【前提】
・質問者の祖母及び母が一緒に住んでおり、土地の大部分及び母屋は祖母の所有となっている。
ただし、土地の一部は登記簿上で市の所有になっており、祖母は固定資産税を支払っていなかった。
・10数年前に市の所有部分に母が離れ屋を建造し、母(及び祖母)は母屋及び離れ屋で居住してきた。
離れ屋は登記しておらず、工務店の記録もないためいつ建築したのか不明である。
・祖母は高齢で、介護施設に最近入った。
母及び質問者は祖母の相続等について検討を始め、離れ屋の土地について悩んでいる。
【ご質問】
①仮に離れ屋を建築して20年経過していた場合、母は離れ屋の土地について市に対して取得時効を主張することはできるものでしょうか?
当該土地は市の所有だろうと思い当たったこともあったが、母屋の隣の土地は長年空いていたという状況から問題ないだろうとそのままにしてきたそうです。
思い当たったのが離れ屋を建築する際か建築後か、その辺りの経緯はよく覚えていないとのことでした。
また離れ屋を建築してから現在まで市から何も言われたことはなく、自分たちの土地との認識でした。
②もし取得時効を主張できるとして、建築した際には善意・無過失だったとして10年の短期取得時効を主張できますでしょうか?
上述の通り何かのきっかけで謄本を見て市の土地であること、また固定資産税を払っていないことも気づいたそうですが、いつの時点か曖昧とのことでした。
③取得時効を主張し得るが離れ屋をいつ建築したか記録が残っていない場合、母が市に対して20年(もしくは10年)経過していることを市に立証する必要がありますでしょうか?
またこのような場合、年数を立証する方法や調査手段等についてアドバイス頂くことはできますでしょうか。
お手数お掛けしますが宜しくお願いいたします。
一般的なご説明をした後、
各ご質問事項に回答します。
1 土地の取得時効について
土地の取得時効の要件は、以下です(民法162条)。
①他人の土地を占有したこと(善意無過失の場合10年間、それ以外の場合20年間)
②その占有が「自主占有」(所有者として占有している)であること
③その占有が、平穏、公然であること(本件では、これは問題にならないでしょう)
④時効援用の意思表示(時効により土地を取得することを、もとの所有者に伝えること)
2 ご質問①
>①仮に離れ屋を建築して20年経過していた場合、母は離れ屋の土地について市に対して
>取得時効を主張することはできるものでしょうか?
(1)②その占有が「自主占有」(所有者として占有している)であること
時効取得は、所有者として占有している場合にのみ可能で、
長年土地を占有していても、
他人の物である(自分が所有者ではない)との認識であれば、
時効は成立しません。
「自主占有」か否かは、
内心でどのように思っていたということではなく、
客観的な事実から認定されます。
具体的には、
a)占有取得の原因である事実が、その性質上所有の意思が認められるものか否か
b)所有の意思がないと評価される事情の有無
を総合考慮して判断されます。
a)は、たとえば、賃貸借・使用貸借など、
他人に所有権があることが前提となる権利に基づいて
占有している場合、所有の意思がないものとされます。
今回は、土地について、何の権限もなく、
(自分の土地と思い込んで)離れ屋を建てた
ということなので、不法占有者ということになります。
不法占有者は、a)を満たさず時効取得はできない
とした裁判例があり、議論もあるところですが、
通説・実務的には、不法占有者も時効取得が可能と
されているため、この点は問題ないかと思います。
問題は、b)の点です。
b)は、平たくいえば、
「所有者であればとらないような行動をとっているかどうか」です。
ご質問の内容からみると、
・固定資産税を支払っていない
・土地の登記が市のままになっている
・離れ屋について建物登記がなされていない
というのが、b)の観点から問題となり得ます。
ただ、
・固定資産税を支払っていない
のは、
たとえば、隣の自分の土地の固定資産税を
支払っているのと一緒に、
本件土地についても納付していると
思っていた(含まれていると勘違いしていた)
という事情があれば、
「固定資産税を支払っていないこと=所有者として不自然な行動」
ということにはなりません。
また、
・土地の登記が市のままになっているのも、
気づかなかったからだと言えなくはありません。
逆に、
・土地のうえに建物を建築している
という事情は、通常所有者でなければ行わないものといえます。
→自主占有を基礎づけるに有利な事情
結局は、様々な事情の総合考慮なので、
明確な判断は難しいですが、
「自主占有」であるという主張が通る可能性は
十分あると思います。
(2)市の所有物であること特有の問題
市の所有物であること特有の問題ですが、
取得時効の対象が、公共用財産である場合、
時効取得をするための要件として、
●管理者が「公用廃止を行っていること」(黙示でもよい)
が必要です。
そして、黙示の公用廃止があったというためには、公共用財産が、
占有の開始時点で、
〈1〉長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、
〈2〉公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、
〈3〉その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、
〈4〉もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合であること
が必要であるとされています(最高裁昭和51年12月24日判決)。
ご質問の状況からすると、離れ屋建築の時点で、
市が長年にわたり使用していなかったようなので、
今後、市が使用を予定しているという事情がないのであれば、
上記の要件は満たすものと思われます。
ですので、ご質問でいただいた事情からすると、
この点は、問題ないでしょう。
(3)まとめ
「自主占有」に関して、その他の事情にもより
見通しが変わる可能性はありますが、
いただいた事情のみからすると、
時効取得を主張できる可能性は
比較的高いと考えられます。
なお、④時効援用の意思表示について
ですが、下記の通り、10年での時効取得
は難しい状況にありますし、
一般的に取得時効の場合は、
本来の所有者から明渡しの請求や
使用料相当額の
請求があった時点で反論(抗弁)
として主張するものです。
ですので、現状でこちらから
行うというのは、得策ではないと
考えられます。
2 ご質問②
>②もし取得時効を主張できるとして、建築した際には善意・無過失だったとして10年の
>短期取得時効を主張できますでしょうか?
(1)「善意・無過失」はいつの時点で必要か
「善意・無過失」は、
占有開始時の要件です(民法162条2項)。
「その占有の開始の時に」善意であり、かつ、過失がなかったことが必要で、
その後、悪意・有過失になったとしても、関係ありません。
ですので、離れ屋建築を土地の占有開始時とすると、
建築した際に、善意・無過失であれば、
その後、悪意・有過失になったとしても、
短期取得時効の主張は可能です。
(2)「無過失」が認められるか
短期取得時効における
「善意」=自己に所有権があると信じていたこと
「無過失」=所有権があると信じるにつき過失がなかったこと
です。
「善意」は、建築時に、自分の土地であると信じていた
ということで足りるので、
ご質問のケースでも「善意」といえると考えます。
ただ、建築時に、土地に市の所有権登記が
なされていたことから、
調査すればすぐに自分の土地ではないということが
わかる状況にあったといえます。
「無過失」については、
時効取得する側が立証責任を負うこともあわせて考えると、
ご質問の状況で、「無過失」の立証をすることは
難しいと考えます。
3 ご質問③
>③取得時効を主張し得るが離れ屋をいつ建築したか記録が残っていない場合、母が市に
>対して20年(もしくは10年)経過していることを市に立証する必要がありますでしょ
>うか?
>またこのような場合、年数を立証する方法や調査手段等についてアドバイス頂くことは
>できますでしょうか。
占有を立証する際、
・占有開始時
・10年、または、20年経過時
の両時点で、占有をしていたことを
時効取得を主張する側が立証することが必要です。
「離れ屋の建築」による占有開始を主張することになりますので、
「建築時がいつか」または、「遅くとも●●時点では離れ屋が存在した」
を立証しなければなりません。
立証方法としては、
・離れ屋の存在が確認できる航空写真
・離れ屋の存在が確認できる地図
・離れ屋を個人的に撮影した写真(撮影日付が入ったもの)
・建築費用支出の通帳の履歴
・離れ屋建築に関する日記などの記述
・当事者の証言
などが考えられるかと思います。
これらのものうち、有用なものを、
利用することになります。
なお、市に照会をかける方法でいえば、
・離れ屋について固定資産税の納付をしているのであれば、固定資産課税台帳
・建築確認を行っているのであれば、その関係の申請書類
も証拠としては、有用です。
ただ、所有者が市であるだけに、
照会をかけた時点で所有者ではないこと
を認識していましたよね、と言われかねませんので、
あまり得策ではないように思います。
よろしくお願い申し上げます。
(ご質問④)
本件、合理的に考えた場合は今すぐに市に対して取得時効をわざわざ主張するのはよろしくないと感じております。
20年経過しているのか不明な点、特に市から何も言われていない点が理由です。
一方、仮に主張せずこのまま母が居住を続けた場合、いずれ母が亡くなった際に相続や登記などの問題が発生するように思います。
以上から、20年経過したことが明確になった段階で登記をするものか、もしくは何も言われない限り母の相続まで何もしないべきか、多いケースや一般論でもいいですのでご教示頂くことはできますでしょうか。
宜しくお願い申し上げます。
>本件、合理的に考えた場合は今すぐに市に対して取得時効をわざわざ主張するのはよろしく
>ないと感じております。
>20年経過しているのか不明な点、特に市から何も言われていない点が理由です。
この点については、
ご指摘のとおりです。
わざわざ取得時効の主張をすることで、
やぶへびになる可能性がありますので。
ですので、
特に、時効主張をする必要性が高い
ということでなければ、
そのままにしておいた方がよいでしょう。
2 今後の対応について
>以上から、20年経過したことが明確になった段階で登記をするものか、もしくは何も言われ
>ない限り母の相続まで何もしないべきか、多いケースや一般論でもいいですのでご教示頂く
>ことはできますでしょうか。
(1)取得時効の登記について
まず、取得時効の登記の一般論です。
市の協力が得られれば、共同で登記申請をすることが可能ですが、
すんなり取得時効を認めることはないと思われますので、
おそらく市の協力は得られないでしょう。
そうすると、登記を移転させるには、
訴訟により勝訴判決(または和解)が必要になります。
(市も争うでしょうから、それほど簡単ではない
訴訟になることが予想されます。)
特に、今回は、「自主占有」の部分について、
徹底的に争うことになると思われます。
(2)対応方法
最終的には、
①財産を早期に確定させるメリット
と
②時効取得が認められなければ建物を取り壊して
土地を明け渡すよう求められるリスク
ということをどう考えるかだとは
思います。
①財産を早期に確定させるメリット
財産を早期に確定させれば、
相続人への土地の共有による
分散を防ぐことができる
というメリットが
あるかと思います。
つまり、時効取得の場合、
占有開始時に遡って所有権を
有していたことになります。
ですので、祖母の相続が発生する
と、時効で取得した土地は、
祖母の相続人の共有になるということに
なるかと思います。
理想を言えば、祖母が亡くなる前
に財産の取得を確定させておけば、
相続開始前に
その土地の財産を遺言などで
誰か特定の相続人に移すこと
ができる思いますが、
現状では、占有期間の問題があります。
また、この分散は相続が重なる毎に
増えていってしまうおそれがある
ということになりますので、
母の相続開始前に
その土地の持分(単独であれば所有権)
を遺言などで誰か特定の相続人に移すこと
ができるようになるという
メリットがあります。
なお、もちろん、
相続人が1名のみとか遺産分割が
まとまることもあるので、この
メリットがどの程度あるのか
は、事情によるかと思います。
②時効取得が認められなければ建物を取り壊して
土地を明け渡すよう求められるリスク
一方で、証拠関係を固められれば、
認められる可能性が高いかと思いますが、
裁判ですので、裁判官の事情などから
最後は取得時効が認められないリスクが0で
あるわけではありません。
そのまま、登記をしなければ
未来永劫市が何もいってこず、
普通に利用し続けることが
できるという事態になる可能性も
結構あるかと思います。
なので、そのまま放置した
方が良いという依頼者さんも
いるでしょう。
最悪、市から明け渡しを求め
られれば、戦えば良いという
考え方もあるかと思います。
3 まとめ
私個人としては、将来の
相続人のためにできる限り
権利関係ははっきりさせて
おきたいと考えるタイプなので、
証拠上明確になれば、登記をする
ということを考えるタイプですが、
こればかりは、メリット・
デメリットを説明した上で、
依頼者さまにご決定いただく
ことが最終的な出口に
なるのかと思います。
よろしくお願い申し上げます。