建物を業者に請け負わせていた者が死亡した場合、相続税の計算上は、建築中の建物として財産評価をし、被相続人の遺産として取り扱います。この場合の評価ですが、財産評価基本通達によると、死亡時までに投下した費用原価で評価することになっています。
そこで質問ですが、
1 建築中の建物は民法においても遺産分割の対象になる「財産」とされるか
2 仮に遺産分割の対象になるのであれば、私法上はどのように評価するのが妥当か
この2点について教えていただければと思います。1は別にして、2については、仮に財産評価基本通達の言うとおりとすれば、請け負っている業者に投下費用の額を尋ねる必要がありますが、教えてもらえるのか多少不安になっています。
>1 建築中の建物は民法においても遺産分割の対象になる「財産」とされるか
(1)「建物自体」の所有権について
建築中の「建物自体」が財産として
遺産分割の対象となるか否かは、
建築中の建物の所有権が、
被相続人にあるかどうか、
により決まります。
ア 建築中の建物の所有権の帰属(原則論)
建築中の建物の所有権は、
判例上、建築の材料の全部または
主要な部分を提供した者に帰属する
とされています。
したがって、
注文者(被相続人)が材料を提供していれば注文者に、
建築業者が材料を提供していれば建築業者に
所有権があるということになります。
建物建築では、通常は、
建築業者が材料を提供するでしょうから、
いったん、建築業者に建物所有権が帰属し、
その後、建物を引き渡した時点で、
建築業者から、注文者に所有権が
移転するということになると思われます。
この原則によれば、建築中で
引渡未了の建物は、注文者(被相続人)に
所有権はなく、遺産分割の対象となる
「財産」にはあたらないという結論になります。
(2)例外が比較的緩やかに認められる
ただ、判例の中には、上記の例外として、
注文者に所有権が認められる
という柔軟な解釈をとるものも多いです。
法的な理論としては、
・当事者間で注文者にもともと所有権を認めるという黙示の合意があった
とするものが典型的です。
特に、注文者が、請負代金を全額支払っている
場合には、注文者に所有権が帰属する
とする傾向が強いといえます。
(お金を払っているのに、
所有権を取得できないというのは、
バランス論として不合理という考え方が
根底にあるものと推測されます)
また、別途、建物建築請負契約の
条項で明示的に、所有権がもともと注文者に
帰属するとされている場合にも、
当然所有権は注文者に認められます。
このように、建築中の建物の所有権が
注文者(被相続人)にあると
いうことであれば、遺産分割の
対象となる「財産」にあたります。
(3)契約上の地位の相続
「建物自体」の所有権の所在
という観点からは、
上記の通りですが、
仮に上記の原則の通り、
建築中の建物の所有権が
注文者に帰属していないとしても、
注文者(被相続人)と請負人間の
「契約上の地位」自体も相続されます。
ですので、私法上は、
例えば、被相続人(注文者)が
既に工事代金を全額支払っている
ケースなどでは、
完成後建物の引き渡しを受ける権利(債権)
を誰が相続するのかという点を
遺産分割で決めるということもあります。
(なお、遺産分割の表記自体は、この
「建物」自体の表記になっているものも
多いですが、この場合、合理的意思解釈で、
この建物の引き渡し請求権と評価すること
になるでしょう。)
なお、工事代金の一部しか支払いが
ないということであれば、
残債務のうち法定相続分により
他の相続人が負う債務負担部分を、
上記権利の取得者が代償金として
支払うということで
調整されるケースも
多いでしょう。
2 ご質問②
>2 仮に遺産分割の対象になるのであれば、私法上はどのように評価するのが妥当か
(1)遺産分割における建物の評価(一般論)
遺産分割においては、建物の評価は、
当事者間の合意により決めます。
だいたいのケースでは、
固定資産評価額などをベースに、
これに一定倍率をかけたりして
(固定資産評価額は、一般的には時価より
低廉であるため)、
お互いが合意できる金額により、
合意をして、その評価額を前提として
遺産分割をすることが多いです。
(今回は、固定資産評価額自体が
ないでしょうから、これをベースにする
ことはできないと思いますが)
お互いで合意できない場合、
多くのケースでは鑑定を
入れることになります。
鑑定については、
不動産鑑定士さんの専門分野ですが、
自己使用(賃貸に出している
のではない)の建物については、
①再調達原価から
②経年劣化による減価
③観察減価経年劣化では評価しきれない物理的な損傷、機能的な損傷による減価
などをして求める原価法という
方法が一般的かと思います。
①については、
発注者が請負者に対して支払う
標準的な建設費が基準になり、
ざっくりいえば、現在建築したら
いくらかかるかという建築費と
いえるかと思います。
裁判所が評価額を判断するにあたっては、
鑑定による金額を基準にする
ことがほとんどです。
(2)建築中の建物の評価額
「建築中の建物」についての
一般的な評価額についても、
厳密には鑑定を行い、
算出することになります。
この点に関して、
鑑定の正式な手法については、
不動産鑑定士さんに
ご確認いただければと思いますが、
(1)で求めた完成建物の評価額に
工事の進ちょく率(どの程度まで
完成しているか)を乗じて
算出するのが一般的かと思います。
3 (参考)財産評価通達第3章91
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_new/03/01.htm#a-91
釈迦に説法ではございますが、
こちらの「費用現価」について、
一般的なケースですと、
請負契約の金額×工事進捗率
で算出されているケースが多いかと思います。
そして、この「工事進捗率」については、
建設業者から「進捗率証明書」という
ものを提出してもらうことになる
と思います。そうすると、上の
建築中の建物の評価額と同じような
計算方法になるかと思います。
>請け負っている業者に投下費用の額を尋ねる必要
通達の運用の歴史などを見てみると、
先生のおしゃる通り、
「費用現価」を「業者の」投下費用と同義に
考えるという考えもあるかと思います
(上と同様の意味でおっしゃっていたらすみません)
が、民事的な考え方からすると
少し違和感がありますね(費用については、
請負契約の場合、請負人のリスクであるため)。
このあたりは、
ご質問の回答とは直接
関連はないのですが、
・最高裁昭和61年4月4日(TAINSコードZ152-5719)
・東京高裁昭和60年9月26日(TAINSコードZ146-5610)
(上記最高裁の高裁判決)
がご参考になるかと思います。
よろしくお願い申し上げます。