いつもお世話になっております。
税理士の●●と申します。
従業員持株会を運営している法人Aについて
質問をさせてください。
(前提)
○ 法人Aは10年ほど前に従業員持株会を設立し、
完全無議決権株式によるA種類株式を従業員5名に
割り当て、持株会を運営していました。
○ その後、法人Aは事業が縮小し、従業員の退職が続き、
昨年の12月末時点で2名だけの持株会となっています。
→ 退職者の株式はその時点で残っている持株会の従業員が
引き受けています。
○ そして、今年の3月末に従業員持株会の2名のうち、
1名が退職することが決定しました。
○ 法人Aの従業員には従業員持株会に参加していない
従業員も数名います。
(質問1)
○ 従業員持株会の会員が1名となると、自動的に持株会は
解散という扱いとなり、1名の単独の株主という考え方になるのでしょうか。
○ 中小企業の事業承継の本では、従業員持株会は
2名いれば持株会ができるという説明がありますが、持株会の規約を作成し、
持株会を設立した後に、結果、1名となってしまった場合はどのような考えに
なるのかを疑問に思っています。
懸念していますのは、無議決権株というA種類株式の効力は同じだと思います
が、
従業員持株会の規約では退職時に配当還元価額で持株会に売却をすることが規定
されていますので、退職時の買い戻し価額でもめることは考えていませんでし
た。
しかし、仮に1名になった時点で持株会が解散という考えとなり、単独の株主と
なって、
その1名の株主から譲渡承認などをされると、一般的な会社法上のルールにより
簿価純資産価額による価格交渉の権利というか、余地をあたえることになって
しまうのではと心配しています。その様な事にはならないのでしょうか。
(質問2)
○ まだ、事象が発生している訳ではありませんが、残された1名も退職をする事
になった場合、引き受ける従業員がいないため、いったんは自己株式による取得
を検討しています。
ただし、配当還元価額による自己株取得となると予想され、自己株式取得後の
法人Aの株価(原則的評価方式)は高くなり、同族株主にみなし贈与(相基通9
-2) の指摘が考えられます。
その時は、比較的短期間に持株会に参加していなかった従業員に声を掛けて、
自己株式の処分による引き受けをお願いしたいと思っています。
→ その場合、A種類株式を自己株取得し、その後、A種類株式を自己株処分と
すれば、 自己株式取得後に消却をしていないため、A種類株式の無議決権という効果
は同じ 株式として新たな従業員が引き受けることになると考えていますが間違って
いませんでしょうか。
※ みなし贈与の課税リスクは少数株主からの自己株式の場合は、課税されない
という見解をされている先生もおられますが、一応の 注意が必要と考えている先生もいます。
以上
お手数をお掛けいたしますが
よろしくお願い致します。
ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。
1 従業員持株会の前提や実務上の問題について
「従業員持株会」の法的な問題は、
本来、そもそも組合なのか、権利能力なき社団なのか
という法的性質の問題や
名目上「従業員持株会」という名称であったとしても、
従業員個々人が株式数に応じた保有をしているのか、
それとも、組合財産として共有財産とされているものなのか等
規約やこれまでの運用等(規約と矛盾しているものも多々あり)
から解釈した上で、対応策を考える必要があります。
(実務上(特に古いもの)、このあたりが意識されておらず、
どのようなものなのかが判然としないもの、各規定が
相互に矛盾しており、そもそもどのように処理したら良いか
判然としないものが実はかなり多いです。)
一般的には、従業員持株会は、「組合」と解釈され、
持株会の株式は組合財産として、組合員の
共有状態とされているものが多いかと思います。
>→ 退職者の株式はその時点で残っている持株会の従業員が
>引き受けています。
この表現からすると、
>従業員個々人が株式数に応じた保有をしている
とも考えられますが、
組合財産に対する共有持分を取得していると解される
可能性が比較的高いのかと思います。
実際の引き受け方法、規約、運用等の詳細なヒアリングが
必要になる(場合によっては、それでも判然としないので、
目的に応じたリスクが最も少ない方法の選択やリスクヘッジの対策が
必要になります。)ので、なんとも言えないところですが、
ここでは、一般的な従業員持株会は、
「組合」と解釈され、株式が組合財産として、
組合員の共有状態とされている前提で回答します。
2 ご質問①~持株会の組合員が1名になると自動的に1名の単独株主となるのか?
>○従業員持株会の会員が1名となると、自動的に持株会は
>解散という扱いとなり、1名の単独の株主という考え方になるのでしょうか。
(1)組合員が1名となることは組合の解散事由にあたるのか?
まず、組合はあくまでも組合員の共同事業の目的のために組成される
ものですので、組合員が1名となることは解散事由となるという考えが通説です。
ただ、今回の民法改正において、組合員が1名となることを
解散事由として明文化するか否かの議論においては、解釈に委ねると
して、明文化は避けられたという経緯があります。
一方で、総組合員の同意があれば解散事由となると明文化される(改正民法682条)
経緯からすると、
例えば、1名の組合員が解散を要求しているということであれば、
解散すること自体を防ぐことは法的には難しいでしょう。
(2)解散事由にあたるからといって1名の単独株主となるのか?
解散事由になるとしても、1名の単独株主になるわけではなく、
組合は、組合財産の清算手続きに入ります。
この過程で、
①組合財産である株式を法人Aに売却し、
その対価を組合員である1名に分配するのか、
②株式をそのまま1名の組合員に分配するのか
という2つのパターンになるかと思います。
①の場合には、会社の自己株式取得の問題となりますが、
その対価の評価方法については、規約等に定めがない場合には、
交渉ということになります(仮に規約があったとしても、組合員1
名であれば規約を書き換えることができるのでリスクは残りますが)。
②の場合には、組合からその1名に株式の譲渡となり、
ご指摘のとおり、一般的な会社法の規律によることとなります。
ただし、最終的な株式の売却価格は、裁判所により決定することになりますが、
この際に、本来退職時に配当還元価格での取得に同意していたのである
から、この時点での評価も、配当還元による評価であるという主張は
一定の合理性があるので、会社側有利かとは思います。
なお、コストと紛争となる実質的な可能性との兼ね合いもあるかと
思いますが、法務リスクを最大限小さくしておきたいということであれば、
早い段階で、弊社含め、企業法務を専門的に取り扱っている弁護士等に
依頼した上で、持株会を実質的に終了させるスキーム等を検討した方が
良いかと思います。
このあたりは、一般論では対応できないので、
状況により文書の細かい表現等も含む個別的なスキーム設計が必要となります。
(従業員持株会は組成するところまではよくされますが、出口戦略まで考えると
かなり難しい法的問題も多いです。)
3 ご質問②~A種類株式を取得して、その他の従業員に処分する方法について
>残された1名も退職をする事になった場合、引き受ける従業員がいないため、
>いったんは自己株式による取得を検討しています。
>ただし、配当還元価額による自己株取得となると予想され、自己株式取得後の
>法人Aの株価(原則的評価方式)は高くなり、同族株主にみなし贈与(相基通9
>?2)の指摘が考えられます。
>その時は、比較的短期間に持株会に参加していなかった従業員に声を掛けて、
>自己株式の処分による引き受けをお願いしたいと思っています。
>その場合、A種類株式を自己株取得し、その後、A種類株式を自己株処分と
>すれば、自己株式取得後に消却をしていないため、A種類株式の無議決権という効果
>は同じ株式として新たな従業員が引き受けることになると考えていますが間違っていません
>でしょうか。
はい。A種類株式について、従前に取得した
自己株式の処分をするということとなるので、
ご理解のとおりで問題ございません。
なお、少数株主からの自己株式取得に伴う相続税法9条のみなし贈与の課税リスクは、
実務上は確かに小さいとも言えますが、相続税法の条文上、それを除外するような規定にはなってません。
(理論的には課税対象となりますし、これまでの裁判例を前提とすると課税されないという
理由はないでしょう。)
理論上だけの話をすれば、みなし贈与の問題は、自己株式
取得時点の問題となりますので、その後に他の従業員へ
処分したからといって、みなし贈与のリスクがなくなる
わけではありません。もちろん、取得後すぐに処分
しているということであれば、評価上配当還元による
取得で問題はなかったという事実上の根拠(間接事実)の1つにはなるとは思われますが。
よろしくお願い申し上げます