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不良債権の処理に役員退職金を利用するスキーム

永吉先生

税理士の●●です。
表題の件について、適法な処理手続きについて
ご教示ください。

9月決算の株式会社です。

不良債権 3800万円
数十年前に倒産した取引先に対する売掛金残高を
未処理で放置していたもの。

取締役A(前代表取締役)に、
当時の責任を取ってもらうため、当該不良債権を額面で売却。

同額程度の役員退職金を支給して、
売却代金の支払いに充当する。

以上の処理を、9月中に実行する場合、
必要な手続と書類について、ご教示ください。
退職金規定はありません。

よろしくお願いいたします。

●●先生

ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。

「9月中に実行」というご質問でしたので、
ご質問に対する回答が前後しております。
該当の先生、今しばらくお待ちください。

1 ご質問

>表題の件について、適法な処理手続きについて
>ご教示ください。
>9月決算の株式会社です。
>不良債権 3800万円
>数十年前に倒産した取引先に対する売掛金残高を
>未処理で放置していたもの。
>取締役A(前代表取締役)に、
>当時の責任を取ってもらうため、当該不良債権を額面で売却。
>同額程度の役員退職金を支給して、
>売却代金の支払いに充当する。
>以上の処理を、9月中に実行する場合、
>必要な手続と書類について、ご教示ください。

2 回答

(1)債権の譲渡について

>9月決算の株式会社です。
>不良債権 3800万円
>数十年前に倒産した取引先に対する売掛金残高を
>未処理で放置していたもの。
>取締役A(前代表取締役)に、
>当時の責任を取ってもらうため、当該不良債権を額面で売却。

まず、Aが役員の時点でこの債権譲渡を行う
場合には、形式上、利益相反取引になりますので、
その取引について
・取締役会設置会社であれば、取締役会の承認
・取締役会非設置会社であれば、株主総会の承認決議が必要
となります。

そして、債権譲渡の対抗要件を備えるためには、
債務者である取引先に、会社から
Aに債権を譲渡した旨、内容証明郵便で送るという
対応となります。

ただし、この債権については、
取引先が法人で、既に破産手続きが結了している
という前提に立つと、

取引先への債権は、取引先の法人格が消滅
すると同時に、法的に消滅しているものと
なりますので、

厳密には、「Aから会社への贈与」
(Aの認識次第では、無効とされる可能性もあります。)
と考えられます。

したがって、本来的には会社の利益にしか
ならない行為かと思いますので、不要かと思いますが、

あくまでも形式上、債権譲渡の
体をとりたいということであれば、上記の株主総会
または取締役会の手続きを経て、
議事録を残しておくこととなるでしょう。

なお、取引先の法人が既に破産している場合には、
税務上も対象債権がないことから、
A→会社への贈与と認定されるでしょう。

この場合、
>当時の責任を取ってもらうため
という趣旨であれば、損害賠償金の支払いとして
合意書を締結する方が実態とはあっているでしょう。
(この方法でも、税務上、贈与なのか損害賠償請求なのかは、
厳密には、実際に法的にAが損害賠償義務を負うのか
否かによることになります。)

(2)Aへの退職金の支払いについて

>同額程度の役員退職金を支給して、
>売却代金の支払いに充当する。

こちらについては、株主総会の承認決議が
必要ですので、支給する退職金額について、
承認する旨の決議をする必要があります。
ですので、その議事録が必要です。

会社の株主が1名であれば、問題ありませんが、
複数人いる場合には、

非公開会社の場合、
1週間前までに招集通知を送ることが必要ですが、
9月中というと間に合わないため、以下の方法が
考えられます。

ア 招集手続きを省略する方法

・全株主出席の株主総会をするか

・全株主から招集手続きの省略の同意書をもらうか

いずれかであれば、招集手続きを
省略することが可能です。

イ 書面決議を行う方法

株主総会の開催なしで、決議を行う方法として、
全株主に議案内容(Aにいくら退職金を支払うのか
と支払日)を送り、書面で同意書をもらう方法もあります。

なお、招集手続きの懈怠は、
会社法上、株主総会の取消事由となりますが、
取消を主張するには、
総会決議の日から3ヶ月以内に訴えを提起しなければ
ならない(裏を返せばされないと取消を主張できない)
ため、同族会社等では、厳密に守られていない実態があります。

よろしくお願い申し上げます。

永吉先生

税理士の●●です。
本件でご回答を頂いた、次の2点について、
追加で質問させてください。

<追加質問1>

> なお、取引先の法人が既に破産している場合には、
> 税務上も対象債権がないことから、
> A→会社への贈与と認定されるでしょう。

債務者である法人の閉鎖事項全部証明書を確認した処、
次の記載がありました。
——————————–
解散
平成10年6月30日株主総会の決議により解散

登記記録に関する事項
商業登記規則第81条第1項による登記記録閉鎖
平成28年2月22日登記
平成28年2月22日閉鎖
———————————–

この法人は、解散登記をしただけで、
清算結了登記がないので、法律上は消滅していない。

したがって、
この法人に対する債権(売掛金)も法律的には存在していて、
売買契約自体は有効に成立する(贈与ではない)、
と考えてよろしいでしょうか?

<追加質問2>

> >当時の責任を取ってもらうため
> という趣旨であれば、損害賠償金の支払いとして
> 合意書を締結する方が実態とはあっているでしょう。
> (この方法でも、税務上、贈与なのか損害賠償請求なのかは、
> 厳密には、実際に法的にAが損害賠償義務を負うのか
> 否かによることになります。)

損害賠償金の合意書を締結することにした場合、
合意書に、取締役Aが自分に賠償責任があることを認める記載をしていても、
税務上、贈与と認定されるリスクはある、ということでしょうか?

以上、宜しくお願い致します。

●●先生

追加でのご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。

1 追加質問1

>——————————–
>解散
>平成10年6月30日株主総会の決議により解散
>登記記録に関する事項
>商業登記規則第81条第1項による登記記録閉鎖
>平成28年2月22日登記
>平成28年2月22日閉鎖
>———————————–

>この法人は、解散登記をしただけで、
>清算結了登記がないので、法律上は消滅していない。

そうですね。解散のみで破産手続きの結了まで
行っていない状態ということであれば、
(債務が残ったまま通常清算の結了はそもそもできませんので、
登記が入っていても法人格は消滅していないこととなります。)

>この法人に対する債権(売掛金)も法律的には存在していて、
>売買契約自体は有効に成立する

法的には債権が存在している以上、民法的には
売買契約が成立すると考えられるでしょう。

ただし、平成10年に解散している会社への
債権を20年以上にわたり放置し、両当事者が
債権を回収できるわけないことを当然の
前提にして債権の売買を仮装したというような認定は
あり得るところです。
(民事上は贈与でも売買でも特に議論にはなりませんが・・)

また、税法の問題の場合、
上記のようなケースですと、
解散後20年以上放置されている債権なので、
理論上は、時価0円の債権の対価として、
3800万円を得たとして、

受贈益とされ株主へのみなし贈与とされる
可能性は残ります。

ただし、
額面どおりということですと、
債権が法的に存在しているため、
調査レベルで、税務署が更正するか!?というとハードルは高いとは思います。
(そもそもみなし贈与がハードル高いというのもあります。)

仮に、裁判レベルまでいったら、
裁判所がその更正決定を取消すか?
というと、更正決定に法的な根拠がないわけではなく、
事情が事情だけに最終的には取消さないようには思います。

2 追加質問2

>損害賠償金の合意書を締結することにした場合、
>合意書に、取締役Aが自分に賠償責任があることを認める記載をしていても、
>税務上、贈与と認定されるリスクはある、ということでしょうか?

そうですね。
あくまでも理論上、税法は、民事の客観的な法律関係を前提に
されるものです(大阪地判昭和54年5月31日等)ので、
賠償義務があるか否かは、当事者の合意で決められるものでは
なく、厳密には民事上の要件を満たしているか
どうかによるところです。

あとは、証拠や事実関係からの認定及び
評価の問題となりますが、
おっしゃるとおり、取締役Aが認める旨の合意書
があれば、税務署としては、賠償責任がなかった
と認定しにくくなるというところです。
(合意書があれば、一連の経緯等から、
他に租税回避的な動機等で、双方が仮装した等認定できない限りは、
覆すことは実務上は難しいと思います。)

責任が生じたとされる経緯や責任追及をすることを
取締役会等で決定した議事録等の資料を
残して置いた方が良いとは思います。

よろしくお願い申し上げます。

永吉先生

税理士の●●です。
何度もすいません。もう一つ追加質問です。

> あとは、証拠や事実関係からの認定及び
>評価の問題となりますが、
>おっしゃるとおり、取締役Aが認める旨の合意書
>があれば、税務署としては、賠償責任がなかった
>と認定しにくくなるというところです。
>(合意書があれば、一連の経緯等から、
>他に租税回避的な動機等で、双方が仮装した等認定できない限りは、
>覆すことは実務上は難しいと思います。)

この点に関する税務上の取り扱いについての質問です。

合意書に基づいて、会社の財務会計上、
Dr 未収損害賠償金/Cr 売掛金 3,800万円
という仕訳をすれば、

未収金の入金をもって、
会社の損害は回避され、不良債権も消えることになります。

税務署が、この賠償責任を認定した場合、
新たな課税関係は生じないという理解でよろしいでしょうか?

●●先生

追加でのご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。

1 ご質問

>合意書に基づいて、会社の財務会計上、
>Dr 未収損害賠償金/Cr 売掛金 3,800万円
>という仕訳をすれば、
>未収金の入金をもって、
>会社の損害は回避され、不良債権も消えることになります。
>税務署が、この賠償責任を認定した場合、
>新たな課税関係は生じないという理解でよろしいでしょうか?

売掛金債権と損害賠償債権は法論理上は、
別の債権となります。

したがって、
・貸倒損失/売掛金
・未収入金/損害賠償金

となり、各々計上時期を含めて検討することに
なるかと思います。

一般的には
>会社の損害は回避され、不良債権も消えることになります。

ということではなく、事実認定及び評価レベルでは、
回収できないから、損害が生じた
ということになるかと思いますので、同時期に計上
すること自体は、不自然ではないかと思いますが。

気になるのが、
今回は「役員」に対する損害賠償請求となり
ます。

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法人税法基本通達 2-1-43 (損害賠償金等の帰属の時期)
他の者から支払を受ける損害賠償金(債務の履行遅滞による損害金を含む)の額は、
その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入する
のであるが、法人がその損害賠償金の額について実際に支払を受けた日の属する
事業年度の益金の額に算入している場合には、これを認める。
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法人役員や従業員は、
当該基本通達の「他の者」には該当しない
という理解が一般的です(東京高判平成21年2月18日)。

結局のところ、

民事上損害賠償として、平成10年に
相手方法人が解散している(破産はしていない)
こと等との関係で、どの時点で、
損賠賠償請求ができるだけの「損害」が発生したと
評価できるのかという問題となります。

(なお、以前の回答のとおり、
そもそも、法律上、役員が損害賠償義務を負う事案か否かの問題も
別にあります。)

よろしくお願い申し上げます。