不動産 借地借家法

オフィスのテナント退去時の修繕費金額について

オフィスのテナント退去時の修繕費金額についてご質問させていただきます。

(前提条件)
オフィスビルを所有する法人が、
2年半入居したテナントの退去にあたり保証金精算書案を
原状回復の見積り付きでテナントへ提示したところ、
下記の批判を受けました。

・坪単価が相場より高い
・他の安い業者で施工したい
・工事業者からビル側への紹介料・リベートの有無

賃貸契約書には指定業者で施工する旨が明記されており、
通常損耗まで含めて借主負担とされております。

また、実際には工事業者から紹介料・リベートを受け取っており、
工事価格にオンされている面は否定できません。

(ご質問事項)
仮にテナントからの質問に回答せずに、現在の精算案のまま保証金の返金を
行う場合には、法的リスクはございますでしょうか。

仮に紹介料リベートがなかったものとしても、
工事業者は案件獲得のための広告費等のコストが必要であるのだから、
一概に原状回復費用が不当に増加したとは言えないとも考えているのですが
先方の質問に回答せずに進めてよいものか疑問が残っております。

ご確認よろしくお願い申し上げます。

1 ご質問

>仮にテナントからの質問に回答せずに、現在の精算案のまま保証金の返金を
>行う場合には、法的リスクはございますでしょうか。

>仮に紹介料リベートがなかったものとしても、
>工事業者は案件獲得のための広告費等のコストが必要であるのだから、
>一概に原状回復費用が不当に増加したとは言えないとも考えているのですが
>先方の質問に回答せずに進めてよいものか疑問が残っております。

以下、法的な説明と今後の対応
という流れで回答します。

2 回答
(1)通常損耗負担特約の有効性

通常損耗の補修については、
民法上は、賃貸人負担が原則です。

>通常損耗まで含めて借主負担とされております。

とのことですが、この特約の有効性について、
最高裁判例平成17年12月16日は、以下のように、
限定的に解しています。
(住宅用の賃貸の事案ですが、事業用賃貸についても、
当てはまると解釈されています。)

賃借人に通常損耗部分の原状回復義務が
認められるためには、

「少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる
通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、
仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、
賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、
その旨の特約・・が明確に合意されていることが必要である」

裁判例では、この基準に則って、
特約を有効としたものも、無効としたものもあります。

有効性の判断の際には、
具体的に明示された原状回復の範囲・内容について、
通常賃借人が負担すべき義務の範囲を超えているけれども、
賃借人として義務を負担するという明確な合意があったかどうか
が重視されています。

ですので、
契約書に原状回復工事の内容を具体的かつ明確に記載して、
これらが通常損耗も含むが賃借人負担であることを示し、
重要事項説明書などにも記載して、契約締結前に、
賃借人に説明しているというような事情があれば、
有効性が認められますが、このようなことが
行われていなかったということだと、
有効性に疑義が出てきます。

いざ紛争になったとしたら、この特約の有効性に
ついても争われる可能性がありますので、上記の点から、
契約書において、賃借人が負担すべき原状回復の内容は
明確かつ詳細に記載してあるか、契約締結前に、
これらの点につき、賃借人に説明をしたかなどは、
一応、ご確認いただいた方がよいかと思います。

一般的には、テナントの場合、
最近は契約書にかなり詳細な記載がなされている
ケースが多いかとは思います。

(2)指定業者の工事費用全額の請求の可否

>賃貸契約書には指定業者で施工する旨が明記されており、

ということですので、工事業者の指定はこちらで行うことができ、
賃借人が指定することはできません。

ただ、工事代金の全額を請求できるかどうかは、別問題です。

通常損耗にあたる部分まで、費用請求できるかどうかは、
上記の特約の有効性によるところです。

また、賃借人から、工事代金が高額であるとの指摘を受けている
とのことですが、
仮に、工事代金が、通常合理的と考えられる
範囲を超えている(相場と比べて、
工事代金が不当に高額である)場合には、
その超えた範囲についてまで、賃借人に
負担を求めることは難しいと考えます。

ただ、
工事代金の金額は、
ある程度の幅があるものではありますので、

一般的に
工事業者からリベートを受け取っていることのみをもって、
合理的な範囲を超えているということにはならない
と思いますが、

この部分が上乗せされていると考えるのが
通常ですので、他の要素とあわさって、
高額であることを基礎づける1つの考慮事情にはなるかと思います。

あとは、今回の工事代金について、
相場からどの程度乖離があるかが基準になると思いますので、
他社での見積もりも含めて、
ご検討されてもよいかもしれません。

(3)今後の対応について

上記のように、
通常損耗部分の負担を求められるか、
できるとしてもその全額が請求できるかという

ところは明確にならない部分がある問題ですので、
工事代金の精算について、相手と合意した上で、
工事を行うのが紛争を予防するという点においては、
良いです。

相手方との合意を目指すのであれば、
相手から指摘が出ている部分について説明したり、
金額について他社の見積もりなども併せて検討し、
金額が不当に高いものではないということであれば、
現状の金額で説得していくことになるかと思います。
(指定業者を使うことについては、オフィスビルのことを
最もよく知る業者でしょうから、一定の合理性はあると思います)

ただ、このような説明を行ったとしても、賃借人の
納得・合意が得られるかは定かではありませんし、

そもそも、お客様(賃貸人)が一切譲りたくないという
ことでしたら、状況としては、合意は難しいでしょう。

上記のようなリスクはありますが、合意なしでも、
指定業者で工事を行い、敷金・保証金から
その分を控除して返還するという方法を
とることもあり得るところです。

その場合に、
どうしても賃借人が納得しないということであれば、

賃借人から、控除された工事代金分について、
保証金の返還請求がなされることになるかと思います。
(それほど大した金額でないということであれば、
賃借人にとってのコスパも含めて考えると、
訴訟にまでならないケースが多いかと思います。)

仮に、訴訟になった場合には、上記のように、
通常損耗特約の有効性、工事代金自体が
通常合理的な範囲を超えていないかどうか(全額負担を求められるか)
という点が争われることになるでしょう。

全体のリスクとしては、
①裁判になれば時間と弁護士費用などの裁判費用がかかることと
②仮に敗訴すれば、返還すべき金額(特約が無効であれば「通常損耗部分」、
金額の合理性がないということであれば、超過部分)に加えて、
その部分について利息がかかる

というところだと思いますので、
具体的な金額(最大リスクがいくらか)により、
ご意思決定されても良いかと思います。

よろしくお願い申し上げます。