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従業員が起こしたセクハラ問題に対する会社の対応と損害賠償金の損金性

お客様の従業員のセクハラ問題について、ご教授ください。

【前提】
飲食店を経営するA社
従業員である店長Bが、高校生のアルバイトCに対し、
セクハラがあったと申告がありました。

アルバイトCの母親からの申告内容は、下記です。

************************************************

・店長Bが、仕事中に、身体を触った。
・「胸が大きい」等、セクハラ発言があった。
・店長Bが、お店のお客様に、アルバイトCについて、
「淫乱である」等の発言をしたことにより、
そのお客さんから不快な発言を受けた。

上記のことから、Cは学校に行けなくなった。
(アルバイトはこの時点で辞めている。)

母親は、「娘は傷ついている。どうしてくれるのか?」
と言ってきている。

*************************************************

社長は、店長Bに事実確認を行いました。
店長Bは、セクハラ発言はしたが、身体は触っていないと言っています。

しかし、店長Bについては、業務態度等いろいろと問題があり、
信用しきれない部分があったので、使用者責任もあることから、
店長Bを解雇することにしました。

ただ、アルバイトCは、「触られた」
店長Bは、「触っていない」と言っており、
「やった」「やらない」の話は、平行線となっています。
(その他の言葉でのセクハラについては、認めています。)

母親には、
「監督責任もあるので、店長Bを解雇する。
アルバイトCに対し、退職しているが、
アルバイト代1ヶ月分を支払いたい。」
(会社としては、お見舞金的な意味で)
と伝えたところ、
「会社の迅速な対応には、感謝する。
しかし、それで良しとするのは、気持ちが収まらない。」
と言われています。

また、店長Bは、
「自分は触っていないので、警察に入ってもらって
話をしようと思う」
と社長に伝えたまま、連絡がつかなくなっています。

会社としては、間に入って、店長Bとも連絡がつかなくなっている状況で、
どうしていいか?対応に困っている状況です。

【質問事項】
1.会社としての使用者責任は、どの程度問われるものでしょうか?
まったく責任のないものではないことは理解していますが、
どこまで責任を負わなければならないのか?よくわからず、困っています。

2.本来ですと、被害者(アルバイトC)が、弁護士を立てて、
店長Bや会社に対し、要求を伝えてくるものと思うのですが、
今の状況で、会社の方で弁護士をお願いし、
示談を進めるようにしなければならないのでしょうか?

3.賠償金の損金性についての疑問です。
裁判で、会社の責任が問われて、賠償金を支払う場合は、
「会社として支払うべきもの」として損金になると思うのですが、
話し合いの中で、会社が支払った賠償金は、
損金として認められるのでしょうか?
店長Bが支払うべきとされるものにあたる場合、
会社の損金とならないように思うのですが、
そのあたりの判断に明確な基準はあるのでしょうか?

4.店長Bの最後の給与の支払いが、まだなのですが、
この給与を、賠償金に充てることは出来るのでしょうか?
(難しいと思うのですが‥)
店長Bの財布事情から、社長としては、話の決着が着くまで、
最後の給与の支払いを止めておき、賠償金の一部として、
支払うのがいいのではないか?とお考えのようです。

お手数をおかけしますが、ご教授いただけますよう、
よろしくお願いいたします。

回答の便宜上、
先生のご質問番号
1→4→3→2の順に回答いたします。

1 ご質問①~会社としての責任の範囲~

>1.会社としての使用者責任は、どの程度問われるものでしょうか?
>まったく責任のないものではないことは理解していますが、
>どこまで責任を負わなければならないのか?よくわからず、困っています。

店長Bのセクハラは、
飲食店の職務中に行われたということなので、
A社は、使用者責任(民法715条1項)に基づき、
対被害者(C)との関係では、
全面的に責任を負うことになる可能性が高い
と考えられます。

なお、使用者責任(715条1項)では、
会社が、加害者(B)の監督について、
相当の注意をしていたとき(無過失)は、
責任を負わないとされていますが(民法715条1項ただし書)、
今回は免責となるかというと難しいと思います。

A社は、Cに対して損害の賠償をした場合、
その後、加害者本人であるBに対して、
その損害額を請求(求償)できます(民法715条3項)。
その金額は、会社側にも過失があった場合には、
全額まではいかない(一部は請求できない)
ということもないわけではありません。

まとめると、
・A社は、Cに対する損害賠償の責任は負う
・A社が支払った損害賠償額を、Bに対して求償できる(全額でない場合もある)
ということになります。

損害賠償の金額の目安は、
・どのような行為が行われたのか(触ったのか、触っていないのかの違いは大きいです。)
・被害者Cがどの程度の状態になっているのか(たとえば、セクハラが原因で精神疾患にかかっているなど)
・Cがセクハラにより退職を余儀なくされたといえ、逸失利益(継続して働いていれば得られたであろう給与額に相当するもの)の賠償が含まれるか

などにより、大幅に変わってきますが、

事実関係も不明確な現状においては、
A社が提示しているアルバイト代の1ヶ月分というのも、
不当な提示額ではないと思われます。
また、もし少し上乗せすることで早期に解決するのであれば、
2、3か月分程度は出してもよいかと存じます。

2 ご質問②~損害賠償と給与との相殺~

>4.店長Bの最後の給与の支払いが、まだなのですが、
>この給与を、賠償金に充てることは出来るのでしょうか?
>(難しいと思うのですが‥)
>店長Bの財布事情から、社長としては、話の決着が着くまで、
>最後の給与の支払いを止めておき、賠償金の一部として、
>支払うのがいいのではないか?とお考えのようです。

法的には、
・A社→店長B:損害賠償の求償権
・店長B→A社:賃金(給料)請求権
をA社側から一方的に相殺するということになります。

これは、労働基準法24条(賃金全額払いの原則)に違反し、
法的には許されません。
もっとも、Bの同意のうえで、合意により相殺することは可能です。
(Bと連絡がとれないということなので、現実的には難しいかと思いますが)

相殺する場合には、A社がCに損害賠償を支払済みで、
A社→Bの求償権が発生していることが前提となりますので、ご注意ください。

なお、法的には許されないことは上記のとおりですが、
BからA社に連絡させるために、あえて給与を止めておくということも、
現実的な対応として、考えられないことはないかと思います。

3 ご質問③~賠償金は損金に入れることができるか~

(1)話し合いにおける賠償金の損金性

>話し合いの中で、会社が支払った賠償金は、
>損金として認められるのでしょうか?

一般的に話し合いで、賠償金額を確定
させた場合、

法理論上は、
客観的に合理的な損害額(裁判でそうなった
であろう金額)の範囲で損害賠償金として
損金になるとされます。

ただし、実務上裁判まで
いかずに解決するケースが多いので、

あまりに不相当に高額でなく、なぜ
この金額にしたのかという一定の合理性の
ある説明(相手からの請求金額や裁判をした
場合のコスト等からの説明)
ができれば実際の話し合いの金額
で損金性が認められるケースが通常かと思います。

なお、今回のケースでは、ご指摘の通り、
下記のように使用者責任特有の問題があります。

(2)使用者責任特有の問題

>店長Bが支払うべきとされるものにあたる場合、
>会社の損金とならないように思うのですが、
>そのあたりの判断に明確な基準はあるのでしょうか?

ア 法律上の考え方

法律上の考え方からすると、
使用者責任の場合、上記の通り、

損害賠償をするのと引き換えに
店長Bに対して、求償権を取得
することになります。

今回のケースでは、店長Bの責任は重い
と思われますので、

大きな比率(全額の可能性もある)
で、求償権が認められると思います。

そうすると、
厳密な法理論からすると、
損害賠償金として、損金になるのは、

実際のCへの支払額と求償権金額
の差額分(会社独自の責任部分)
ということになります。

その後の処理は、

店長Bへの求償権が回収できない事情が
あれば、求償権を貸倒れにするという
流れになります。

イ 実務上の処理

ただ、
現実には、裁判にならなければ
求償権の割合などは、明確になりませんので、

国は、
法人税法基本通達9−7−16
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/09/09_07_04.htm

で一定の基準を定めています。

つまり、不法行為を行った者(店長B)
に故意または重過失があった場合には、
損害賠償金としての損金の額とはならず、

店長Bへの債権(求償権)が残るというということにしています
(上記通達(2))

今回のケースでは、Cからの損害賠償が認められる
という前提にたつと、

店長Bの故意または重過失が
認められる事案になってしまうかと思います。

その後の処理についても、
法人税基本通達9−7−17
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/09/09_07_04.htm
に規定があります。

ただ、今回は、すでに店長Bは、使用人ではなく
なっていますので、
貸倒れにできない場合に、給与として損金とできるのかには
疑義があるところではあります。

ですので、今回、
損金にしたいということであれば、

Cに支払う損害賠償金の大きさ
(求償権の大きさ)
によるとは思いますが、

数十万円程度であれば、
内容証明などを
送るなどは一旦しておいて、

これ以上の回収行為は、
時間とコスト(弁護士費用など)
の無駄に終わる可能性
高いという証拠を残した後、
損金経理をして、貸倒処理
をするというところかと思います。

もちろん、回収をしたいという
ことであれば、店長Bに対して、しっかりと
請求していくということになります。

4 ご質問④~弁護士介入の必要性~

>2.本来ですと、被害者(アルバイトC)が、弁護士を立てて、
>店長Bや会社に対し、要求を伝えてくるものと思うのですが、
>今の状況で、会社の方で弁護士をお願いし、
>示談を進めるようにしなければならないのでしょうか?

ご指摘のとおり、損害賠償請求は、
被害者側が弁護士を立てて請求をしてきて、これに対応して、
請求される側も弁護士を立てるということが多いですが、
逆に、請求される側のみが、弁護士を立てるということもあります。
(相手方本人が不当に高額な請求をしてきているケースが多いです。)

とりあえず、今後の進め方として、
Cが1ヶ月分だと難しいということであれば、
どの程度であれば納得がいくのか(相手の要望)を聞き出し、
A社は、それに応じてどのように
していくかを判断するということに尽きると思います。

現状で、弁護士が入った方がよいかどうかは微妙ですが、
A社自身で話がうまく進められそうにないということであれば、
弁護士を間に入れるのも検討してもよいレベルかとは思います。

また、交渉を進めるにあたって、弁護士は表に出ないが、
裏側でアドバイスを受けながら進めるということも、
考えてもよいケースかと思われます。

よろしくお願い申し上げます。