遺言書と異なる遺産分割を行うことの是非についてご教示ください。
≪事実関係≫
被相続人「甲」は生前A氏と公正証書で「死後事務委任契約」を結んでいました。
契約の内容は、甲の死後の
①火葬、納骨、埋葬に関する事務
②医療費、公租公課等の債務の精算事務
です。
契約書には、「甲は生存中いつでも本契約を解除することができる」との記載があ
り、
生前に「甲」はA氏に対して電話で契約解除の申し入れをしていました。
また、「甲」は上記A氏を遺言執行者として、公正証書遺言を作成していました。
相続人は、「乙」と「丙」の2名であり、「不動産は乙に相続させる。金融資産は、
遺言執行者において換価処分し、乙と丙に2分の1ずつ相続させる。」
という内容です。
遺言書は、「相続人に対して相続させる」との記載になっておりますが、
相続人は遺言書とは異なる内容で遺産分割をしたいと希望しております。
≪相談≫
上記状況において、相続人の二人が合意して作成した分割協議書に基づいて
遺産の名義変更等の手続きを進めた場合、法的に問題となることは何かある
ものでしょうか(その分割が無効とされるなど)。
また、遺言執行者A氏は転居しており、相続人は居場所が分かりません。
今後、上記内容を知ったA氏から遺産分割の無効を言われることはないでしょうか。
このような場合(遺産分割で進める場合)にやっておくべき手続きで簡便なもの
がありましたらアドバイスを頂けたら幸いです。
以上の2点につきましてご教示くださいますよう、お願いいたします。
>上記状況において、相続人の二人が合意して作成した分割協議書に基づいて
>遺産の名義変更等の手続きを進めた場合、法的に問題となることは何かある
>ものでしょうか(その分割が無効とされるなど)。
(1)相続させる旨の遺言とこれと異なる遺産分割
まず、特定財産の相続させる旨の
遺言の効果等については、下記の記事をご参照ください。
https://zeirishi-law.com/souzoku/igon/jikou/1#i-6
相続開始後に直ちに特定の財産(今回は不動産)が指定された者に
移転しますので、遺産分割の余地はないように
思われますが、
ご存知の通り、
相続人全員の同意の下、行われれば法務的には
可能と解されています(さいたま地裁平成14年2月7日等)。
税務上も、疑義があるところですが、通常のケースで
あれば、新たな贈与とは見ない扱いです。
なお、その根拠を下記のタックスアンサーに求める
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4176.htm
こともありますが、こちらのアンサーは特定遺贈についての
もの(全部の遺産を与える遺贈は、特定遺贈の束と考えられています。)
であり、特定遺贈の放棄はいつでも可能ですが、
「相続させる旨の遺言」の場合には、相続放棄手続でしか
放棄ができないと解されているため、何故贈与として扱わないのかは、
理論上は、一応不明です(相続させる旨の遺言の場合は、
贈与税の対象となるとする書籍等も一部存在します。)。
ただし、実務上は相続させる旨の遺言でも、特定遺贈でも
贈与とされることはないと思います。
(2)遺言執行者がいる場合
本件のように遺言執行者がいる場合には、
別途考慮が必要です。
遺言執行者がいる場合に、遺言執行者の同意なく
遺言内容と異なる
遺産分割を行っても無効と
されます(民法1013条)。
※就任前でも同様です。
ただし、民事の裁判例等は、
遺産分割は無効とされるが、
全員の同意の下された遺産分割協議の
効力としては、
遺産分割としてではなく、相続人間の
「贈与、売買、交換の合意」としては有効
とするものが多いです(東京地裁平成13年6月28日等)。
(これは遺産分割の内容により異なりますが、
遺産分割として有効という認定はないと思います。)
ですので、民事的には、最終的な帰属者が誰か
というところが最も重要なので、
大きな問題になることは少ないですが、
この民事上、明らかに「贈与、売買、交換」の合意
とされているものを、通常の相続税の問題だけで
処理して良いかと言われるとかなり抵抗があるところ
かと思います。
このまま、遺言執行者Aが何も言ってこなければ
通常の遺言と異なる遺産分割の問題として扱いっても、
実務上大きな問題とはならないと思いますが、
仮にAがでてきて、遺言執行者の
同意がなく遺産分割が無効であると主張されて
しまうとリスクが高いと思います。
2 ご質問②〜無効と言われるリスクと対策について~
>言執行者A氏は転居しており、相続人は居場所が分かりません。
>今後、上記内容を知ったA氏から遺産分割の無効を言われることはないでしょうか。
>このような場合(遺産分割で進める場合)にやっておくべき手続きで簡便なもの
>がありましたらアドバイスを頂けたら幸いです。
「死後事務委任契約」が生前に解約されていることや
居場所もわからないという状況から、Aが何も
言ってこず、問題が顕在化しない可能性も高いと思いますが、
上記の通り、A氏から遺産分割の無効を主張されると
遺産分割としては無効ということになります。
ここをヘッジしたいということですと、
以下の方法になるかと思います。
(1)方法①
弁護士等に遺産分割事件として
依頼をして、弁護士に住民票などを取得してもらって
A氏の居所を探し出し、遺言執行者への就職の催告をすることです。
この催告で、A氏が就職を拒めば、
遺言執行者がいなくなりますので、
自由に遺産分割することができるようになります。
A氏が就職した場合には、同意を求めることになります。
なお、同意が得られない場合には、
相続人との意向の不一致を理由として、
解任の申立をすることも一応考えられます(民法1019条)
が、解任事由があるかといえば、遺言と異なる
遺産分割がしたいのに、させてくれないだけということです
と難しいでしょう。
(2)方法②
住民票等で、A氏の跡を追えない場合には、
公示の意思表示の規定を利用して(民法98条類推適用)、
就職の催告をする方法が考えられます。
http://www.courts.go.jp/tokyo-s/saiban/l3/Vcms3_00000347.html
準備にそれなりの手間がかかりますが、
公示から2週間で催告が到達したものとして扱われ、
さらにそれから1週間程度で、遺言執行者に就職したものと
みなされることになります(1008条後段)。
その後、所在不明を理由に解任の申立をすれば、
認められるでしょう(民法1019条)。
(3)方法③
上記でも説明の通り、
遺言通りの遺産分割がされたことを前提として、
相続人間で、贈与・売買・交換等の契約等をする方法です。
税務上のリスクは上記「1」の通りとなります。
よろしくお願い申し上げます。