余命宣告を受けている関係上、
早めに配偶者居住権を提案したいお客様がいるのですが、
下記考え方で合っているかをご教示ください。
・遺言の有効性
税理士向けのCDで配偶者居住権の設定を遺言でするなら、
遺言書の作成日が令和2.4.1以後でないと無効になると
解説されていました。
令和2.4.1以後に相続が起きる前提で、
3.31までに遺言書を作成しても、
配偶者居住権のことは本当に無効になりますか?
「令和2.4.1以後に相続があった場合には」という前提をおいて、
3.31までに作成する遺言書において、
配偶者居住権の旨を記載することは不可能なのか?ということです。
・このお客様は1階が店舗、2、3階が住居になっています。
この場合、配偶者居住権が建物全体に及ぶことは理解していますが、
相続後、配偶者が2、3階に住み、
1階の店舗を個人事業として継続しても問題ないでしょうか?
ちなみに、本不動産(土地建物)の所有者は長男とする予定なので、
配偶者は店舗部分に関し、賃料を払う、または、使用貸借とする予定です。
よろしくお願いします。
ご質問ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。
1 ご質問①〜遺贈により配偶者居住権が設定できるタイミングについて
>令和2.4.1以後に相続が起きる前提で、
>3.31までに遺言書を作成しても、
>配偶者居住権のことは本当に無効になりますか?
>「令和2.4.1以後に相続があった場合には」という前提をおいて、
>3.31までに作成する遺言書において、
>配偶者居住権の旨を記載することは不可能なのか?ということです。
結論としては、
残念ながらそのような遺言書を作成しても、
配偶者居住権に関する部分は無効となります。
附則第10条2項により、
改正民法1028条から1036条までの規定は、
施行日である令和2年4月1日前にされた遺贈については
適用しないとされていることが根拠となります。
配偶者居住権については、
今回の改正で新たに創設される権利であり、
施行日前に、もともと存在しない権利を目的とする遺贈の効力を
あえて認める必要性が乏しいことや仮にそのような効力を認めると、
施行日前に作成された遺言に配偶者居住権について言及がある場合、
その解釈について紛争を生じさせることになりかねないとの
考えから、配偶者居住権に関する改正民法の規定は、
施行日前にされた遺贈については適用しない形で整理されました。
2 ご質問②〜一部店舗がある場合
>・このお客様は1階が店舗、2、3階が住居になっています。
>この場合、配偶者居住権が建物全体に及ぶことは理解していますが、
>相続後、配偶者が2、3階に住み、
>1階の店舗を個人事業として継続しても問題ないでしょうか?
この点に関しては、一部でも住居として
利用されているという前提であれば、
建物全体について「居住していた」の要件を
満たすものと考えられています。
(立法担当者の書籍「堂薗幹一郎・神吉康二 編著
『概説・改正相続法』(金融財政事情研究会)12頁以下」)
したがって、この理解に立つと、
1階の店舗を個人事業として継続しても問題はありません。
一定数批判のあるところですが、
立法担当者は、使用収益の範囲も建物全体に
及ぶと解しており、その理由として
「建物の一部について配偶者居住権が成立す
ることを認めると、配偶者は居住建物全体につ
いての配偶者居住権を取得するよりも低い評価
額で配偶者居住権を取得することができること
になり、執行妨害目的などで利用される恐れが
あることや、建物の一部について登記をするこ
とを認めることが技術的に困難であることなど
を考慮したものである。」(同書16頁)
と説明しています。
この理解を前提にすると、
>ちなみに、本不動産(土地建物)の所有者は長男とする予定なので、
>配偶者は店舗部分に関し、賃料を払う、または、使用貸借とする予定です。
配偶者は、
配偶者居住権に基づき利用することが可能という
ことになるので、賃貸借や使用貸借を特別に締結する
必要はないということとなりそうです。
ただ、この点については、居住に用していない
建物箇所についても配偶者が自由に利用できると
すると、所有権者への権利の制限が強すぎるのでは
ないかという批判もあるようです。
この辺りについて、どのように裁判所が判断するのか
については、今後の議論が待たれるところかと思いますが、
上記立法担当者の理由からすると、賃貸借や使用貸借を特別に締結する
必要はないと解さざるを得ないようにも思います。
よろしくお願い申し上げます。
お客様から追加の質問がありましたので、
ご教示ください。
配偶者が配偶者居住権を取得後、
体調の関係上、老人ホームに転居することになった場合です。
この場合、建物所有者の承諾を得れば、第三者に賃貸できることは理解しています。
しかし、賃貸をしない場合は、結果として、生活の本拠が老人ホームに移ることになり、
もう自宅に戻らない前提であり、家財道具なども運び出した状況であれば、
配偶者居住権の本来の意味を失います。
この場合、このまま放置した状況を継続させても問題ないのでしょうか?
自動消滅という旨が書かれた条文はないと理解していますが、どうなるのでしょうか?
もう1点。
これに関してですが、民法1032条1項には「従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、
居住建物の使用及び収益をしなければならない。」とあり、
これに違反した場合は是正催告をした上で、配偶者居住権を消滅させることができることに
なっています。
老人ホームに転居した場合、この「従前の用法に従」っていないことになり、
建物所有者は消滅をすることができるのでしょうか?
よろしくお願い致します。
ご質問ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。
1 ご質問①〜老人ホームへの入居と配偶者居住権への影響について
>この場合、建物所有者の承諾を得れば、第三者に賃貸できることは理解しています。
>しかし、賃貸をしない場合は、結果として、生活の本拠が老人ホームに移ることになり、
>もう自宅に戻らない前提であり、家財道具なども運び出した状況であれば、
>配偶者居住権の本来の意味を失います。
>この場合、このまま放置した状況を継続させても問題ないのでしょうか?
>自動消滅という旨が書かれた条文はないと理解していますが、どうなるのでしょうか?
配偶者居住権は、原則として配偶者の終身の間存続します(民法1030条本文)。
そして、ご指摘のとおり、老人ホームへの転居を理由として、
当然(自然)に消滅事由となるということはありません。
2 ご質問②〜老人ホームへの転居が用法遵守義務違反となるかとその他の対応
(1)老人ホームへの転居が用法遵守義務違反となるのか?
>民法1032条1項には「従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、
>居住建物の使用及び収益をしなければならない。」とあり、
>これに違反した場合は是正催告をした上で、配偶者居住権を消滅させることができることに
>なっています。
>老人ホームに転居した場合、この「従前の用法に従」っていないことになり、
>建物所有者は消滅をすることができるのでしょうか?
ご指摘のとおり、老人ホームへの転居により、
配偶者居住権の消滅原因となり得るのは、
居住建物の所有者による消滅請求(1032条4項)が認められるのか
という点になるかと思います。
確かにご指摘のとおり、一義的に定まるものでは
ないとも思えますが、
今後裁判所が老人ホームへの
転居のみで、消滅請求を認めるかというと、
そうはならない可能性が高いかと思います。
一般的な条文解釈として、
そもそも、配偶者居住権は使用・収益をする「権利」と
構成されています(1028条1項)(つまり、使用収益を
しなければならない義務まで負わせたものとまでは
評価できないでしょう。)。
用法遵守義務について定めた上記の1032条1項の規定は、
ただし、その権利の範囲は、「従前の用法に従って」しか
行使できませんよという意味で規定されており、
建物を使用するか使用しないかではなく、
どのように使用するかについて規律したものと考えられます。
同条の「しなければならない」は、「使用及び収益」に
かかっているわけではなく、「従前の用法に従い」にかかっている
と読むのが一般的かと思います。
つまりは、居住部分を店舗に利用すること等の用法を変更する
ことは許されないということの規律です。
このように考えると、老人ホームへの転居は、用法の変更(居住→店舗等)
ではなく、それのみで1032条1項違反を構成するものでは
ないと考えられますので、所有者の消滅請求は認めらるわけではないと
思います。
(2)その他の対応
もっとも、老人ホームへ転居し、
居住建物を使用する必要がなくなった場合には、配偶者居住権の価値を
享受できないこととなる一方で、所有者としては足かせになります。
そこで、その場合には、配偶者居住権を放棄することを条件として、
これによって利益を受ける居住建物の所有者から金銭の支払いを受けることで、
配偶者居住権の価値を回収するという方法などが考えられます。
所有者との間でこのような合意が成立すれば、
配偶者は配偶者居住権を事実上換価することができますし、
所有者が居住建物を売却したい場合には、売却も可能となります。
また、
>この場合、建物所有者の承諾を得れば、第三者に賃貸できることは理解しています。
とおっしゃるように、
第三者への賃貸により賃料収入を得ることもできます(1032条3項)ので、
建物の価値を最大限利用できるような対策は講じた方が良いでしょう。
よろしくお願い申し上げます。