【前提】
・オーナー社長(筆頭株主)の母親が高齢で、最近認知症を発症した模様。
母親の持株(数%)について、相続による分散を防ぐため急ぎ買取りたい。
・社長には弟がいるが仲が良くなく、後々揉めることのないようにしたい。
【ご質問】
①母親が認知症の場合、その保有する株式を社長が買取るには成年後見人を選任する必要がありますでしょうか。
また選任するとすれば、本件ではどのような者が後見人になると考えられるでしょうか。
(社長の弟、遠い親戚、弁護士等)
②認知症の程度によって、手続は異なりますでしょうか。
③母親から株式を買取る者が社長か、会社(自己株買い)とするかによって、手続は異なりますでしょうか。
ハードルが低い、もしくは後々揉めるリスクがない方法を選択したいと考えます。
④その他、留意点等があればご教示頂くことはできますでしょうか。
認知症対策というのは聞きますが実際に認知症になった後の対応策がわからず、恐れ入りますが宜しくお願い申し上げます。
>対応策がわからず、恐れ入りますが宜しくお願い申し上げます。
認知症になってしまった後ですと、
下記の通り、確実に取得できる方法が
なくなってしまいます(そのため認知症になる前に対策
しなければならないとよくいわれる)が、
以下、今後の取得方法に関するご質問に対する
回答になります。
1 ご質問①〜後見人選任について
>①母親が認知症の場合、その保有する株式を社長が買取るには
>成年後見人を選任する必要がありますでしょうか。
医師から母親に対して認知症との診断がある場合には、
母親に「意思能力がない」ことを理由として、
母親による株式の売却が無効となるリスクが存在します。
ですので、法的に確実に有効に買い取る
(後に揉めることを防ぐ)という趣旨ですと、
後見人を選任して、後見人と契約をする必要があります。
ただし、売却をするかしないかについては、
後見人が決めることですので、
確実に社長に売却してくれるかは不確定
となります。
>また選任するとすれば、本件ではどのような者が後見人になる
>と考えられるでしょうか。
>(社長の弟、遠い親戚、弁護士等)
後見人には、様々な事情を総合して、
本人の身上監護、財産管理を適正に行うことができる者を
家庭裁判所が判断して選任します。
家庭裁判所に提出する後見開始申立書には、
後見人の候補者を記載する欄が設けられており、
ここに記載することで、
候補者の希望を裁判所に伝えることはできます。
親族や、弁護士・司法書士などの専門家が選ばれる
ことが多いですが、
一般論としては、管理する財産が多額ではなく、
推定相続人同士に争いが生じる可能性が
低いということであれば、候補者として記載した者が
後見人となるのが通常です。
その一方で、管理する財産が多額になる、あるいは、
推定相続人同士に争いが生じる可能性が高いと裁判所が場合には、
財産管理の適正の確保のため、弁護士・司法書士等の
専門家が選任されることが多いです。
なお、メディアでも取り上げられましたが、
最高裁が3月19日に後見人には「身近な親族」を
選任することが望ましいという考え方を出しましたが、
今後の運用で、どの程度親族が優先されるのかは
まだ明らかではない部分です。
>社長には弟がいるが仲が良くなく、
>後々揉めることのないようにしたい。
ということですと、弟が後見人になると
そもそも売却しないという形で、
揉める可能性自体は残ります。
弁護士等の専門家が選任された場合には、
選任された者によっても判断が分かれると思います。
市場で売却できない株式を換金できること
自体にメリットがあり(対価が適正であることが前提です)、
筆頭株主である社長に株式を集めることに合理性はある一方、
財産を処分すること自体に抵抗を感じる専門家も多く、
また、多額の財産を処分するにあたっては、
実務上後見人は裁判所と協議しますので、
事実上、裁判所からNGが出るということもあります。
この辺りは選任された
弁護士の考え方等にもよるところかと思いますので、
専門家を成年後見人につければ処分が
確実に可能となるわけではなく、
一定のリスクは残ります。
仮に今後の財産管理のことも含めて、
社長を後見人にする希望を出し、
社長が後見人となる場合には、
株式の取得に関して、利益相反にあたりますので、
別途、特別代理人を選任する手続きが必要に
なります。
(既に後見監督人が選任されている場合には、
後見監督人が契約することが可能です。)
2 ご質問②〜認知症の程度における手続きの違い〜
認知症などを原因に本人の判断能力が
低下している程度に応じて、
成年後見人の制度のほかに、保佐人の制度及び補助人の制度が
存在します。
そのため、今回のケースでは、
母親の認知症の程度に応じて、
後見開始審判の申立て、補佐開始審判の申立て、補助開始審判の申立て
の3つの手続が存在します。
(手続き自体の方法が大きく異なる
わけではありません。)
いずれの申立てにおいても、
母親の判断能力に関する医師の診断書を
申立ての際に提出
することになるため、
母親の主治医に診断書の作成を依頼する際に、
現状の母親の認知症の程度では
いずれの手続を選択することになるかを相談のうえ、
手続を選択することになります。
なお、主治医に作成を依頼する診断書は、
裁判所提出用の書式があるため、
通常の診断書とは異なることに注意が必要です。
http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/l3/l4/Vcms4_00000554.html
こちらの⑤の診断書の書式になります。
3 質問③〜買取人の選択について
>母親から株式を買取る者が社長か、
>会社(自己株買い)とするかによって、
>手続は異なりますでしょうか。
>ハードルが低い、もしくは後々揉めるリスクがない方法を
>選択したいと考えます。
後見人から買い取れる可能性でいうと、
あまり変わらないかと思います。
(後見人を選任せずに買い取った場合の
無効となるリスクも変わりません。)
仮に、社長が後見人となった場合には、
会社の代表者(社長)が契約をする場合、
いずれにしろ利益相反に該当しますので、
特別代理人の選任が必要になるものと思われます。
(既に後見監督人が選任されている場合には、
後見監督人が契約することが可能です。)
一時的に、社長が代表を降り、
他の者を代表として契約するという
裏技的な方法も考えられますが、
このような手法は、将来的に
後見人に対する損害賠償請求等に
転嫁する可能性や、
実質的な利益相反として、将来的に
無効とされるリスクもないとは言えないので、
将来の紛争を予防するという観点から
は、おすすめできません。
4 ご質問④~その他留意点
>④その他、留意点等があればご教示頂くことはできますでしょうか。
上記の通り、認知症発症後ですと、
確実に株式を社長が取得する方法は、
なくなってしまいます。
なお、医師2名の立会いと能力が回復している
証明があれば、後見開始後の被後見人の遺言
というものも法律上認められていますが(民法973条)
実務上、実際に使えるケースは
極めて稀ですので、詳細については割愛します。
以下は、ご質問の趣旨とは異なるかと
思いますが、念のため、
株式を社長個人が買い取る場合と
会社が買い取る場合の会社法上の
手続きも記載しておきます。
(1)母親の株式を社長が買取る場合
定款で株式の譲渡制限を定めている場合が大半ですので、
手続としては、母親から社長に対する株式の譲渡につき株主総会を招集し、
譲渡の承認決議を行うことになります(会社法139条1項)。
なお、取締役会設置会社の場合は取締役会決議によりますが、
この場合に社長は議決権を行使できず、他の取締役で決議を行わ
なければならないことに注意が必要です。(会社法369条2項)
(2)母親の株式を会社が買い取る場合
オーナー社長及び母親の他に株主がいる場合には、
株主間の平等を確保する必要があるため、
上記(1)に比べて手続が複雑になります。
まず、株主総会の日の2週間前までに、
全株主に自己の株式の買取りも決議案に加えることが請求できる
ことを通知します(会社法160条2項、3項、会社法施行規則28条)。
そのうえで、株主総会を招集し、取得する株式数、対価、取得期間、母親のみ
に対して株式取得の通知することを決議します
(会社法156条1項、同法160条1項)。
その後、実際の取得に際しては
取得する株式の数や引換えに交付する金銭等の総額を、
業務執行者である取締役(取締役会設置会社の場合は
取締役会)が決定し、(会社法157条1項、2項)
そして、会社は、これらの決議事項を株主に通知する
ことになります(会社法158条1項)。
よろしくお願い申し上げます。