民法 その他

生命保険金と契約者貸付金と滞納税金・一般債権の関係

【前提】
A社は、次の支払いのための資金繰りに困っており、
生命保険会社の契約者貸付金制度を利用することを検討しています。

(債務の内容)
・税務調査によって発生した多額の滞納税金(国税及び地方税)
・運転資金(家賃や給与の支払い)
・銀行以外の個人からの借入金
・代表者からの借入金

【相談内容】

(1)
生命保険契約について、契約者貸付金制度を最大限利用した後に、
滞納処分による差押(強制解約)があった場合には、契約者貸付金が
優先的に保険会社に返済され、契約者貸付金返済後の解約返戻金が
滞納税金の回収に充てられるという理解でよろしいでしょうか。

(2)
契約者貸付金や解約返戻金を、優先的に代表者からの借入金の返済に充てた場合、
代表者には国税徴収法の第二次納税義務を負わせる規定が存在しないように思います。
このような場合は、詐害行為取消権を行使される可能性が生ずるものと考えますが、
他に特に注意すべき点や、見落としている点などがございましたらご教示下さい。

(3)
生命保険会社の契約者貸付金や解約返戻金を、優先的に滞納税金以外の支払いに充て、
滞納税金の納付に一切充てられなかった場合、徴収逃れとして指摘され、
何らかの不利益取扱いを受ける法令上の取扱いは存在しますか。
現在、徴収担当者には分割払いをお願いしており、今後完納することを前提に、
継続して納付するつもりです。当然のことながら、徴収逃れや財産隠しをする意図はございません。

1 ご質問①~貸付金と差押えの関係~

>生命保険契約について、契約者貸付金制度を最大限利用した後に、
>滞納処分による差押(強制解約)があった場合には、契約者貸付金が
>優先的に保険会社に返済され、契約者貸付金返済後の解約返戻金が
>滞納税金の回収に充てられるという理解でよろしいでしょうか。

はい。ご認識の通りで間違いはありません。

保険契約者貸付については、会計処理は別として、
法的な性質としては、

「解約返戻金(または保険金)との相殺予約の付いた消費貸借契約」
(相殺予約権付消費貸借)
または
「解約返戻金(または保険金)の一部前払い」

という考え方があります。

保険業界の考え方は前者で、
裁判例は、どちらかというと後者に近い考え方を
とるものがあります。

ただし、
相殺予約権付消費貸借の場合でも、

「第三債務者は、
その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、
自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、
相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、
これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべき」
(最高裁昭和45年6月24日)
とされており、

保険会社は
契約者貸付制度による
貸付金返還請求権(相殺予約権付)を取得していることに
なりますので、差押後でも、
相殺することによって、
貸付金の返還を優先して受けることができます。

一方、「前払い」という考えを前提にしても、
貸付時(差押前)に既に解約返戻金を支払ったもの
と考えることになります。

つまり、いずれの考え方でも、
結果的に解約返戻金のうち、
貸付金相当額について、
保険会社が優先され、その残額から他の
債権者(国含む)が回収を図ることになります。

2 ご質問~契約者貸付金などを優先的に代表者に弁済した場合~

>契約者貸付金や解約返戻金を、優先的に代表者からの借入金の返済に充てた場合、
>代表者には国税徴収法の第二次納税義務を負わせる規定が存在しないように思います。
>このような場合は、詐害行為取消権を行使される可能性が生ずるものと考えますが、
>他に特に注意すべき点や、見落としている点などがございましたらご教示下さい。

他に特に注意すべき点ではないですが、詐害行為取消権
の対象にはなる可能性が高いです。

原則として、
通常の債務の弁済の場合、
消極財産の減少を伴うため、
詐害行為取消の対象にはならないと
されています。

ただし、債務者が一部の債権者と通謀して、
他の債権者を害する意思を持って弁済した場合
には、例外的に詐害行為の取消しの対象となると
されています(最高裁昭和33年9月26日)。

国を含む他の債権者よりも、代表者に優先して
弁済することは、債務者(会社)の意思決定を
債権者(代表自身)がしているという
ことですので、「通謀」は認められる
でしょうし、資金的に他への返済ができない
ような状況の中で、自己に優先して弁済を
すれば、「他の債権者を害する意思」が
あったと認定される可能性が非常に高いです。

したがって、詐害行為取消権の対象となる
ことになります。

3 ご質問③~優先的に滞納税金以外の支払いに充てる行為の法令上の不利益~

>生命保険会社の契約者貸付金や解約返戻金を、
>優先的に滞納税金以外の支払いに充て、
>滞納税金の納付に一切充てられなかった場合、徴収逃れとして指摘され、
>何らかの不利益取扱いを受ける法令上の取扱いは存在しますか。

可能性の話としては、
弁済方法いかんでは、
滞納処分免脱罪(徴収法187条)に該当する
という構成もあるかと思います。
(3年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金
または両方)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/chosyu/10/187/01.htm

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
徴収法第187条 納税者が滞納処分の執行を免れる目的で
その財産を隠ぺいし、損壊し、国の不利益に処分し、
又はその財産に係る負担を偽つて増加する行為をしたときは、
その者は、三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に
処し、又はこれを併科する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なお、この罪は、代表者個人についても
罰則の適用があります(同法189条ー両罰規定)。

今回のケースですと、

ⅰ「執行を免れる目的で」
ⅱ「国の不利益に処分」した

と評価されるかが問題になるでしょう。

ⅰ「執行を免れる目的で」

>現在、徴収担当者には分割払いをお願いしており、今後完納することを前提に、
>継続して納付するつもりです。
>当然のことながら、徴収逃れや財産隠しをする意図はございません。

ということであれば、A社としては、
免脱目的はないことになるのでしょう。

しかし、この目的などの主観的事情に
ついては、客観的な状況からの推認になります。

>生命保険会社の契約者貸付金や解約返戻金を、
>優先的に滞納税金以外の支払いに充て、
>滞納税金の納付に一切充てられなかった場合

分割払いを請求され
「一切」充てられなかったという状況ですと、
この客観的状況からすると、そもそも
そのような意図があったと推認される
おそれがあります。

また、
>運転資金(家賃や給与の支払い)
の支払いを優先ということであれば、
事業を継続して、将来的に税金の支払いを
するためであったということは
いえそうですが、

例えば、
>・代表者からの借入金
の返済を優先しているという
ことになると、

この「執行を免れる目的」
があったと強く推認されてしまうでしょう。

なお、分割払いの交渉中
ということですので、
その際に、他の債権者への返済計画についても
伝えていたということであれば、

リスクはほとんどなくなるかとは思います。

ⅱ「国の不利益に処分」した

この「不利益に処分」ですが、

詐害行為取消権と同様に、
単なる弁済行為であれば、消極財産(債務)
を少なくするものですので、

不利益に処分とは言えないと考えます。

ただし、上記の詐害行為取消権のように
代表者などと通謀しての支払いの場合には、
該当するとされる可能性が高いかと思います。

現実論としては、
>運転資金(家賃や給与の支払い)
などの支払いを優先させたり、

>銀行以外の個人からの借入金

この方が純粋な第三者であれば、

こちらを優先させることにより問題
は生じないかと思いますが、

代表やその親族など一定の利害関係のある
第三者への弁済を優先させる
ということですと、ご注意いただいた
方がよろしいかと存じます。

よろしくお願い申し上げます。