民法

ビル清掃中に宅配業者従業員が転倒して怪我をした場合の賠償責任

永吉先生

いつも大変お世話になっております。
表題の件について、ご教示頂ければ幸いです。

<事故の状況>
ビル清掃業者が10階建マンションのワックスがけ作業を行っている際に、
宅配業者の従業員が8階の階段部で転倒し、救急車で運ばれる大けがをしました。

ワックスがけの注意喚起は、エレベーター内に「滑りやすくなっている旨」の注意喚起
とエレベーター外側に、ワックスがけの日時などの予告文書を掲示していました。

配送業者はエレベーターを使用して上階まで荷物を届け、
階段を使用して降りる際に起きた事故です。

<質問>
配送業者の言い分は、エレベーター内の「滑りやすくなっている旨」の注意喚起は
見落としたが、階段部に注意喚起が表示されていないので100%ビル清掃業者の責任
と主張しています。(ビル清掃業者の保険会社を使うように要求されています。)

このような状況で、ビル清掃業者は賠償責任を負うものなのでしょうか。
ご教示下さいますようお願い申し上げます。

●●先生

ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。

1 ご質問と回答の結論

>配送業者の言い分は、エレベーター内の「滑りやすくなっている旨」の注意喚起は
>見落としたが、階段部に注意喚起が表示されていないので100%ビル清掃業者の責任
>と主張しています。(ビル清掃業者の保険会社を使うように要求されています。)

>このような状況で、ビル清掃業者は賠償責任を負うものなのでしょうか。
>ご教示下さいますようお願い申し上げます。

結論として、配送業者の従業員(個人)に対して、
責任を負うかはそのマンションの構造や具体的な状況
などに左右されるところです
(判断基準等は、回答の理由をご覧ください)。

ただし、少なくとも今回の件で、
損害賠償を請求できるのは、配送業者ではなく、
配送業者の従業員(個人)ですので、
配送業者との話し合いで賠償するか否かを交渉
するものではないです。

2 回答の理由

(1)配達業者の従業員の選択肢

まず、ご相談の事例において、
一次的に転倒による損害を負っているのは、
配達業者の従業員です。

このため、配達業者の従業員は、
以下の選択肢からいずれか又は複数を選択のうえ、
自らが被った損害への賠償・補償を請求することになります。

①清掃業者に対する損害賠償請求(民法715条、民法709条)。
②委託元であるビルの管理会社やビル所有者に対する損害請求。
(民法709条、民法715条)。
③使用者である配送業者に対して、災害補償を請求(労働基準法75条)。
又は、政府に対して、労災保険法に基づく給付を請求する(労災保険法12条の8第2項)。
なお、後者の場合には、国から清掃業者に対して、求償される可能性があります(労災保険法12条の4第1項)。
④使用者である配送業者に対して、損害賠償請求(民法709条、民法415条)。

いずれの方法により、
損害への賠償・補償を請求するかは、
配達業者の従業員個人が選択するべきことで、
配達業者が、清掃業者に対して、
ビル清掃業者の保険会社を使うように要求する法的な権利はありません。

配達業者は、③④への対応リスクを懸念し、
ビル清掃業者に対して、
このような要求をしていると考えられます。

このため、配達業者の従業員からの請求が
あって初めて、清掃業者が、配達業者の従業員に対して、
①の損害賠償責任を負うか否か、
清掃業者の保険会社を使うか否かを検討・判断することになります。

(2)清掃業者は配達業者の従業員に対して損害賠償責任を負うのか?

配達業者の従業員が清掃業者に対して損害賠償請求を行う場合、

清掃業者が、ワックスがけをする際に、
通常の清掃業者として行うべき(義務のある)行為をしていたか
否かがポイントになります。

過去の裁判例を見ると、

⑴清掃中であることを表示していたか、
⑵通行に危険がある場合には危険な部分の通行を制限していたか
⑶階段にワックスがかかっていることがわかる状況であったのか
⑷清掃業者が、実際の清掃担当者に対して、清掃中に徹底するべき事項を周知していたか

などを総合的に考慮して判断されています。

今回の事例ですと、

>ワックスがけの注意喚起は、エレベーター内に「滑りやすくなっている旨」の注意喚起
>とエレベーター外側に、ワックスがけの日時などの予告文書を掲示していました。

ということですので、建物の構造や導線などから
これだけで注意喚起として十分であったかどうかを
判断されることになります。

ただ、裁判所は、清掃業者ひいては清掃担当者に対して、
通行に危険がある場合には危険な部分の通行を制限する義務や
階段にも張り紙をするべき義務があったと認定する可能性は
比較的あるかなとは思います。

このあたりは、本当に事案によりますので、
なんとも難しいところです。

裁判をしても、争い方や裁判官の心証形成にも
よるところかと思いますので、
裁判をせずに、事案をすべて把握したとしても、
最終的にいずれかの結論となるというのは、
明言できないような事案かとは思います。

弁護士でも、
具体的な事案や建物の構造なども把握した上で、
比較的勝てそうな事案か、負けそうな事案かを
判断し(事案によっては五分五分ということも
あるでしょう)、

損害の金額や保険を利用することの依頼者さまの
抵抗等まで考慮した上で、どのような方針を
とるのかを決定していく事案かと思います。

また、
>ワックスがけの注意喚起は、エレベーター内に「滑りやすくなっている旨」の注意喚起
>とエレベーター外側に、ワックスがけの日時などの予告文書を掲示していました。
>配送業者はエレベーターを使用して上階まで荷物を届け、
>階段を使用して降りる際に起きた事故です

ということですので、仮に清掃業者の責任が
認められたとしても、
転倒した配達業者の従業員にも一定の落ち度があるとして、
ビル清掃業者の損害賠償の責任は、一定程度減額される
可能性も高いかと思います(民法722条2項)。

よろしくお願い申し上げます。