兄(経理)と弟(社長)の間で仕事・プライベートの内容を問わず、会社内で頻繁に喧嘩同然の衝突が起きており、
この影響で私(税理士)と兄の間も弟(社長)側についているという理由でコミュニケーションがとれない状況です。
トラブルの内容は例えば、「兄が仕事で出かけるときに弟が車で送るのを嫌がった」、「兄弟の養母のことを叔母と言った」など、
内容自体は些細なことで激高することではないのですが、一歩間違えると暴力沙汰になりかねない状況で、
前者のトラブルの際は「お前も偉くなったものだな」と社長に対する発言ではないことも会社内で平然と言っている状況です。
社長としては、これ以上、兄を会社に残すことはできないので、
①解雇
②定年を63歳に変更して一度退職扱いにし、経理から外す(仕事内容の変更)
のいずれかをしたいと考えています。
そこでお聞きしたいのが、就業規則で下記の定めがある場合、①又は②のいずれかをすることに問題があるでしょうか。
・従業員の定年は満65歳の誕生日とし、定年に達した日の属する月の月末をもって退職とする。
・60歳以降の賃金等労働条件については、本人の職務能力および健康状態等を勘案して決定する。
・勤務成績または作業能率が著しく不良で就業に適さないと認められたとき。
・就業状況が著しく不良で就業に適さないと認められたとき。
>社長としては、これ以上、兄を会社に残すことはできないので、
>①解雇
>②定年を63歳に変更して一度退職扱いにし、経理から外す(仕事内容の変更)
>のいずれかをしたいと考えています。
>そこでお聞きしたいのが、就業規則で下記の定めがある場合、①又は②のいずれかをすることに問題があるでしょうか。
2 回答
(1)兄を退職させる(辞めさせる)方向性での検討
ア ①解雇について
解雇を行うには、
就業規則の解雇理由に該当するのみでは足りず、
「客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上相当と認められる場合」
(労働契約法16条参照)であることが必要です。
そうでないと解雇が無効となり、
会社に損害賠償義務が発生してしまいます。
(もちろん、相手が解雇の有効性を
争ってこなければ問題はないですが)
上記の基準は非常に抽象的ですが、
総じて、裁判所は、労働者にとって
有利な判断(解雇無効)をする傾向にあります。
上記の基準にあたるかの具体的な判断要素は、
事案によりまちまちですが、
大きな要素としては、
・解雇の理由とされた事実の重大性
(改善可能な事項であれば、会社が複数回改善を促したが、それでも改善しないなどの事情も必要)
・解雇手続に至る前に、本人との十分な協議などが行われ、手続的な保証がなされていたかどうか
などが考慮されることになります。
イメージとしては、
会社のお金を横領した、などの
言い訳無用の明確な理由がないと
なかなか有効と認めてもらえまん。
他の理由による解雇が有効にならない
わけではないですが、かなり厳しいと
考えていただいた方よいでしょう。
ご質問にあるご事情から、
社長に対する反抗的な態度により、
会社内の平穏が乱されていることは
容易に想像できますが、
その態様がどの程度のものか、
会社業務への支障の程度、
何度も何度も会社が改善を促したかどうか
などによることになります。
ただいた事情からは明確な判断は難しいですが、
この理由のみでは、解雇を有効と断言することは
難しいです。
(今後は発言の録音等、証拠確保に努めて、
解雇するならば、争いになる覚悟を決めて
行うべきでしょう。)
イ 退職勧奨(合意退職を促す)
解雇については、上記のようなリスクがあるため、
依頼者様から弊所に直接ご相談をうけた場合には、
基本的には、いきなり解雇というような
性急な対応は控えてもらうようにしています。
紛争化した場合の時間的、精神的、金銭的な
コストが大きいため、できる限り
紛争にならないように納めると
いうのが基本的な方針です。
その意味で、退職勧奨により、
何とか退職の方向で説得してもらう
という方法をおすすめしています。
(場合によっては、退職金的なものを
支払ってでも合意により退職して
もらった方が、紛争化のリスクを考えると、
トータル的に会社にとってメリットが
ある場合が多いです。)。
依頼者様のご意向や違反行為の
重大性等によっては解雇等の処分に
踏み切ることもありますが、
その場合は、解雇が無効として
争われるリスクがついて回ることにつき
しっかりと説明し、
さらにリスクを最小化するため、
しっかりとして準備をします。
会社から改善の指導を複数回行い、
それでも改善が見られなければ、
できる限り、合意退職で相手にも納得して
もらうというのが基本的なスタンスかと存じます。
ウ 定年年齢の就業規則変更について
>・従業員の定年は満65歳の誕生日とし、定年に達した日の属する月の月末をもって退職とする。
という状況で、
>②定年を63歳に変更して一度退職扱いにし、経理から外す(仕事内容の変更)
ということなので、
就業規則の改訂による定年年齢の変更(労働契約法10条)
を行うことになります。
これを有効に行うためには、
以下の要件が必要です(労働契約法10条)。
①変更後の就業規則を従業員に周知させること
②就業規則の変更が合理的なものであること
本件では、②が問題となりますので、
こちらについてご説明します。
「合理的なもの」であるかどうかは、
以下の要素を考慮して
判断されます(労働契約法10条)。
・従業員の受ける不利益の程度
・労働条件の変更の必要性
・変更後の就業規則の内容の相当性
・労働組合等との交渉の状況
・その他の就業規則の変更に係る事情
○従業員の受ける不利益の程度
この中で、一般的に重視される
要素は、「従業員の受ける不利益の程度」です。
今回の変更の内容は、
定年年齢の引き下げなので、
これにより、従業員の退職時期が早まることから、
これにより被る不利益は比較的大きいです。
○労働条件の変更の必要性
今回の定年年齢の引き下げの目的は、
定年により、兄を自動的に退職させることです。
このような、個別の労働者を狙った
不利益な改定については、不当な目的として、
変更の必要性は認められないでしょう。
そうすると、変更の不利益性も含めて考えれば、
就業規則による定年年齢の引き下げの
有効性は認められない可能性が高いです。
なお、別次元の問題として、
現状でこのような定年年齢の
引き下げを行った場合に、
「兄の締め出しの目的である」という
事実認定がなされるのかどうかという問題もありますが、
・会社と兄との間にトラブルが生じている状況
→会社に動機あり
・定年年齢が63歳という半端な年齢であること
・その他に、定年年齢の引き下げをすべき理由がないこと
から、兄の締め出し目的であるという事実認定を
免れるのは難しいのではないかと思います。
したがって、ご質問にある就業規則での
定年年齢の引き下げを行うことは、
避けられた方がよいと考えます。
エ まとめ
以上から、兄を退職させたいということであれば、
正攻法として、退職勧奨により、
合意により退職をしてもらう方向性を
探るのが最もよいと考えます。
(2)兄を経理業務から外す方向性での検討
ご質問の中では、
>②定年を63歳に変更して一度退職扱いにし、経理から外す(仕事内容の変更)
ということでしたので、
最終的な着地点として、
「兄を経理業務から外す」という限度でも
よいという趣旨なのかとも思いました。
そうであれば、わざわざ就業規則を
変更するなどしなくても可能です。
従業員にどの業務を割り当てるかは、
基本的には、会社の裁量事項です。
(本人との個別の労働契約で職務を
限定していれば別ですが)
したがって、兄を経理業務から外して、
別の業務を担当してもらうように、
会社から伝えればよいでしょう。
今回は、兄に経理業務を任せておけないという
事情がおありなのでしょうから、
業務を変更する合理性もあると思われます。
ただ、業務変更も無制限ではなく、
退職に追い込むためにどうでもいい仕事を割り振るなど、
事情によっては不当な目的を達成するための
手段として利用するような場合には、
違法性を帯びてきますので、ご注意ください。
よろしくお願い申し上げます。