相続 民法

会社代表者が死亡した場合の会社と代表者の債権債務の相殺について

 会社代表者が亡くなった場合に、その代表者に対して会社が債権・債務がとも
にある場合について、教えて下さい。

(前提条件)
1 有限会社の不動産賃貸業。会社代表者が昨年亡くなった。私の継続的なクライ
アントではないが、会社の清算を前提として、法人税の申告書作成を依頼されて
いる。

2 この亡くなった会社代表者に対して、会社は未収入金、短期貸付金、敷金等の
債権が13百万円ある。また、負債として、短期借入金、未払給与(給与の源泉徴
収済み)、未払給与(給与の源泉徴収未済)等があり、その金額は9百万円となっ
ている。

(質問事項)
1 上記のような状況であるとき、会計的には単純に債権債務を相殺しても問題な
いかなとを思ってしまうのですが、法的にはどの様に考えるべきでしょうか?

2 また、仮に債権債務の相殺が可能だという場合には、どの様な法的な手続きが
必要となりますでしょうか?

3 上記の債務のうち、源泉徴収していない未払給与についてですが、仮に上記の
債権債務の相殺が可能となった場合に、債権債務の相殺をした場合には、それは
給与を支給したものとみなして、源泉所得税の徴収義務が法人で発生すると考え
られますでしょうか? 

お手数かけますが、よろしくお願いいたします。

1 ご質問①

> 1 上記のような状況であるとき、会計的には単純に債権債務を相殺しても問題な
> いかなとを思ってしまうのですが、法的にはどの様に考えるべきでしょうか?
> 2 また、仮に債権債務の相殺が可能だという場合には、どの様な法的な手続きが
> 必要となりますでしょうか?

(1)相殺の方法について

相殺には、以下の2つの方法があります。
①会社からの一方的な意思表示によるもの
②両者間の合意(相殺契約)によるもの

①の場合には、要件として、
法律上「相殺適状」(民法505条1項)
にあることが必要です。

今回のケースでは、「相殺適状」というため
には、

・お互いに金銭債権を有していること
・相手方の債務の支払期限が過ぎていること
(いわゆる未払いの状態)

が必要です。

②の場合、お互いに債権債務を有しているのみでよく、
・相手方の債務の支払期限が過ぎていること
は必要ありません。

相手方の合意が得られるのであれば、
②の方法で行うのが一般的かと存じますが、
今回は、相続人が複数となると①の
方法を利用する方が良い場合もあるかと
は思います。

(2)相殺可能な債権かどうか

ア 敷金について

債権の種類によって、相殺可能かどうかが異なります。

いただいたご質問の中では、
敷金が相殺できるかどうか、が気になる点です。

敷金(返還請求権)は、賃貸借契約が終了し、
賃借人である会社が、不動産を明け渡した時点で発生します。
したがって、この時点ではじめて、相殺可能となります。

明渡し前であれば相殺できない
明渡し後であれば相殺できる
ということになります。

まずは、この点をご確認いただき、
明渡しを行った上で、相殺を行うようにしてください。

イ 未収入金、短期貸付金について

上記のとおり、①で行う場合には、
・相手方の債務の支払期限が過ぎていること
が必要です。

「短期貸付金」については、
金銭消費貸借契約の返済期限が過ぎているかどうか
ご確認ください。
すぎていなければ、①により
相殺を行うことはできません。

仮に、返済期限のない契約であった場合
(会社と代表者との間の
金銭消費貸借ではこのケースが多い
と思います)、

相当の期間を定めて、返済を求める
(「催告」といいます)ことにより、
返済期限が定まります(民法591条)。
「相当の期間」は、だいたい請求日から
1週間程度でよいと思います。

「未収入金」については、法律上の原因が
定かではないので、
明確なことは申し上げられませんが、

①により相殺するのであれば、
・相手方の債務の支払期限が過ぎていること

という要件を満たしているかどうかを
ご確認ください。

上記のとおり、②であれば、
債務の支払期限が過ぎていなくても行えます。

ウ 未払給与について

「労働者」(いわゆる従業員)への未払給与は、
①の方法により、一方的に相殺することはできません。
(②の合意による場合は可能)

ただ、今回は会社代表者であり、
労働者ではないと思われます。
したがって、①②のいずれにしても、
給与(役員報酬)を相殺することは可能でしょう。

(3)相殺の相手方(債権債務の帰属主体)

代表者が死亡していますので、
今回の債権・債務は、相続人が法定相続分に応じて
債権債務を分割して、承継している状態です。

なお、遺言や遺産分割がされた場合であっても、
債権者(会社)の立場からは、
法定相続分に応じて各相続人に請求することが
可能です。

(4)相殺の具体的方法

上記のとおり、債権・債務を法定相続分に応じて
相続したことを前提として、
各相続人との間で、相殺を行うこととなります。

①であれば、債権債務を承継した各相続人に対して、
相殺の通知(意思表示)をする

②であれば、債権債務を承継した各相続人との間で、
相殺の合意(相殺契約)をする

のいずれかにより、行うことになります。

①②ともに、相殺したこと明確にしておくため、
書面にて行ってください。

なお、①においては、
・相手方の債務の支払期限が過ぎているかどうか、
という問題が生じますので、
相手方の合意が得られるのであれば、
②で行っていただくのが望ましいです。

2 ご質問②

> 3 上記の債務のうち、源泉徴収していない未払給与についてですが、仮に上記の
> 債権債務の相殺が可能となった場合に、債権債務の相殺をした場合には、それは
> 給与を支給したものとみなして、源泉所得税の徴収義務が法人で発生すると考え
> られますでしょうか?

所得税の源泉徴収義務は、
給与の「支払いの際」に生じるものとされています(所得税法183条1項)。

この「支払い」には、給与の支払の他、
支払債務が消滅する一切の行為が含まれるものと
解されているため、
相殺の際にも、法的には源泉徴収義務を
負うこととなります。

よろしくお願い申し上げます。