【前提条件】
①法人(私のお客様)が賃借人として通常の賃貸借契約を締結していた。
(契約は昭和の時代からで、2年毎の更新契約書の締結はなし)
②定期建物賃貸借契約書の締結
(契約期間・・H27.9/1~H29.8/31)
1ヶ月ほど前に、賃貸人が
定期建物賃貸借契約書の更新契約書を持参され、
(契約期間は、H29.9/1~H31.12/31と記載)
その契約書のタイトル及び内容を見て、定期になっていることに気がついた。
慌てて、前回の契約書(上記②)を確認すると、
前回の契約書から定期建物賃貸借契約書になっていることに気がついた。
【補足内容】
①
「定期建物賃貸借契約書」以外に、
「定期建物賃貸借契約についての説明」が別途存在し、
これにも賃借人の会社印を押印してしまっている状況です。
(説明は受けておりません)
②
会社の業績があまり良くなかったため、
過去に賃料の減額を申し入れており、減額が実現しております。
減額開始時期は、H27.9/1~からで、
減額幅は、毎月55,000円(税抜270,000円⇒税抜215,000円へ変更)
これに合わせて、
上記【前提条件】②の契約書を作成してきたのだと思います。
③
賃借人の事業は、軽印刷業を営んでおり、
賃借物件の用途は事務所兼作業場として使用しております。
(印刷機が設置されている)
④
過去に家賃の滞納等は一切なく、
更新料の支払いは1回ほどしかなかったらしいです。
⑤
当該物件を、1ヶ月ほど前に
非上場の中堅不動産会社に売却の契約締結がされており、
契約の相手、近隣の状況から推測すると立退きが予想されます。
⑥
定期建物賃貸借契約書の更新契約は保留にしております。
⑦
将来的な立退きは、会社として仕方ないと思っているのですが、
立退料は多く受領したいと考えております。
【質問】
この定期建物賃貸借契約書(上記【前提条件】②)の締結は、
どの程度有効になるでしょうか?
いきなり定期建物賃貸借契約書にすり替えられていますが、
意思能力の低い個人でなく、会社として押印してしまっている事実もあり、
しかも
「定期建物賃貸借契約についての説明」にも押印してしまっているため、
会社にとって不利な状況かと考えております。
一方で、家賃の減額の合意金額は、
定期建物賃貸借契約への変更が、裁判所等から認めれるほどの
減額幅でないとも考えております。
宜しくお願い致します。
>この定期建物賃貸借契約書(上記【前提条件】②)の締結は、
>どの程度有効になるでしょうか?
>いきなり定期建物賃貸借契約書にすり替えられていますが、
>意思能力の低い個人でなく、会社として押印してしまっている事実もあり、
>しかも
>「定期建物賃貸借契約についての説明」にも押印してしまっているため、
>会社にとって不利な状況かと考えております。
>一方で、家賃の減額の合意金額は、
>定期建物賃貸借契約への変更が、裁判所等から認めれるほどの
>減額幅でないとも考えております。
2 回答
(1)契約が無効である旨の主張の根拠について
会社が自身の判断で契約書に押印をしている以上、
契約の成立自体は争えないと思います。
ただし、定期建物賃貸借契約は、
通常の契約とは異なり、契約締結前に、
「期間の満了により契約は終了し、
更新がなされない契約であること」
の説明が必要とされており(借地借家法38条2項)、
この観点から、契約の無効
(厳密には、契約の満了により契約が終了するという特約条項の無効)
を主張することはできるのではないかと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(定期建物賃貸借)
第38条 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第30条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第29条第1項の規定を適用しない。
2 前項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
上記の説明の程度としては、
「当該賃借人を基準として」
相手方が理解するように説明しなければならないと
されています。
>「定期建物賃貸借契約書」以外に、
>「定期建物賃貸借契約についての説明」が別途存在し、
>これにも賃借人の会社印を押印してしまっている状況です。
>(説明は受けておりません)
ということなので、説明がなされていないことを
根拠として、期間の満了により賃貸借契約が終了するという特約
は無効である旨の主張すること自体は可能と考えます。
当然、相手方は、
説明したという主張をしてくることが予想されますので、
最終的には、説明の有無について
裁判所の事実認定の問題に帰着するでしょう。
(裁判までいけばですが)
具体的な主張の内容にもよりますが、
今回のケースでは、
説明したことを基礎づける事実として、
・説明書面は存在していて、かつ、会社の押印もあること
があります。
また、
定期借家への切替えを了承していたことを裏付ける方向性の事実として
>減額開始時期は、H27.9/1~からで、
>減額幅は、毎月55,000円(税抜270,000円⇒税抜215,000円へ変更)
もありますので、証拠上、こちらが
有利ということはいえないと思います。
ただ、説明をしたことについては、
相手方が立証責任を負うこともあわせて考えると、
全く見込みがないというわけでもないかと思います。
歯切れが悪く恐縮ですが、
最終的には、個々の裁判官の性格や判断に
よってくる領域の議論かと思います。
(ただし、かなり厳しい戦いにはなります。)
(2)定期借家契約が有効である場合の法律関係
ア 更新契約を行わない場合
定期借家契約が有効であることを前提とすると、
契約満了日の平成29年8月31日で契約が終了している状態です。
ただし、定期借家契約の終了に基づき、明渡しを求めるには、
期間満了の1年前から6か月前まで
(本件では、平成28年9月1日~平成29年2月末日まで)
の間に、定期借家契約が終了する旨の通知を行うことが必要です。
これがなされていなければ、
平成29年8月31日で契約が終了したとして、
明渡しを請求することはできません。
なお、上記の期間経過後に、定期借家契約の終了
に基づく明け渡しを求めるのであれば、
あらためて契約終了の通知をして、
6か月経過時点で明け渡しを請求できます。
まとめると、
・定期借家契約が有効であること
・現時点で、定期借家契約終了の通知が来ていないこと
を前提とすると、
今後、相手が、定期借家契約の終了の通知を行った時点から、
6か月以内に、明渡しをしなければならなくなります。
イ 更新契約を行う場合
少なくとも、更新契約の契約期間である
平成31年12月31日までは、
建物の明け渡しを行わなくてよいということになります。
(3)今後の方針について
以上を踏まえた上で、
今後の方針としては、以下の3つが考えられます。
①更新契約を行わずに、定期借家契約の無効を主張する
②更新契約を行い、定期借家契約の無効は主張しない
③更新契約を行った上で、定期借家契約の無効も主張する
ア ①について
定期借家契約の無効を主張すれば、
相手方が、更新契約を行うことはないと思います。
無効主張=更新契約締結の道が閉ざされる
と考えていただいた方がよいでしょう。
したがって、無効主張したにもかかわらず、
特約条項が有効と判断された場合、
契約終了の通知から6か月以内に明け渡しを行う
ということになります。
おそらく、実際の流れとしては、
・更新契約の拒否(普通借家契約の締結の依頼)とともに、定期借家の特約が無効であることの主張
・相手から、契約終了の通知と6か月経過時までの明渡しの請求
・これに応じなければ、明渡しの裁判が起こされる
ということになると思います。
この裁判の中で、
定期借家の特約が有効か無効か
が判断されることになるでしょう。
この裁判で勝てるかどうかの見込みは、
上記(1)のとおりです。
仮にこれに勝訴すれば、
定期借家契約ではなく、普通借家契約であったことになりますので、
期間満了しても契約は終了せず(法定更新)、
相手から立ち退きを求める場合には、
一定の立退料が支払われるのが通例です。
イ ②について
更新契約を行いますので、
少なくとも、更新契約の期限である
平成31年12月31日までは、
明渡しを行わなくてよいことは確定します。
ただし、定期借家契約が有効であることを前提としていますので、
相手から、期間満了時での明け渡しの要請があれば、
これにしたがって、
平成31年12月31日までに立ち退きを行うことになります。
通常立退料は支払われないでしょう。
ウ ③について
更新契約を行った場合、
少なくとも、この時点では、
こちらは定期借家であることを認識していますし、
あらためて更新契約をする際に、
定期借家であるという点について異議を述べていない
という事実も付加されますので、
定期借家の無効という主張は、
非常に難しくなる(勝訴の見込みが非常に薄くなる)
と思います。
結局、②と同様の結論になると思われます。
エ 方針選択の基準について
各方針のメリットデメリットを認識したうえで、
どの方針でいくかを、顧問先様が
決定するということになります。
分岐点は、
・立退料がどうしてもほしいのか
それとも
・平成31年12月31日まで使用できることを重視するのか
という点かと思われます。
立退料がほしいということであれば、
早期に明渡しをしなければならなくなるリスクを
承知の上、①をとるということになります。
(ただ、それほど勝訴の可能性は高くはないのは、
前述のご説明のとおりです。)
平成31年12月31日まで使用できることを重視するのであれば、
②または③の方針をとることになるかと存じます。
なお、①の方針をとられるのであれば、
定期借家であることに気づいた現時点で
早急に行っておいた方がよいと思います。
よろしくお願い申し上げます。