民法 医療法

歯科医師の出張診療と責任について

永吉先生

2020年にご回答をよろしくお願い致します。

前提
私のお客様で、医療法人(歯医者)の理事長がおります。
役員は理事長のみで、同族経営です。
他に歯科医が一人いますが、特に役職はございません。

質問
・理事長が他のクリニックにサポートとして診療し、給与を受け取ることは、医療法等に基づき問題ないか。
・仮に当該診療に対して賠償となった場合、当該他のクリニックが賠償責任を負うのか。
それとも理事長の医療法人で賠償を負うのか、もしくは理事長個人が負うのか。
・当該他のクリニックに賠償責任を負ってもらうためには、どのような取り決めが必要か

何卒、よろしくお願い致します。

●●先生

ご質問、ありがとうございます。

医療法においては、
医療法人という主体は存在するものの、
個々のクリニック等の診療所ごとに臨床研修等を修了した
歯科医師の管理者をおかなければならず(医療法10条)、
この管理者に対して以下で記載する監督義務などが定められています。

>私のお客様で、医療法人(歯医者)の理事長がおります。
>役員は理事長のみで、同族経営です。
>他に歯科医が一人いますが、特に役職はございません。

とのことですと、本件医療法人に紐づく診療所の管理者が、
当該理事長であることを前提として回答いたします。

1 ご質問①~理事長が他のクリニックで診療し、給与をもらうことについて

>・理事長が他のクリニックにサポートとして診療し、給与を受け取ることは、医療法等に
>基づき問題ないか。

(1)回答の結論

当該理事長は、ご自身のクリニックで、
1週間で32時間以上の診療所における勤務時間を確保しつつ、
その他の休暇等を用いて、他のクリニックにおいてサポートの診療を行い、
報酬を受け取ることは法的に問題ないと考えられます。

(2)回答の理由

当該理事長は、診療所の管理者として当該診療所の管理運営につき、
必要な注意を払う義務を負います(医療法15条1項)。

この注意義務の程度としては、
管理者は原則として診療時間中に当該病院または診療所に常勤すべき
こととされています
(「管理者の常勤しない診療所の開設について」昭和29年10月19日付医収第403号厚生省医務局長通知、
「診療所の管理者の常勤について」令和元年9月19日付医政総発0919第3号・医政地発0919第1号厚生労働省医政局総務課長通知)。

ここで、管理者に求められる「常勤」については、
「医療法第25条第1項の規定に基づく立入検査要綱」の別紙
「常勤医師等の取扱いについて」が参考となり、

常勤医師とは、原則として病院で定めた医師の勤務時間の全てを勤務する者をいい、
1週間の勤務時間が32時間以上勤務している医師がこれに該当することになると
考えられます。

したがって、
当該理事長の負う注意義務に関して、
行政からの指摘を避けるという意味では、以上の結論になります。

なお、医療法においては、
税理士法や弁護士法に定められる複数事務所の禁止のような規定は
ありませんので、複数の診療所において、
当該理事長が診療を行うこと自体には、問題はありません。

2 ご質問②~賠償責任について

>・仮に当該診療に対して賠償となった場合、当該他のクリニックが賠償責任を負うのか。
> それとも理事長の医療法人で賠償を負うのか、もしくは理事長個人が負うのか。

当該理事長が他のクリニックにおいて
サポートの診療を行った際に治療ミス等が生じ、
患者から損害賠償請求を受ける場合、
他のクリニック及び当該理事長が、
連帯して、損害賠償責任を負うことになります。

契約自体は、
他のクリニックと患者の間で生じる
ものと考えられますが、

契約関係がない場合であっても、不法行為による
損害賠償請求はあり得るところです。

患者は、当該理事長の治療ミスにより、損害を被った場合、
不法行為に基づき、当該理事長に対して、損害賠償請求が可能です(民法709条)。
これと同時に、患者は、他のクリニックに対しても、
使用者責任に基づき、損害賠償請求が可能です(民法715条)。
(もちろん、他のクリニックには契約に基づく損害賠償も可能です。)

したがって、当該理事長も、患者に対して、
一次的な損害賠償責任(一旦は患者に賠償金を支払う義務)
を負うことになります。

他のクリニックが患者に対して損害賠償を行った場合や
当該理事長が行った場合については、

損害賠償を行った当事者は、
他のクリニックと理事長の責任割合に応じて、
他方に対して求償することができます。

もっとも、この責任割合ついては、判例上、事業の性格、規模、
業務内容、ミスの内容などの個別具体的な事情によって決する
ことになります。

当該理事長において、故意や著しい過失がある場合には、
全額を理事長が負担(他のクリニックは全額理事長に求償できる
または、理事長は他のクリニックに求償することができない)
するとされることもあるでしょう。

3 ご質問③~取り決めについて

他のクリニックと当該理事長間における業務委託契約書において、

「当該理事長が他のクリニックにおいて行う一切の診療行為及び治療行為に起因して、
患者に生じた損害につき、他のクリニックが当該損害の賠償を行った場合には、
他のクリニックは、当該理事長に対して、一切の請求を行わないものとし、
当該理事長が、患者に対して、当該損害の賠償を行った場合には、
当該理事長は、他のクリニックに対して、支払金額の全額を求償できるものとする。」
との条項を定めることが考えられます。

もっとも、この条項については、
裁判レベルでは、あまりにミスが大きい(重大な過失がある)
ようなケースですと、適用されないという可能性は残る
ところです。クリニックも当該理事長の医師としての専門性を
考慮した上で、委託をしているという前提がありますので、
どんなミスでもこの条項で救済されるかというと一応疑問が残ります。

その他、治療の際には、
カルテに治療の状況・経過を詳細に記録する、
当該理事長と患者とのトラブルが発生した場合の他の
クリニック内での連絡系統を取り決めておき、それを遵守している
証拠を残すことも責任の範囲を限定的にするには一案かと思います。

よろしくお願い申し上げます。