①前提
・会社の役員甲が1月に死亡しました。
・相続人は配偶者乙及び子である丙と丁です。
・乙が4月に死亡しました。相続人は子である丙と丁です。
・甲の相続については、甲は会社からの借入も多く、相続税の申告義務は
ありません。
・乙の相続については、相続税の申告義務はあります。
・会社には、役員に対する退職給与規定はありません。
(従って死亡退職金の支給対象者は規定されていません。)
・来月9月に甲の生前の功労に報いるため、株主総会決議を経て、
丙に5千万円の退職金を支給する予定です。
・丙も丁も会社の株主です。特に丙は過半数の株を保有しています。
②質問
(イ)死亡退職金の支給を受ける過半数の株を有する丙は、特別利害関係人に該当し、
決議に参加することはできませんか?
(ロ)「死亡退職金の支給を受ける者」は、決議で自由に決定することができますか?
あるいは、相続分で分けることとなりますか?
(ハ)乙の死亡後に、支給が決定しましたが、乙の相続税申告において、
乙の法定相続分に相当する金額をみなし財産として計上する必要がありますか?
(2)上記前提の下で、債務の負担について教えてください。
質問
・甲の相続において、各相続人は甲の債務を引き継いでいますが、
乙の相続税申告について、債務控除の対象となるのは、甲の債務のうち、
乙の法定相続分相当額である、という理解で間違いないでしょうか。
・そして、この債務をどのように丙と丁が負担して債務控除するかは、
法定相続分ではなく、任意に取り決めてもよろしいでしょうか。
(債権者は会社ですから、この取り決めに対して合意は得られやすい状況です。)
よろしくお願いします。
1 死亡退職金について
(1) ご質問①~株主総会における特別利害関係人~
>(イ)死亡退職金の支給を受ける過半数の株を有する丙は、
>特別利害関係人に該当し、
>決議に参加することはできませんか?
丙は、決議に参加することができます。
取締役会では「特別利害関係人」は、決議に参加できませんが
株主総会の場合には、そのような制限はありません。
結果として金額の不公正が著しい場合など
「特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、
著しく不当な決議がされたとき」(831条1項3号)には、
株主総会の取消し訴えの取消事由にはなりえます(3ヶ月以内に訴訟提起された場合に限る。)が、
そもそも、丙が過半数の株を有している
ということですので、丙が参加しなければ、
「定足数」を満たさず、死亡退職金支給の株主総会決議自体が
できないと思われます。
(2)ご質問②~死亡退職金の支給を受ける者について~
こちらは、会社法の問題と民法の問題を区別して
考える必要があります。
ア 会社法(会社と相続人の関係)
会社法の問題としては、支給を受ける者を
指定して、死亡退職金を支給することは
可能です。
なお、下記の民法上、相続財産とされる
場合には、この支給受ける者は、
会社との関係の受給代表者に過ぎない
と考えることになります。
イ 民法(相続人間の問題)
ただし、退職金請求権が民法上の
「相続財産」に該当するか否かは別途考慮が
必要になります(特に退職金規定がない場合)。
こちらについては、実は現状の裁判例などで、
統一的な見解はありません(地裁レベルで判断は
まちまち)。事例ごとの判断になります。
(死亡後に株主総会決議により支給が確定する役員報酬
については、相続財産足りえないという考え方や
裁判例もありますが、現在の裁判実務ではこのように
考えられているわけではありません。)
一般論としては、
「死亡退職金の支給の根拠や経緯、支給基準の内容等の事情を
総合考慮して判断する」
としている裁判例が多く、
支給を受ける者の生活保障などために固有の権利として支出される
ものなのか、
それとも、給与の後払的性質を有するか
(被相続人の功績に報いるためのものであり、
被相続人の勤続年数や功績等を考慮して算定されている
か)
により前者であれば「固有財産」
後者であれば「相続財産」というような方向性になっています。
ただし、裁判例によっては、その金額算定の性質から
半分は固有財産、半分は相続財産としたものまで、最近はでています
(東京地裁平成26年5月22日)。
特に今回は、配偶者が受取人ではないことや
>甲の生前の功労に報いるため
という趣旨ですと、「相続財産」という認定も
なされる可能性があると思われます。
規定があれば、必ず固有財産になるわけでは
ありませんが、実務上は作っておくことが
重要です。
(3)ご質問③~乙の法定相続分に相当する金額~
>ウ 乙の死亡後に、支給が決定しましたが、乙の相続税申告において、乙の法定相続分に
>相当する金額をみなし財産として計上する必要がありますか?
まず、この退職金は、甲が役員であったことに関して
支給されるものでしょうから、
乙の相続税申告により、
相続税法3条1項2号のいわゆる「みなし相続財産」に
なるわけではないと思われます。(甲の相続についてはなる)
しかし、上記の裁判例などから素直に考えると
当該支給が民法上の相続財産に当たるという認定の場合、
乙の法定相続分(1/2)が相続財産(税務上の「みなし相続財産」で
はなく)になっていると考えるのが、理論的には筋が通ることになります。
この部分(死亡退職金支給決議前に2次相続が起こった場合
の判断)に関して、裁判例などがあるわけではないので、
なんともというところですが、上記の裁判例の考え方を前提
にするとそのようになるかと思われます。
(ただし、この辺りの限界事例は、裁判所も
そもそも判断がまちまちになる部分ですので、実務上
困ってしまうのですが。)
お客様にリスクを説明した上で、ご意思決定
いただくしかない部分かと思われます。
ただ、論理的にはそうですが、
相続税法基本通達3-25(2)イ
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/01/03.htm#a-3_25
があることとのバランスから、
相続人間に争いがなければ、
税務実務上は、なかなか指摘しにくい部分かとは思います。
2 債務の取り扱いについて
(1)ご質問④~乙の相続における債務控除の範囲~
>乙の相続税申告について、債務控除の対象となるのは、
>甲の債務のうち、乙の法定相続分相当額である、という理解で間違いないでしょうか。
はい。間違いないかと思います。
金銭債務は、法定相続分に応じて各相続開始時に当然承継
するためです。
(2)ご質問⑤~丙と丁の負担について~
厳密な民法の理解では、理論上
金銭債務は遺産分割の対象には
なりません(上記の通り当然承継のため)
ので、債務をどちらかが引き受け、債権者の
同意が取れれば、免責的債務引き受けの合意が
あったことになります。
ただし、実務上は、「遺産分割協議書」の中で、
相続債務の負担についても規定することが多いですし、
それに応じて債務控除をすることが認められています。
よろしくお願い申し上げます。