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業務委託契約による相談員の派遣について

以下、よろしくお願いします。

当事務所の顧問先である甲社が、下記のような業務委託契約書を個人事業主である乙氏と交わして業務委託料を支払っていました。
業務委託という表題の契約書ですが、相談員の業務従事記録は出勤簿にて行っており、
素人考えではありますが、実態は労働者派遣ではないかとの疑念が浮かんでおります。
なお、乙氏は派遣業の認可を受けておりません。

質問(1)
現在の状況は、何らかの法律に抵触するのでしょうか?
抵触する場合、甲社にも何らかの不利益が生じる可能性はあるのでしょうか?

質問(2)
とりあえず、出勤簿による業務従事記録は止めるべきかと思いますが、
他にも改善すべき点があれば、ご教示ください。

業務委託契約書

第1条
甲は、全従業員を対象とするハラスメント相談業務を乙に対し第2条に記した業務について委託する。

第2条
乙は、甲がハラスメント業務について毎週●曜日●時から●時まで、甲の指定した場所において業務を行う。
2.乙は、所属するハラスメント相談員1名を前項に定める日時場所に派遣し、委託された業務を実施する。
3.乙は、前項に掲げるハラスメント相談員にやむを得ない事由が生じ、派遣できない場合は代替日を設ける。

第3条
乙は、当該月分の委託料(月額●●●円:消費税を含む)を翌月●●日までに甲に請求する。
2.甲は乙に対し、前項に定める委託料を翌月●●日までに乙に支払うものとする。
3.交通費は、出勤日数に応じ通常の経路及び方法による運賃相当額を支給する。

第4条
乙は、委託された業務の履行について、甲からの請求があった場合には、その履行状況について直ちに報告しなければならない。

第5条
甲は、本契約の業務に必要となる文具、パソコン、電話等を乙に貸与する。なお、その使用に際し要した光熱費などの経費は甲が負担する。

第6条
乙は、委託された業務の履行について、甲からの請求があった場合には、その履行状況について直ちに報告しなければならない。

以上

回答の便宜上、ご質問ごとに、
回答の結論と理由をわけずに回答させていただきます。

1 ご質問①

>質問(1)
>現在の状況は、何らかの法律に抵触するのでしょうか?
>抵触する場合、甲社にも何らかの不利益が生じる可能性は
>あるのでしょうか?

(1)違反する可能性のある法律

本件では、「労働者供給」または「労働者派遣」
にあたり、職業安定法・労働者派遣法に違反する
可能性があります。
この区別についての詳細な説明は省略させていただ
きますが、「偽装請負」などとも呼ばれるものです。

この両者にあたるか、
それとも両者にもあたらないかのポイントは、

派遣先(甲社)と派遣される労働者(乙氏から派遣されるハラスメント相談員)
との間に、「指揮命令関係」があるかどうかになります。

これがあれば、「労働者供給」また「労働者派遣」として違法、
なければ通常の業務委託契約として適法です。

(2)「指揮命令関係」があるかどうかの区別基準

この点の区別基準の一般論は長くなってしまいますので、
弊所で執筆している記事
https://ec-houmu.com/other/gyomuitakukeiyaku-houmutaisaku

の中の
「2 労働者派遣と適法なSES契約の区別基準」
の部分をご参考になさってください。

システム開発業界に特化した記事になってはいますが、
今回の場合にもご参考にしていただけると思います。

大ざっぱにいうと、
・派遣先の会社が、派遣された労働者に対して業務上の
詳細な指示を直接出したり労務管理を行ったりして、
あたかも自社の従業員であるかのように扱っているのか
どうか

というような点がポイントになってきます。

(3)今回の場合

たしかに、今回のケースだと、甲社オフィスに派遣し、
そこで業務を行うという点で、
「指揮命令関係」が認められやすく、
「労働者派遣」などが疑われやすい類型のものではあります。

ただ、今回の特殊性として、

・ハラスメント相談業務という業務の性質上、
一定時間相手先のオフィスに滞在することが強く求められる

・毎週●曜日●時から●時まで(契約書2条1項)、
というふうに時間も限定され、相談員は、
常に甲社に滞在しているわけではない

・ハラスメント相談員という業務の性質上、
中立な立場で業務を行うもので、
甲社からの業務に関する指示などを強く受けている
ということではないと考えられる

という点があり、

業務の実体によるところではありますが、
ご質問の文面から受ける印象では、
「指揮命令関係」があるとは認められにくい
類型と思われます。

(4)仮に違反となった場合

仮に「労働者供給」または「労働者派遣」である
とされた場合には、
供給・派遣を受けた側の甲社にも罰則(刑事罰)
の可能性があります。

ただ、実際のところは、労基署からの是正指導があって、
それに従って改善すれば、
それほどのお咎めはないというところかと思います。
(それほど悪質性があるケースではないと思われますので。)

2 ご質問②

>質問(2)
>とりあえず、出勤簿による業務従事記録は止めるべきかと思いますが、
>他にも改善すべき点があれば、ご教示ください。

ご指摘のとおり、出勤簿による業務従事記録は、
あたかも従業員であると扱っているという点を基礎づける事実に
なりうるので、やめられた方がよいと考えます。

また、より適法に近づけるための対策としては、

・甲社から派遣されているハラスメント相談員に対して、直接業務上の指示をしないようにする(要望がある場合には、乙氏を介して伝達する)

・派遣されているハラスメント相談員と、甲社の従業員の業務スペースを分ける
(業務の性質上、既にされているかと思いますが。)

・業務に必要な設備等は、乙氏側で準備する
(甲から貸与する場合には、乙氏からその対価を支払う)
などが挙げられます。

このようにすると、指揮命令関係がなく、
より通常の業務委託に近くなると考えられます。

また、契約書上、以下のような文言を入れておく
というのもあります。
「委託された業務に関し、甲と乙の間に労働者派遣法等に規定される
派遣元と派遣先としてのいかなる関係も存在しないことを確認する。」
このような規定を入れておくことで、少なくとも、
この点を意識して契約を行っているということはアピールできます。

なお、今回のケースはリスクが低いですが、
補足です(法律論ではありません)。

労働者派遣の問題は、
上記の通り、
総合的な事実認定に依存し、
結局のところ、明確なこれ!という基準がないため、

委託者(甲社の立場)の企業規模や
ステージによっては、
疑義が多少でもあれば、
多少高くても、
念のため派遣業許可を取得している相手に
委託するというケースが最近は多いという
ことがあります。

それに伴いビジネス的な理由で、
おそらく許可が不要な企業さま(乙の立場)
であっても、一応取得しておく
というのが多くなっています。

今後も取引を長期的に継続
するということであれば、
今すぐには難しいとは思いますが、

甲社さんから乙氏に対して、
上記の現状に鑑み、
将来的には、許可を取得
してねという話はしておいても良いかと思います。

よろしくお願い申し上げます。