・A社(取締役会設置会社)は、数年後の株式上場を目指しているが、現状業績不振であり、上場ができるかは現時点では微妙な状況。
・A社の株主構成:社長が50%超を保有する大株主であるが、その他の少数株主も複数名存在する。
・社長は、過去、A社のストックオプション(SO)の発行を受けており、行使期限がもう少しで来ることから、当該SOの行使を予定しているが、手持ち資金がなく、銀行借入を予定している。
・当該銀行から、借入にあたり、A社の連帯保証を入れてほしいといわれている(上場したら当該連帯保証は外れる前提)。
(質問)
知り合いのベンチャーキャピタル(VC)の方に聞くと、上記のようなSOの発行会社による連帯保証の事例はそれなりにあると伺いました。
A社としては、会社法的には、利益相反取引として会社法365条1項・356条1項2、3号に基づき、取締役会決議があれば、良いと理解しております。
ただ、取締役会で当該議案を議論する取締役・監査役としては、少数株主のことも考え、意見及び決議をすべきと思います。
そのように考えますと、上場がほぼ決まっているおりSOの価値が見えているということであれば問題ないと思うのですが、そうでない状況であれば、以下の事項を勘案し決議をしないと、万が一、保証を履行し求償権の回収が危ぶまれる状態になった場合、少数株主から訴えられるリスクがあるのではと懸念しております。
①近い将来の上場の可能性
②社長の資力等からの借入金の返済可能性
③連帯保証をするということは、A社の与信を利用することになり、A社の事業において追加資金が必要な場合、連帯保証がなければできていたかもしれない追加借入ができなくなる可能性もあるため、A社の事業計画を勘案した資金繰り上の懸念がないか。
④リスクに応じた保証料の徴収の必要性
仮に、現時点において、上記①②について検討した結果、以下のような状況であった場合、当該利益相反決議を承認することはリスクかと思うのですが、考えすぎでしょうか(先生のご意見を頂戴できれば幸いです)?
また、上記のVCの見解のように、事例としては、それなりに行われているというお話であれば、どのような状況下であれば問題ないと判断されているのか、もしご存知でしたら、合わせてご教示いただけますと幸いです。
①現時点の業績を鑑みると、不透明
②ほとんどがA社の株式であり、業績がさらに悪くなり、株式価値が減少すると、社長が借入を返済できるか(及び求償権を回収できるか)は、不透明
よろしくお願いいたします。
>仮に、現時点において、上記①②について検討した結果、以下のような状況で
>あった場合、当該利益相反決議を承認することはリスクかと思うのですが、考え
>すぎでしょうか(先生のご意見を頂戴できれば幸いです)?
>また、上記のVCの見解のように、事例としては、それなりに行われているとい
>うお話であれば、どのような状況下であれば問題ないと判断されているのか、も
>しご存知でしたら、合わせてご教示いただけますと幸いです。
>①現時点の業績を鑑みると、不透明
>②ほとんどがA社の株式であり、業績がさらに悪くなり、株式価値が減少すると、
>社長が借入を返済できるか(及び求償権を回収できるか)は、不透明
確かに、実務上そのようなケースもある
ようですが、法律上の観点からすると、
実際に会社が返済をし、求償もできない
ということであれば、
社長以外の取締役及び監査役も責任を
負うこととなるでしょう。
2 回答の理由
(1)取締役会にて議案を承認する取締役の責任について
今回の事例において、会社が、
社長の借入を連帯保証し、
実際に会社が返済したのに、
社長への求償ができなかった(回収不能)場合には、
会社に同額の損害が発生します。
そして、取締役は、任務懈怠により、
会社に損害を与えた場合、
会社に対して損害賠償責任を
負います(会社法423条1項)。
今回は、ご指摘のとおり、会社が社長の
銀行借入を連帯保証する行為は、
利益相反取引にあたりますので、
取締役会の承認が必要です(会社法356条1項3号、365条1項)。
(なお、この承認があったとしても、
任務懈怠があれば損害賠償責任を免れるわけでは
ありません。)
取締役会の承認を行うには、
他の取締役は、この決議に賛成することになるかと
思いますが、利益相反取引についての取締役会決議に賛成した
取締役は任務懈怠があったことが推定されてしまいます。
(423条1項3項3号)
なので、賛成した取締役の側で任務懈怠がなかったことを
証明できなければ、その取締役は会社に対して
損害賠償責任を負うことになってしまいます。
また、株主代表訴訟の利用により、
株主が会社にかわって、取締役に
この責任を追及することも可能です。
今回、ストックオプションの行使期限が到来するとしても、
行使するだけの資金がないのであれば、
社長がこれを行使しなければよいだけですから、
必ずしも、会社の与信を使って、
社長の借入を行わなければならない必要性は、
会社側からすればないと思います。
(あくまでも、会社法の論理としてはです。)
どちらかいうと、社長の便宜のために、
会社を利用しているという構図でしょうから、
これを実行して、会社に損害が出てしまった場合に、
この取引を承認した取締役に、任務懈怠がなかったとは
言えないと思われます。
会社が社長の借入を連帯保証することについて、
会社側には、回収不能になってしまうリスクがあるのみで、
会社にとっての法的なメリットは考えられません。
いずれにしても、損害賠償のリスクを負うのは、
決議に賛成する取締役ですから、
これを承認するかどうかの判断も
取締役に任せるべきと思いますが、
この判断の際には、会社が連帯保証することにより、
現実に回収できなくなるリスクがどの程度あるのか、
逆に、連帯保証することにより会社にメリットがあるのか、
上記のリスクを勘案しても、この取引を行うことが
「会社にとって」(「社長にとって」ではない)の事業判断として
正当なのかどうかという判断をしてもらえればと存じます。
(ただ、いただいた事情からは、
会社にとってのメリットは思い当たりませんでしたので、
通常の判断では、会社が取引を行った方がよい
ということにはならないかとは思います)
(2)監査役の責任について
監査役には、取締役の職務の執行を監査する
義務があり(会社法381条1項)、会社に対して
善管注意義務も負っていますから(会社法330条、民法644条)、
上記のような取引により、
会社に損害が生じた場合、
これを防ぐ手立てを講じていなかったと
いうことであれば、任務懈怠があったとして、
取締役同様に、会社に対して損害賠償責任が
生じることがありえます(会社法423条1項)。
上記の取締役と同様、損害賠償のリスクを負うのは
監査役であるため、その判断は監査役に
任せるべきではありますが、
今回の取引における会社のメリットが
思い当たらないというのは、上記のとおりです。
したがって、少なくとも、監査役として、
今回の取引を行うことが、会社側からの判断として
正当ではないと考えるのであれば、
取締役会に出席して、反対意見を述べ、
決議を承認しない方向にもっていく手立てを
最低限講じておくべきであると思います。
(3)実際にこのような取引が行われていることについて
実際にこのような取引も
行われているとのことですが、
会社に損害が生じた場合の法的な
損害賠償責任を免れることは
難しいという印象です。
ただ、このような取引を行っても、
会社が保証を履行したのに社長への求償ができない
という事態にならなければ、実際の損害は
発生しないため、あまり問題にならないのでは
ないかと思います。
また、ストックオプションを発行している会社にも
様々なフェーズの会社があり、
会社の経営陣とは関係のない株主がいても、
社長の意向が強く、これに異を唱える者はいない
という会社もあるとは思います。
そのような会社では、
実際に会社が損害を被ったとしても、
株主が取締役・監査役の責任を追及することはなく、
問題が表面化しないという
こともあるでしょう。
ただ、上記のとおり、このような取引において、
会社に損害が生じた場合に、
取締役・監査役が「法的な」責任を免れるのは、
理論的にはなかなか厳しいと思います。
よろしくお願い申し上げます。