会社法

取締役就任直後の当該取締役からの申出について

A社(非上場会社)の定時株主総会により、甲の取締役への選任(甲は今までも取締役であったため重任)決議が行われ、当該総会の場で甲より就任承諾がありました(就任承諾書も受領済)。
また、当該総会終了直後の取締役会において、(従前通り)常務取締役としても選定されました。
定時総会においては「常務」取締役としての選任ではないという理解ですが、当然株主総会としても「常勤」として働いてもらう前提の取締役として選任しているというのが過半数以上の株主の意思です。

ところが、当該総会のの3日後に、甲から「他の会社(X社)への転職が決まり、来月からX社に従業員として就職することになった。そのため、A社においては常勤の常務取締役ではなく、非常勤の取締役となることで了解してほしい(取締役自体は辞任したくない)。A社の非常勤取締役を引き続きすることは、X社からも承諾を得ている。」という申し出がありました。

(質問①)
A社としては、甲に今まで通り常務取締役として業務を行ってもらうために重任決議をしたわけですので、非常勤の取締役であるならば、重任の決議もしませんでした。
一方で、A社は近い将来IPOも目指しており、株主総会での解任も(社長が過半数の株式を持っているため解任は可能)できれば避けたいと思っています(IPO上イメージも良くないですし、甲から不当解任として損害賠償請求を受ける可能性もあるほか、甲は25%の株式を持っていますが売却するかどうか微妙な状況のため、なるべく揉めたくないため)。

甲は辞任する意思はないのですが、解任以外の方法で甲を退任させる方法があればご教示いただけますでしょうか?

(質問②)
甲の転職先のX社は、A社と過去取引もあったところで、競業先とも言えなくもないという会社です。
ただ、甲はX社の単なる従業員ですので、会社法356条1項1号(取締役会設置会社のため365条1項の適用あり)に該当するということは難しいでしょうか?

(質問③)
最終手段として、甲を総会で解任した際に、今回のケースで会社法339条2項にいう「正当な理由がある場合」として認められるでしょうか?

(もちろん、甲に対して「最悪解任できるので、自分から辞任してください」という説得をすることにはなるかと思うのですが)

よろしくお願いします。

1 ご質問①

>(IPO上イメージも良くないですし、甲から不当解任として損害賠償請求を受ける可能性もあ
>るほか、甲は25%の株式を持っていますが売却するかどうか微妙な状況のため、なるべく揉
>めたくないため)
>甲は辞任する意思はないのですが、
>解任以外の方法で甲を退任させる方法があればご教示いただけますでしょうか?

ご質問いただいた事情からすると、
下記の理由をご参考にしていただき、
甲を説得して、辞任をしてもらうことができなければ、
「解任」とする以外の方法は難しいです。

他の方法としては、甲とA社との契約の前提事情に
重大な認識の相違があったとして、
「錯誤」に基づく契約の無効を主張する
という方法もございますが、

結局は、錯誤の有無と関連して揉めることに
なる上、裁判所まで行ったとしても、そもそも
解任ができるケースでの錯誤無効の主張については、
取り合ってもらえないでしょう。

ですので、説得が可能であれば、辞任をしてもらい
難しい場合には、「解任」するという方向性に
なるかと存じます。

また、IPOまでのどのステージにいらっしゃるか
わかりかねますが、コンプライアンス上の理由から
いうと、

下記のように競業のおそれのある取締役を
今回のように選任の株主総会時点の想定とは異なる
にもかかわらず、会社として何もしないなどの
方が問題は大きいかと思います(もちろん、退任
してくれるに越したことはありません。)。

2 ご質問②

>甲の転職先のX社は、A社と過去取引もあったところで、競業先とも言えなくもないという会
>社です。
>ただ、甲はX社の単なる従業員ですので、会社法356条1項1号(取締役会設置会社のため365
>条1項の適用あり)に該当するということは難しいでしょうか?

取締役の競業取引の禁止規定(会社法356条1項1号)は、
取締役が、同業他社の従業員として就職すること自体は、
禁止していないため、就職すること自体が
競業禁止規定に違反するということは難しいです。
(なお、甲がX社の従業員にすぎないとしても、
甲がX社を代理して(たとえば、ある程度の規模の会社では、
従業員である事業部長の名で契約をすることがあります)、
競業取引に当たるような取引を行う場合には、
この取引行為自体については、競業取引に
該当し、A社取締役会の承認が必要となります。)

ただし、当該規定に抵触しないとしても、
甲は、A社の取締役として、
A社に対して、
忠実義務を負っています(会社法355条)。

取締役会の承認自体が必要になるというわけでは
ありませんが、

甲が忠実義務に違反する行為をし、
実際にA社に損害が生じれば、損害賠償請求を
することができることになります。

上場を目指し株主数が増えれば、
当然、株主代表訴訟などを起こされる
リスクも高まっていきますので、
この辺りも伝えた上で、辞任してもらうことの
交渉材料にしていくことになるでしょう。

3 ご質問③

>最終手段として、甲を総会で解任した際に、今回のケースで会社法339条2項にいう「正当な
>理由がある場合」として認められるでしょうか?
>(もちろん、甲に対して「最悪解任できるので、自分から辞任してください」という説得を
>することにはなるかと思うのですが)

今回のケースでは、

・選任の株主総会では、これまで通りの働きを前提として、
甲を取締役の「重任」をしており、事情からして、
甲とA社の契約内容としてもそのような
前提になっていると事実認定上認められると思われること
(変化の内容も著しいこと)

・競業のおそれのある企業の従業員となること

の2点からすれば、「正当な理由がある」と認め
られる可能性が高いと思います。

4 その他

その他の問題として、

>甲は25%の株式を持っています

ということでしたが、
取締役の問題もありますが、
こちらをどのようにするかの方が、
懸念されるところです。

詳細な経緯やA社の他の株主のご意向
などはわかりかねますので、
何とも申し上げられませんが、

近い将来IPOを見込んでいらっしゃる
ということで、顧問弁護士さんが
いらっしゃるかとは思いますので、

その弁護士さんと密に連絡を取りながら
今後の対応をご検討された方が良いかと
思います。

なお、顧問弁護士さんがいらっしゃらない
というケースでしたら、

メーリングリスト会員様のお客様で
あれば、初回相談は無料になりますので、
ご検討くださいませ。

よろしくお願い申し上げます。