初歩的なことで間違っているかもしれませんが、
被相続人が遺言書を残して亡くなった場合で相続税申告が必要な人は10か月以内にその
遺言書にそった申告書を常に作成して提出するものと理解していました。
つまり遺言書があるのに未分割申告するのは遺贈を放棄したものになってしまうと思っていましたが、
その考え方は間違っているのでしょうか?
小規模宅地特例の入門Q&A 第3版 29.3.25辻本郷税理士法人
事例52 遺留分減殺請求による適用宅地等の変更②
相続人配偶者と長女に大半の財産を残す遺言書を作成していました。
次女がいましたが生前に仲たがいしていて、次女に遺す財産は、次女が1室にすむ賃貸用の
不動産だけでした。遺留分は侵害しているため、遺留分減殺請求を受け、申告期限までに
遺産分割がまとまらず、申告期限が迫っていたためとりあえず遺言書で相続税申告しました。
という設例でどの宅地で特例適用をするかの合意が取れていない場合は適用できないとして、
小規模宅地等の特例を適用しなかった場合、適用しないことを選択したことと同様になるため
その後に適用はできないとありました。
この場合、とりあえず未分割申告をしておき遺留分減殺請求が解決し、取得財産額が確定したところ
で更正の請求をする方法が考えられますと回答がありました。
質問1
遺言書があるのに未分割申告することは問題はないのでしょうか?
特定遺贈の効力は残ったままなのでしょうか?(遺贈の放棄にはならないということでしょうか?)
質問2
仮に未分割申告ができた場合、小規模宅地特例が複数ある場合には有効だということは
理解しました。
遺言書があるのに当初申告で未分割申告をするデメリットは何かありますでしょうか?
例えば遺言書どおりだと特定遺贈を受けた人が相続税を支払いをすると思いますが、
もめていて未分割申告をしてもめている人(上記の設例だと次女)の未分割申告書の提出
と納付について実務上、問題が生じるのではないのでしょうか?
遺産分割や遺留分についての具体的な
金額等の合意
がなされていないという前提で回答
します。
1 ご質問
(1)特定の財産を移転させる遺言がある場合の未分割申告の可否
>質問1
>遺言書があるのに未分割申告することは問題はないのでしょうか?
>特定遺贈の効力は残ったままなのでしょうか?(遺贈の放棄にはならないということでしょうか?)
>質問2
>仮に未分割申告ができた場合、小規模宅地特例が複数ある場合には有効だということは
>理解しました。
>遺言書があるのに当初申告で未分割申告をするデメリットは何かありますでしょうか?
>例えば遺言書どおりだと特定遺贈を受けた人が相続税を支払いをすると思いますが、
>もめていて未分割申告をしてもめている人(上記の設例だと次女)の未分割申告書の提出
>と納付について実務上、問題が生じるのではないのでしょうか?
結論としては、ご質問のケースで理論上は、未分割申告をすることは、法律上認められず、
遺言書に基づき、申告を行うことになると考えられます。
(こちらは、下記の特定遺贈であろうと相続させる旨の遺言でも異なりません。)
なお、遺留分減殺請求との関係は、下記の回答の理由をご覧ください。
(2)遺贈の放棄等について(蛇足)
上記の結論になりますので、今回は回答は不要かとも思いましたが、
念のため、記載しています。
>特定遺贈の効力は残ったままなのでしょうか?(遺贈の放棄にはならないということでしょうか?)
遺言で、特定の財産を移転するものには、
特定遺贈と「相続させる旨の遺言」があります。
ア 特定遺贈の場合
遺贈の利益を放棄したような申告をした
としても、相続人または遺言執行者に対する
意思表示がなければ、必ずしも放棄した
ということにはなりません。
ただし、相手から
特定遺贈の放棄があったと主張された場合、
この申告内容が放棄があったことを基礎付ける
証拠にはなります。
イ 相続させる旨の遺言の場合
争いあるところですが、
裁判実務上、
相続させる旨の遺言の場合には、
遺言の利益の放棄は、認められていません。
この場合、あくまでも「相続」ですので、
相続放棄手続きをするか、
または、相続人全員の合意のもと、遺産分割をするということになります。
2 回答の理由
(1)特定の財産を移転させる遺言がある場合の未分割申告の可否
ア 未分割申告ができる場合
申告期限までに、いわゆる「未分割」の状態であれば、
法定相続分により取得したものとして、
相続税申告をすることになりますが、
その根拠は相続税法55条になります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(未分割遺産に対する課税)
第五十五条 相続若しくは包括遺贈により取得した財産に係る相続税について申告書を提出する場合・・・において、当該相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によつてまだ分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法
(・・・)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従つて当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとする。ただし、その後において当該財産の分割があり、当該共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従つて計算された課税価格と異なることとなつた場合においては、当該分割により取得した財産に係る課税価格を基礎として、納税義務者において申告書を提出し、若しくは第三十二条第一項に規定する更正の請求をし、又は税務署長において更正若しくは決定をすることを妨げない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
上記のように、未分割申告をすることができるのは、
「相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が
共同相続人又は包括遺贈者によってまだ分割されていないとき」
に限られます。
これらは、遺産共有の状態にあり相続財産の帰属が
確定していない場合において、
法定相続分や包括遺贈の割合により申告をし、
その後、遺産分割協議を行った場合には、
当該分割により帰属が確定した財産の額に基づいて、
更正の請求(相続税法32条1項1号)や修正申告をすることを
前提としたものです。
ご質問のケースのように、遺言書
の特定遺贈(または相続させる遺言)
により、個々の財産の帰属が
確定しているケースでは、
「相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が
共同相続人又は包括遺贈者によってまだ分割されていないとき」
にはあたりません。
(なお、遺言書があっても、一部、相続人全員の合意で未分割とすることが
できる等の書籍等の解説もありますが、理論的根拠は不明です。
期限内申告で遺言書を出していないので、税務署にバレていないというのが実情のように思います。)
今回の遺言は、
相続人に特定の相続財産を取得させるもの
かと思われますので、
いわゆる「相続させる」旨の遺言である可能性も
ありますが、特に結論に影響はないと考えられます。
イ 遺留分減殺請求との関係
遺留分減殺請求権の行使がある場合、
法律上は、当然に減殺の効果が生じ、
目的物上の権利は当然に遺留分権利者に復帰すると
解されています(最高裁昭和57年3月4日判決等)。
しかし、特定遺贈や特定の財産を特定の
相続人に相続させる旨の遺言に対する
遺留分減殺請求の場合には、
共有状態が生じたとしても、あくまでもその共有は、
「遺産分割の対象となる相続財産」としての性質を
有しない(相続財産としての共有ではない)
とされています(最高裁平成8年1月26日判決
、東京地裁平成25年10月18日判決など)。
そうすると、相続税法55条
の「分割されていない財産」にも
当たらないと考えられます。
ですので、今回は、未分割申告をすることはできず、
遺言書に基づいて申告を行うことになると考えられます。
(2)遺贈の放棄等について(蛇足)
遺言で、特定の財産を移転するものには、
特定遺贈と「相続させる旨の遺言」があります。
なお、両者の区別ですが、
相続人に対して、あえて
「〇〇を遺贈する」という表現でなければ、
相続させる旨の遺言であるというご認識
で良いかと思います。
通常は、「〇〇を相続させる」となって
いるケースが多いと思います。
ア 特定遺贈の場合
特定遺贈の場合には、遺贈の放棄は可能です(民法986条1項)。
これは、相続人または遺言執行者に対する意思表示により行う
ことになります。
ですので、遺贈の利益を放棄したような申告をした
としても、相続人または遺言執行者に対する意思表示
がなければ、必ずしも放棄したということにはなりません。
ただし、裁判等になった場合に、相手から
特定遺贈の放棄があったと主張された場合、
この申告内容が放棄があったことを基礎付ける
証拠にはなりますので、注意が必要です。
イ 相続させる旨の遺言の場合
争いあるところですが、相続させる旨の
遺言の場合には、
東京高決平成21年12月18日
をリーディングケースとして、
遺言の利益の放棄は、認められていません。
この場合、あくまでも「相続」ですので、
相続放棄手続きをするか、
または、相続人全員の合意のもと、遺産分割
をするということになります。
よろしくお願い申し上げます。