相続 贈与 不動産 相続税 贈与税

過去の贈与契約の有効性について

標記の件、以下よろしくお願い致します。

<前提>

(1)

被相続人・贈与者:甲(H30.8月死亡)

相続人:配偶者乙、長女丙、長男丁

受贈者:長女丙の長男戊(S51年出生)

(2)贈与契約に関する事項

S56.3.23 日本職役場に於いて贈与契約公正証書作成

第1条 贈与者甲は、昭和55年10月1日受贈者戊に対し、A土地を無償で贈与することを約し、受贈者はこれを受諾した。

第2条 贈与者は、受贈者から請求があったときは遅滞なく、前条による所有権登記申請手続きをなすものとする。

以上

(以下、「本旨外要件」として贈与者・代理人、受贈者・法定代理人父・母・代理人等の記載)

※贈与税の申告はしていないようです

(3)A土地に関する事項

①相続開始時点において、所有権甲名義のまま(固定資産税は甲が負担)

②乙区に戊の父が権利者の賃借権設定仮登記(H5.4.1設定、存続期間20年、借賃等の記載はあるが賃料のやり取りなし)

③A土地の利用状況

S51.7 戊の父が建物を新築、所有権登記

H12.2 上記建物を、戊の父から相続により戊が取得し居住している

<質問事項>

A土地所有者について、

(1)贈与契約第2条は未履行だが、第1条は成立済みと考えS55年に戊の所有となっている(甲の相続財産でない)と考えるのでしょうか?

(2)所有権移転登記が済んでいないので、贈与自体が成立していないため甲の所有と考えるのでしょうか?

(3)(2)の場合、A土地は甲の相続財産ではあるが、贈与契約があるので相続人が相続により取得者を定めるのではなく、贈与契約により戊が相続人に所有権を主張し戊の所有として登記手続きをするのでしょうか?(相続人が贈与の履行義務(債務)を承継)

1 ご質問への回答

>(1)贈与契約第2条は未履行だが、
>第1条は成立済みと考えS55年に戊の所有と
>なっている(甲の相続財産でない)と考えるのでしょうか?

はい。
登記をすることは、贈与契約の成立条件ではないので、
契約自体は成立します。

所有権も特段の合意がなければ
契約と同時に移転します。

原則的には、契約締結時点で、
贈与があったと評価されます。

なお、書面によるものですので、
甲や乙ら相続人は撤回等はできません。

ただし、非常に難しいところですが、
今回のケースでは、
公正証書を作成したとしても、その
契約書が実態のない契約についてのもので
不成立ないし通謀虚偽表示として無効と
判断される可能性はあります。

詳しくは、「2 本件の注意点」に記載します。

>(2)所有権移転登記が済んでいないので、
>贈与自体が成立していないため
>甲の所有と考えるのでしょうか?

いいえ、上記(1)の通りです。

>(3)(2)の場合、A土地は甲の相続財産ではあるが、
>贈与契約があるので相続人が相続により取得者を定めるのではなく、
>贈与契約により戊が相続人に所有権を主張し
>戊の所有として登記手続きをするのでしょうか?
>(相続人が贈与の履行義務(債務)を承継)

仮に、例外的な場合として、
相続財産になるという前提ですと、
贈与契約の有効性が否定されていること
となるので、義務の承継は起こりません。

ただし、下記「2(3)」のように、
移転登記時点で贈与と新たに認定される可能性は
理論上はありえます。

2 本件の注意点

原則的には、上記の「1」の通りですが、

本件では、贈与契約書面作成後、40年近く
登記が放置されており、
贈与税の申告等もなされていない
親族間贈与という特殊な事案です。

公正証書により贈与証書を作成したが、
その後、13年間移転登記がなされなかった
事案において、
東京地裁平成18年7月19日判決は、

「完全な所有権を移転させることについて当事者間で
確定的な合意が成立したものとして,「贈与証書」なる書面を
わざわざ作成したのであれば,特段の支障のない限り,
速やかに所有権移転登記の手続を経るのが通常であると考えられるところ,
甲土地につき,Xと原告らとの間で登記手続を経ることについて支障が
あったことをうかがわせる事情は認められない。

 それにもかかわらず、〜省略〜
本件贈与証書が作成されてからXが死亡するまで13年近くもの長期間,
Xから原告らへの移転登記が行われなかったことからすると,
Xはその所有権を自身の下にとどめておく意思であり,
原告らもそうした意思であったとみるのが自然である。」

として、贈与契約を無効と判断し、
相続税の対象となる相続財産になると判示した
裁判例があります。
(その後、控訴、上告されましたが、
最高裁平成20年7月8日不受理で確定)

登記を放置していただけで、贈与契約の実態が
なかったと判断されるわけではないですが、
この裁判例やその他の裁判例を参考にすると、

①贈与契約と異なる行動や言動をしていた事実はないか
②贈与契約書作成時に贈与を必要とする客観的、合理的な事情があるか
③長期間にわたり登記をしない合理的な理由があるか
④対象とされている物(不動産等)への支配管理、果実の帰属や贈与契約書前後の変化の状況

などを総合考慮して、判断されています。

今回は、確かに長期間登記が放置されている
ことから、③について合理的な理由があるか
(なお、贈与税の租税回目的等はこの合理的
理由にはならないとされています)
が、問われるところかと思います。

また、

>S51.7 戊の父が建物を新築、所有権登記
>H12.2 上記建物を、戊の父から相続により戊が取得し居住している

ということで、④の支配管理状況からすると、
受贈者である戊の父が利用しているという点は、
実態があったとされるにはかなり有利な事情です。

ただし、
>S51.7
が贈与契約の前であることから、
贈与契約前後で管理状況等が異なった
わけではないという点は上記の事情を
弱める点ではあります。

また、
>②乙区に戊の父が権利者の賃借権設定仮登記

がされているということであると、
おそらく甲を所有者である前提で行った
(そうでなければ、その時点で甲→戊の所有権移転登記
も併せて行うべきだった)

ということで、①についても贈与がなかったという
方向に傾く事実かと思われます。

今回は直接の受贈者である戊ではなく、
その父の行為ですので、相続人への贈与では
ない点は有利かとは思いますが、

贈与契約書が父の代理として作成されている
ことから、受贈者の行為ではないというだけでは
贈与の実態があったと確実に言えるわけではない
と思います。

こちらについては、あくまでも個別事情による
例外的判断にはなりますので、

最終的には裁判所で白黒つける以外、確定的な
判断は極めて困難かと思われます。

弁護士の闘い方や裁判官によっても、異なる
結論がでるレベル感の問題だと思います。

以下、今後の対応です。

(1)民事について

民事上は、贈与契約を前提として、
登記等の手続きを行うことになるでしょう。

この過程で、他の相続人が納得すればそれで
済む話になりますし、
反対するということがあると、交渉の後、
話がまとまらなければ、最終的には裁判等で
判断を仰ぐことになります。

(2)相続税申告について

仮に、相続人から相続税申告を受任
された場合、

上記の通り、このような形となってしまうと、
確実安全な申告というのは難しいと思います。

税理士の先生としては、
将来的に、A土地の所有権が相続財産である
とされるおそれがあることやその場合の追徴課税
のリスクを説明した上で、

意思決定を相続人に仰ぐということになってしまう
かと思います。

(3)戊への贈与税のリスク

仮に上記について、税務上、相続財産になる
と判断された場合、

戊への移転登記があった時点で、
相続人から戊へ贈与があったとされる
おそれも理論上はありえます。
(贈与契約書の日付等ではなく、
実態として移転登記日に贈与があった
としたものも存在します(昭和60年3月25日裁決)。

ただし、今回は、相続を介している点で、
相続開始後に贈与契約があったという認定まで
可能なのかという点は疑問が残ることころです。

その場合、相続人は、既にある契約を前提に
履行手続きのみを行ったというだけだからです。

争いなく、登記手続きができた場合には、
この点を、そもそも相続財産ではなかった
という反論に利用することも1つかと思われます。

よろしくお願い申し上げます。