労働法

雇用契約締結後に就業規則が変更された場合の取扱について

顧問先から質問があり、ご相談させていただきます。
(弁護士ではなく社労士にご相談すべき内容ということでしたら、その旨を
返信いただくだけで結構です。)

雇用契約締結後に就業規則が変更され、当該顧問契約と就業規則に不整合を
起こした場合の取扱いについてです。
この場合、就業規則と整合するように雇用契約を締結しなおすべきで
しょうか。それとも、就業規則が周知されていれば、改めて変更契約を
締結する必要まではないでしょうか?実務上は、変更契約を締結するところ
までは行っていないことが多いと認識しております。

具体的には、年俸を月額に換算する場合に、雇用契約では100円未満切上げと
いう規定でしたが、就業規則改訂によって100円未満四捨五入となりました。
雇用契約変更の必要性と有無と合わせて、雇用契約を変更しないとした場合の
あるべき運用についてもアドバイスいただけますと助かります。
以下のいずれかになるのではないかと考えております。
1.就業規則改訂後に直ちに100円未満四捨五入に変更
2.次回の給与改訂より100円未満四捨五入に変更
3.雇用契約優先して、100円未満切上げのまま
変更内容としては不合理というものではなく、かつ、改訂後の就業規則も周知
されて暗黙の同意もあるため、上記1.の運用で問題ないのではと思うので
すが、労働者有利に取り扱う原則というのもあるようで、そうであるとすると
上記3.の運用になるのかもしれないと考えております。

繰り返しになりますが、社労士の範疇でしたら、その旨返信いただくだけで
結構です。

それではよろしくお願いいたします。

1 ご質問および回答の結論
(1)ご質問①~雇用契約変更の必要性~
>この場合、就業規則と整合するように雇用契約を締結しなおすべきで
>しょうか。それとも、就業規則が周知されていれば、改めて変更契約を
>締結する必要まではないでしょうか?

 法務実務上は、就業規則と整合するように雇用契約を締結し直す必要まではないと考えられます。

(2)ご質問②~今後の運用~
>具体的には、年俸を月額に換算する場合に、雇用契約では100円未満切上げと
>いう規定でしたが、就業規則改訂によって100円未満四捨五入となりました。
>雇用契約変更の必要性と有無と合わせて、雇用契約を変更しないとした場合の
>あるべき運用についてもアドバイスいただけますと助かります。
>以下のいずれかになるのではないかと考えております。
>1.就業規則改訂後に直ちに100円未満四捨五入に変更
>2.次回の給与改訂より100円未満四捨五入に変更
>3.雇用契約優先して、100円未満切上げのまま

 雇用契約を変更しないとした場合の運用としては
 >1.就業規則改訂後に直ちに100円未満四捨五入に変更
 でよいことになります。

2 回答の理由
(1)ご質問①~雇用契約変更の必要性~

ア 就業規則による労働条件の不利益変更の可否

 今回は、年俸を月額に換算する場合に、100円未満切上げとしていたのを、100円未満四捨五入とされているため、その内容が従業員にとって不利に変更されています。いわゆる「労働条件の不利益変更」といわれるものです。
 そして、「労働条件の不利益変更」を有効に行うためには、以下の2つの方法があります。

・従業員との個別の合意(雇用契約締結し直し)による変更(労働契約法8条)
・就業規則の改訂による変更(労働契約法10条)
(厳密には、労働協約の改訂による変更もありますが、今回は関係しないので省略します。)

 今回、就業規則を改訂されていますので、この改訂により、「労働条件の不利益変更」が有効になされたと言えれば、別途、従業員との個別の合意(雇用契約締結し直し)による変更を行う必要はないと言えます。

 ですので、以下では、今回行われた就業規則の改訂により、「労働条件の不利益変更」が有効になされたと言えるかどうかを検討します。

イ 就業規則の改訂による「労働条件の不利益変更」の有効性

 有効と言えるためには以下の要件が必要です(労働契約法10条)。
①変更後の就業規則を従業員に周知させること
②就業規則の変更が合理的なものであること

 以下では、この要件に則って、有効性を検討します。

(ア)①変更後の就業規則を従業員に周知させること

 ここにいう「周知」とは、従業員が、変更後の内容を知り得る状態にしておくことを意味します。必ずしも、従業員ごとに個別に認識させることまでは必要ありません。
 ご質問のケースでは、改訂後の就業規則を周知させている(おそらく、変更内容を従業員に知らせたという意味かと思います。)とのことですので、①の要件を満たすと考えられます。

(イ)②就業規則の変更が合理的なものであること

 「合理的なもの」であるかどうかは、以下の要素を考慮して判断されます(労働契約法10条)。
 ・従業員の受ける不利益の程度
 ・労働条件の変更の必要性
 ・変更後の就業規則の内容の相当性
 ・労働組合等との交渉の状況
 ・その他の就業規則の変更に係る事情

○従業員の受ける不利益の程度
 この中で、一般的に重視される要素は、「従業員の受ける不利益の程度」です。
 今回の変更の内容は、
 >年俸を月額に換算する場合に、雇用契約では100円未満切上げと
 >いう規定でしたが、就業規則改訂によって100円未満四捨五入となりました。
 とのことですので、
 就業規則の改訂により従業員が受ける不利益は、多くとも、毎月49円未満、年間588円未満の給料の減額を受けるという程度であり、従業員の受ける不利益の程度は非常に小さいと言えます。

○労働条件の変更の必要性

 賃金という労働条件の重要事項についての変更は、裁判例上「高度な必要性」が必要と言われています。ただし、今回は、賃金に関するものですが、「端数の処理」の話であり、かつ、その不利益の程度も上記の通り、非常に小さいので、裁判例等で言われる賃金における「高度な必要性」まで必要ということにはならないと考えられます。

 ですが、全く必要性がない(つまり、会社側の経費削減のみの目的)とすると、無効とされるリスク残ります(ゼロではないという意味で)ので、事務処理の便宜等の一定の必要性があるという説明ができる理由を用意しておく必要があるとは思われます。

○変更後の就業規則の内容の相当性
 変更後の就業規則の内容は、
 >年俸を月額に換算する場合に、100円未満四捨五入
 というものですが、これは、給与支給の際に100円未満の端数が出ることを防止する事務処理上の要請に基づくものであり、また、50円以上を切り上げる、50円未満は切り捨てるという点で、会社側と従業員にとって公平な内容です。ですので、相当性があると言えます。

○結論
 ご質問の事情からは定かではありませんが、就業規則変更の必要性について一定の理由が説明できれば、不利益の程度が非常に小さいこと、変更後の内容が相当であることから、「②就業規則の変更が合理的なものである」という要件も満たされるものと考えられます。

ウ 結論〜雇用契約変更の必要性〜

 上記のとおり、就業規則変更の必要性がある程度あれば、今回行われた就業規則の改訂により「労働条件の不利益変更」が有効になされたといえると考えられますが、必要性が低ければ、無効とされるリスクはゼロではありません。
 ただし、法律的にも有効と判断される可能性が高いことに加え、実務上の観点からいえば、仮に無効だとしても、金額が非常に低額であり実際に問題が顕在化するおそれが著しく低いことから、法務リスクという観点のみからであれば、雇用契約の締結をし直す必要性はないかと考えられます。

(2)ご質問②~今後の運用~
 雇用契約を変更しないとした場合、就業規則の改訂を行った時点で、個別の従業員との労働条件は変更されていることになりますので、改訂後の就業規則にしたがった運用をしていただければと思います。

>1.就業規則改訂後に直ちに100円未満四捨五入に変更

 とすることになります。

 よろしくお願い申し上げます。