民法 税理士法 税理士賠償責任

会計資料の引き渡し義務

いつもお世話になっております。
●●と申します。

私のお客様の取引先の話なのですが、投稿させてください。

【前提】
○A社は財務状態が厳しく、弁護士に破産の申請依頼をしている。

〇A社の会計資料(決算書、総勘定元帳、領収書、年末調整資料など)は、
A社の顧問税理士に預けていたため、A社代表者からその税理士に連絡をして
その引き渡しを求めたところ、A社がその税理士に対する顧問料の未払いがあった
ため、会計資料を引き渡し出来ないと言っている。

〇A社がその税理士に対して未払いなのは、ここ数か月くらいである。
(顧問料が未払いなのか、決算料が未払いなのかは不明)

【質問】
・一般的には、A社に会計資料を返却し、税理士は別途、売掛債権を有するという
認識でおりますが、留置権などのような権利が発生して、引き渡す
義務がないと判断されるのでしょうか?

・顧問料は委任契約で、決算料は請負契約であると思いますが、どの部分が
未払いかにより、引き渡す義務は変わってきますでしょうか?

以上、宜しくお願いいたします。

●●先生

ご質問ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。

1 ご質問①〜未払と対応していない資料について

> ・一般的には、A社に会計資料を返却し、税理士は別途、売掛債権を有するとい
> う認識でおりますが、留置権などのような権利が発生して、引き渡す
> 義務がないと判断されるのでしょうか?

まず、領収書等、A社が会計事務所に引渡した資料については、
特段契約書の定めがない限り、返還する義務があります(民法646条等)。
(これは未払いか否かは関係ありません。)

> 〇A社がその税理士に対して未払いなのは、ここ数か月くらいである。
> (顧問料が未払いなのか、決算料が未払いなのかは不明)

とのことで、少なくとも未払いと対応していない部分
について、税理士サイドで作成し、
そもそも引渡していない資料(決算書等)については、

実態等から、どのような契約内容であったかという
問題がありますが、通常のケースでは返還する義務があるでしょう。
(契約書にそれとは異なる記載がある場合は
別です。(例えば、料金の未払がある場合には、
過去の全ての資料を引き渡さないことができる等))

これまで紙ベースなどで受け取っていないということであれば、
引き渡す義務があるでしょう。
(なお、データを引き渡せという請求は、 特別に契約で定められていない限り、
認められないでしょう。)

2 ご質問②〜未払と対応する部分について

> ・顧問料は委任契約で、決算料は請負契約であると思いますが、どの部分が
> 未払いかにより、引き渡す義務は変わってきますでしょうか?

通常のケースですと、税理士サイドで作成した決算資料等は、
税理士に所有権があると認定されると思いますので、
「他人の物」についての留置権の問題ではなく、

同時履行の抗弁権が認められるのか(民法533条)
という問題となると思います。

同時履行の抗弁権は、片方の債務が履行されないので
あれば、もう一方も履行しなくても良いことにして、
当事者の公平を図ろうというものです。

請負であれば、明確に同時履行の関係に立ちますが、

委任の場合には、税理士が作成した資料と顧問料等に
どれだけ結びつきがあるのかという事実認定と評価の問題になります。
(法的には「履行上の牽連関係」の有無ということになります。)

これは厳密にはどの資料を請求するのかの
個別の判断が必要になりますが、
例えば、顧問契約が月々払いになっていて
月次試算表等、その月の支払いの対価として
作成しているという認定ができる契約であれば、
その対価が未払いであれば、「履行上の牽連関係」が
認められ、同時履行とされる可能性が高いです。
(もちろん、未払いに対応する箇所のみです。)

なお、今回は蛇足ですが、
決算料については、成果物があるということで
印紙税法等の関係で、請負と説明されることも
多いですが、実質的な内容等を見ると委任である
と解されます(上記の通り、 委任でも同時履行とされるケースかと思いますが)。
成果物のある委任も当然ありますので。

民事上の裁判例でも、決算書の作成や申告書の作成(記帳代行も含む)
についても、委任契約と解されています(東京地裁平成22年12月8日等)。

3 今後の対応について

今後の対応については、
破産の申し立てをする弁護士が検討し、実行するかと
思いますが、
少なくとも、未払いに対応していない部分については、
引渡しを請求することになると思います。

拒否される場合には、
法的に請求をして裁判等を通じて、引き渡し
を請求するかは、税理士サイドがどこまで
資料は出してくれるのか、それを前提に
破産の申立ての必要資料がどこまで準備
できるのか等を勘案の上、決定していくこと
になると思います。

よろしくお願い申し上げます。