通常のMLBOでは、経営陣が金融機関から借入れた資金で、既存株主から株式を買取るものと考えます。
ここで、代表取締役が金融機関ではなく自社の余剰資金から借入を行い、当該資金を原資として既存株主から株式を買取る行為は法的に問題ありますでしょうか?
前提として代表者貸付や買取価格について既存株主との合意はなされており、また株価評価の問題もここでは考えないものとします。
上記のスキームは、通常の金融機関を活用したMLBOを行った後に、経営陣が対象会社から借入をして金融機関へ弁済するのと結果的に変わらず、これを規制する法令等は特段ないのではないかと思われます。
ただ順序が異なるのと、LBO後に被買収会社の資金流用に関する批判が一時期ニュースになった覚えがあります。
よって、法的に問題ないか、また手続的に気をつけなければならない点があればアドバイス頂けましたら幸いです。
宜しくお願い申し上げます。
>また株価評価の問題もここでは考えないものとします。
ご指摘の通り、この前提で回答します。
1 ご指摘のスキームの可否
>代表取締役が金融機関ではなく自社の余剰資金から借入を行い、
>当該資金を原資として既存株主から株式を買取る行為は法的に問題ありますでしょうか?
法的に言えば、
これを「禁止」する法規制自体はご指摘の通り、特段ないと思います。
あまり実務的に行われないのは、
そのケースであれば、自己株の取得を活用して、
議決権を集約することが可能なのと、
下記の利益相反の話が残るからかと思います。
(特に低額での買取になると、個人取得と法人取得では
税務上異なる点があるため、必要なケースはあるかと
思います。)
>手続的に気をつけなければならない点があれば
>アドバイス頂けましたら幸いです。
以下、利益相反の観点から注意点を解説します。
2 利益相反の観点からの注意点
(1)会社法上必要な手続
MBO特有の問題ではありませんが、
取締役が、会社から資金の借り入れを行うことは、
利益相反取引(会社法356条1項2号)にあたります。
その場合には、
取引に関する「重要な事実を開示し」、
・取締役会設置会社であれば取締役会
・取締役会非設置会社であれば株主総会(普通決議)
の承認決議を経る必要があります(会社法356条1項、365条)。
「重要な事実」とは、株主総会または取締役会において、
その取引を承認するかどうかを判断するための資料として
十分なものである必要があり、
取引の内容やその取引により得られる利益等に
関する事項がこれに該当すると考えられています。
>前提として代表者貸付や買取価格について既存株主との合意はなされており
とのことですが、対象の会社が、
取締役会非設置会社であれば、
株主総会決議が必要になりますので、
正式に株主総会を開催して、
代表者への貸し付け(利益相反取引)につき、
承認決議を得ておくべきでしょう。
(上記のとおり、取締役会設置会社であれば、
株主総会決議ではなく、取締役会決議が必要)
これらの手続きをしっかりと
行うようにしてください。
(2)利益相反取引に伴う取締役の損害賠償責任
上記の承認を得ることで、
取締役への貸し付けを有効に行うことができますが、
仮に、この貸付金を取締役が返済できない(または
この現預金が会社にないために重大なビジネス機会を失った)という
事態になれば、その損害について、会社から取締役に対して、
会社法423条に基づく、
損害賠償請求がなされる可能性があります。
これは、上記の承認を得たからといって
免除されるものではありません。
この場合、以下の取締役は、
「任務を怠った」と推定され(会社法423条3項)、
損害賠償責任が生じる可能性があります。
・貸付を受けた取締役(423条3項1号)
・会社を代表して、貸付の取引を行った取締役(423条3項2号)
・利益相反取引を行うことを承認する取締役会において、決議に賛成した取締役(423条3項3号※取締役会設置会社の場合にのみ問題となります)
これらの取締役は、自己が任務を怠らなかった
ことが証明できなければ、損害賠償責任を
免れることはできません。
任務を怠らなかったといえるには、
貸付時において返済の見込みがあったことや
貸付を行うことにつき会社にとってもメリットがあった
というような事情は必要になるでしょう。
なお、実務上、余剰資金(利益剰余金)の範囲内
での貸付で、MLBO後の株主が貸付を受けた役員のみ
ということであれば、特に問題にはならないでしょう。
よろしくお願い申し上げます。