので、
その点に関していえば、会社法上、改めて
取締役会の承認が必要かというと不要と考えて
良いと思います(もちろん、取締役会で承認した方が
無難な対応ということにはなりますが。)。

そもそも、結局、取締役会で承認するのであれば、
再委任することなく、取締役会で決議をすれば
良いでしょう。

なお、会社法の改正で代表取締役への再委任を
制限するという議論はありましたが、見送られて
おり、今のところ、上記実務慣行が生きているものと
されています。

(2)事前確定届出給与との関係

事前確定届出給与の場合、
法人税法施行令69条4項1号で、
「株主総会等の決議により」とされています。

そして「株主総会等の決議により」とは、
「株主総会、社員総会またはこれらに準ずるもの」
とされています(同法69条3項1号)。

これについて、株主総会から委任を受けた
取締役会が「準ずるもの」といえることは
上記一般論から特に争いはないようです。

ただ、この取締役会から代表取締役への
委任に基づく代表取締役の決定が「準ずるもの」
と評価できるかについては、一般論としては
疑義がないわけではないとは思います。
(解釈の問題になるという意味で)

こちらについても、上記会社法上の実務運用
がありますので、委任を受けた代表取締役の決定で
足りると解して問題ないように思います
(そうであるからこそ、上記運用で税務上問題になった
ケースが見当たらないということもあると思います)が、

その点が気になり、疑義をなくしたいという
意味合いであれば、
事前確定給与の場合には、取締役会で決定した
方が無難だと思います。

もちろん、個別のニーズ等によると思いますが、
特段、取締役会で決定することに問題がないのであれば、
手続き等も楽ですので、取締役会(極論:株主総会)で
決定すれば良いのではないかと個人的には思っています。

2 ご質問②〜事前確定届出給与の辞退と債務免除益

>事前確定届出給与(例えば、2020年6月に、5百万円の事前確定届出給与を支払うと決定)の
>届出を税務署にした後でも、その支給期(2020年6月)前に、役員から事前確定届出給与の辞
>退があった場合、法人側で債務免除益を計上する必要がないという記述がありました。
>①のように代表取締役が各人別の役員報酬を決定したことが株主総会決議とみなされるので
>あれば、当該決定時点で法人の債務は確定し、その辞退があった場合は法人側で債務免除益
>が計上されるとも思ったのですが、当該書籍によれば、実際の支給期が到来して事前確定届
>出給与の債権・債務が成立するため、支給期到来前の辞退においては法人側の債務免除益は
>計上不要とありました。

債権・債務の「成立」という文言は、法律書等でも
文脈の中で様々な意味で使われます(成立と確定は区別される文脈等々)ので、
書籍がどのような文脈でこのように解説したのかは、わかりません。

ただ、ご指摘のとおり、支給期がきていないから債権・債務が一切成立
していない(支給期まで会社は自由になしにできる)という意味でしたら、
そういうわけではないと思います。

例えば、一定の要件を満たせば確定額が支給され、一定の要件を満たさなければ、
一切支給されないという事前確定届出給与の対象となるとされています
(法人税基本通達9−2−15の5)が、一定の要件を満たしている(役員もその前提で
認識があり、委任契約の一部にもなっている)にもかかわらず、
会社が支給しない(債権・債務がない)ということはできないでしょう。

債務免除益となるか否かは、
税務・会計上のこの支給期まで支払われない債権・債務関係を
どのように評価するかの問題(「確定」の概念)かと思います。

支給期までは具体的に請求ができない以上、税務上の確定はないと
捉えれば、役員の辞退による債務免除益の認識は必要ないと評価される
という趣旨を、債権・債務の成立という表現でわかりやすく(?)表現
しただけなのかもしれません。

また、例えば、取締役の報酬として支給するものである以上、支給期
に取締役でなければ支払いがなされない条件付き債権・債務に過ぎない
と評価できるケースも多い(これは、支給の決定の趣旨や当事者のやり取り等の
事実認定と評価の問題となります)という意味で捉えて、税務上の確定までは
まだしていないと考え、債務免除益は認識しないという立論はあり得るところかと
思いますし、個人的にはそのように判断しても良いように思います。

ただ、ご指摘のとおり、債権・債務が成立している以上、その放棄により
債務免除益を計上すべきという立論もあり得るところですので、
どちらが正しいかは裁判までやってみなければわからないところですが、
実務上の運用としては、このような場合、債務免除益の計上まで課税対象に
されていないんだなという程度でお読みになった方が正確なのかなとは
思います。

よろしくお願い申し上げます。