・登場人物:夫、妻、子(未成年)、妻の父
・妻の父から子に対する贈与契約書があるが、受贈者の法定代理人として、
妻のみが署名、押印
これに関して、以前に下記のことを教えて頂きました。
・民法第八百十八条では「親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。」とあるので、
夫も妻も贈与契約書に署名、押印することが正しい。
・ただし、片方の署名、押印だけだったとしても、
誰も贈与契約の有効性に関しては文句を言わないのではないか?
しかし、今回の事例は妻に兄弟がおり、妻の父の相続時に、
この兄弟が妻の父から子に対する贈与につき、
無効をいう可能性がある状況となりました。
さらに、複雑な人間関係があり、
夫がこの贈与に「事実関係としては」同意はしていたものの、
何も証拠はなく、協力してくれない可能性もあります。
そこで、私も改めて民法を見てみました。
その中で、第八百二十五条(父母の一方が共同の名義でした行為の効力)がありますが、
ここに「父母が共同して親権を行う場合において、父母の一方が、共同の名義で、
子に代わって法律行為をし又は子がこれをすることに同意したときは、
その行為は、他の一方の意思に反したときであっても、
そのためにその効力を妨げられない。
ただし、相手方が悪意であったときは、この限りでない。」とあります。
今回は子が未成年で子の同意はないため、この部分を省いて読めば、
「父母が共同して親権を行う場合において、父母の一方が、共同の名義で、
子に代わって法律行為をしたときは、
その行為は、他の一方の意思に反したときであっても、
そのためにその効力を妨げられない。」となります。
そうなると、妻だけが署名、押印している贈与契約であっても、
「他の一方の意思に反したときであっても、そのためにその効力を妨げられない」訳ですから、
仮に、夫が「そんな贈与契約には同意していない」という主張をしたとしても、
贈与契約書は法的に有効なものとして成立するのでしょうか?
結果として、どんな場合であれ、片方の親権者の行為だけで、
悪意がなければ、親権者としての全ての行為が成り立ってしまうのでしょうか?
そうなると、818条の意味がないとは思うのですが・・・。
以上、よろしくお願いします。
>そうなると、妻だけが署名、押印している贈与契約であっても、
>「他の一方の意思に反したときであっても、
>そのためにその効力を妨げられない」訳ですから、
>仮に、夫が「そんな贈与契約には同意していない」という
>主張をしたとしても、贈与契約書は法的に有効なものとして
>成立するのでしょうか?
>結果として、どんな場合であれ、片方の親権者の行為だけで、
>悪意がなければ、親権者としての全ての行為が成り立ってしまうのでしょうか?
2 ご質問に対する回答
(1)民法825条の適用について
ご質問からすると、
そもそも、ご指摘の民法825条の
適用がありません。
民法825条の適用場面は、
父母の一方が「共同の名義で」、
子に代わって法律行為(代理)をしたときや、
子の行為に対して同意したときです。
この「父母の一方が共同の名義で」とは、
例えば、父が、母の同意を得ることなく、
契約書に、父母「両方」の記名・押印を
行うような場合が該当します。
つまり、外形上、共同行使だけれども、
実態は単独行使である場合です。
>・妻の父から子に対する贈与契約書があるが、
>受贈者の法定代理人として、妻のみが署名、押印
という事実を前提とすると、
妻の一方による行為だとしても、
そもそも共同の名義ではありません。
すると、ご提示の前提事実のもとでは、
825条は適用場面ではないでしょう。
(2)補足(818条と825条について)
818条によれば、いくら外形的に父母が
共同で親権を行使しているとしても、
他方の同意を得ていない場合には、
無権代理行為となりますが、
825条は、これの例外を定めるものです。
その趣旨は、取引の相手方としては、
父母の一方が共同名義で親権を行使するときに、
他方の同意を得ているかは
関知できないところですから、
825条は、親権が共同で行使されていると
信頼した取引の相手方を保護しようとしているのです。
そして、825条ただし書の
「相手方が悪意であったとき」というのは、
親権者の一方が、他方の同意を得ることなく
無断で共同名義を用いていることを知っていること
をいいます。
このような相手方は保護する必要がなく、
取引を無効としてもよいという価値判断が
裏にはあります。
親族間の取引であれば、
通常の取引相手に比べ、関係性が深いので、
他方の同意を得ていない事実を
知っている(悪意)と認定されるケースは、
通常の場合より多いかもしれません。
なお、ご想定のケースでは、
贈与者(妻の父)の相続人(弟)
が無効主張できるかという点は、
贈与者自身が贈与を否定するという
ことになりますので、信義則(民法1条2項)
などの一般条項で、救済される可能性は
比較的高いかとは思います。
よろしくお願い申し上げます。
> 贈与者(妻の父)の相続人(弟)
> が無効主張できるかという点は、
>
> 贈与者自身が贈与を否定するという
> ことになりますので、信義則(民法1条2項)
> などの一般条項で、救済される可能性は
> 比較的高いかとは思います。
ただし、今回の事案は贈与者(妻の父)は既に意思能力がなく、
遠くない将来に相続が発生する状況です。
だから、贈与者自身が贈与を否定することも肯定することもできません。
また、贈与契約書は全て印字で、印鑑は妻の父のものであり、
実際に妻の父が押印したとのことですが(本当かはわかりませんが)、
妻は自分の実家だけに印鑑の保存場所も知っており、
勝手に押せる状況でもあるのです。
そして、その贈与契約書も受贈者の法定代理人が妻のみという状況なのです。
この状況で、この贈与契約書は「法的に有効」と言えるのでしょうか?
よろしくお願いします。
=======
補足致します。
> この状況で、この贈与契約書は「法的に有効」と言えるのでしょうか?
贈与の実態という事実関係が争われるのは当然として、
そうではなく、「形式上において法的に有効なのか?」という質問です。
よろしくお願いします。
>今回の事案は贈与者(妻の父)は既に意思能力がなく、
>遠くない将来に相続が発生する状況です。
>だから、贈与者自身が贈与を否定することも肯定することもできません。
>また、贈与契約書は全て印字で、印鑑は妻の父のものであり、
>実際に妻の父が押印したとのことですが(本当かはわかりませんが)、
>妻は自分の実家だけに印鑑の保存場所も知っており、
>勝手に押せる状況でもあるのです。
>そして、その贈与契約書も受贈者の法定代理人が妻のみという状況なのです。
>この状況で、この贈与契約書は「法的に有効」と言えるのでしょうか?
前提として、贈与契約書の作成時点では、
妻の父(贈与者)意思能力があったということ
で良いでしょうか。その前提で回答します。
なお、贈与契約書の作成時点で意思能力が
ないということですと、当然その贈与契約は
無効です。
2 回答
(1)贈与契約の有効性について
まず、契約「書」自体に有効か無効か
というものがあるわけではなく、
契約書が、契約内容の実態の証拠となるのか
否かです。
そして、前回のご質問の回答の通り、
契約自体は理論上、親権の共同行使要件があるので、
この契約書では、共同行使の証拠には
なりません。
ただし、前回の回答の通り、
>なお、ご想定のケースでは、
>贈与者(妻の父)の相続人(弟)
>が無効主張できるかという点は、
>贈与者自身が贈与を否定するという
>ことになりますので、信義則(民法1条2項)
>などの一般条項で、救済される可能性は
>比較的高いかとは思います。
これは契約が「法的に有効」といってるわけ
ではなく、
裁判所は、
贈与者自身が贈与した後、長期間贈与を有効なものと扱っていた事実や
その期間夫が明確に反対をしていない事実
そもそも共同行使を必要とされたのは究極的には
未成年者の保護にあり、今回は未成年者が利益を受ける贈与なので、
それを返還しなければならない未成年者に与える不利益の大きさ等を
考慮して、信義則上、無効の「主張」ができないという構成を
とる可能性が比較的高いという意味です。
(実質有効との判断になりますが、裁判所が理論構成が
できないため、「主張」の排斥にするということです。)
ご存知の通り、
信義則は、裁判所が最終的な理論構成の
実質放棄する一般条項なので、
個別事情によりますし、
実際に裁判になって結論ができるまで、裁判所がどのような
判断をするのかはわかりません。
裁判官によっても結論は異なるでしょう。
ですので、可能性の話しかできません。
したがって、事前対策としては、
共同行使を前提とした契約書を作成しておく
必要があるというところです。
2 贈与契約書の偽造について
>また、贈与契約書は全て印字で、印鑑は妻の父のものであり、
>実際に妻の父が押印したとのことですが(本当かはわかりませんが)、
>妻は自分の実家だけに印鑑の保存場所も知っており、
>勝手に押せる状況でもあるのです。
こちらについては、上記とは別の問題です。
そもそもこの贈与契約書が偽造されたものである
ということでしたら、
妻の兄弟としては、この契約書が
贈与契約を推認する証拠とならない
と主張することになります。
(贈与契約の有効・無効ではなく不存在
の主張)
贈与契約書は、偽造されたものであるから、
贈与契約の存在を証明できない
↓
よって、贈与はなかった
という主張ですね。
日本では、印鑑(実印)というものに強い信頼があり、
本人の印鑑が押してある契約書は、
基本的にその本人の意思に基づいていると
考えられています。
>妻は自分の実家だけに印鑑の保存場所も知っており、
>勝手に押せる状況でもあるのです。
という事情のみですと、それで契約書自体が
偽造された(印鑑が妻によって押された)ものであるという
認定にはならないと考えられます。
判例上は、今回の妻の父が、
長期的に海外に行っており、押印ができない事情があったこと
や
印鑑が盗まれており、押印ができる状況でなかったこと
というようなかなり例外的な事情が必要になるところです。
よろしくお願い申し上げます。