顧問先で個人事業の呉服屋さんの件ですが、今年3月末で店を閉めること
になり、相談を受けました。
売掛金を30年以上回収出来ていないところが2件あるそうなんです。それぞれ
債権金額は1,788,800円と1,148,652円です。
未回収の期間請求書を毎月送っているそうなんですが、返答はありません。
また、自宅に取り立てに行くと、逃げていなくなるようで困っています。
【質問】
売掛金を取り立てる良い方法があれば教えていただけたらと思います。
よろしくお願いいたします。
>売掛金を取り立てる良い方法があれば教えていただけたらと思います。
(1)債権回収の手法
売掛金を取り立てる方法は、大きく分けて、①内容証明郵便の送付、②支払督促の手続、③裁判手続の3つがあります。ご本人が行われるのであれば、手続が簡便なので、①か②がよいかと存じますが、強制力がある点では②の方が優れています。
ただし、②を行った場合、相手方が異議を述べれば自動的に③裁判手続に移行してしまいますので、②を行われる際は③まで行う覚悟が必要です。
(2)消滅時効について
今回は、30年以上回収できていない債権ということですので、消滅時効の成立に注意が必要です。個人事業主が行う売掛金債権の消滅時効の期間は2年間です。まずは、時効の中断事由がないかどうかも含めて、債権が時効により消滅していないか、下記「(2)消滅時効について」をご確認いただければと存じます。
詳細は下記に譲りますが、時効期間が経過しているとしても、相手に「債務の承認」をさせれば、相手は時効の援用(時効による消滅の効果を主張するという意思表示)ができなくなります。そのための交渉方法等については下記「(2)エ今後の対応」をご覧ください。
このあたりは、微妙な事実認定も含みますので、会員様限定の無料相談をご利用いただき、具体的なこれまでのやり取りを含めてお伺いできれば、より詳細なアドバイスもさせていただけるかと存じます。
2 回答の理由
(1)債権回収の手法について
債権回収の手法としては、内容証明郵便を送付する、支払督促手続、通常の訴訟手続という3つがありますので、以下でご説明します。内容証明、支払督促は手続が簡便です。2つのうち、強制力がある点では支払督促の方が優れています。ただ、支払督促は、相手が異議を述べた場合には、自動的に訴訟に移行してしまうというデメリットもあります。仮に訴訟になった場合は、専門的な知識等が必要なので、ご本人での対応は難しいかと存じます。
ア 内容証明郵便の送付
まずは、内容証明郵便により、相手に対して売掛金の請求をする方法が考えられます。
内容証明郵便は、相手に「このままではマズイことになる」という心理的なプレッシャーを与え、こちらの請求に対応するよう促すという心理的な効果があります。相手にもよりますが、通常の文書より、請求に応じる確率は上がると思います。
また、内容証明を弁護士から送ることで、心理的なプレッシャーを与える効果は増しますので、これを利用するのも一案です。
イ 支払督促
(ア)支払督促制度の内容
支払督促とは、裁判所から債務者に対して督促状を送付してくれる制度です。そして、督促状が相手に届いてから2週間経過しても債務者側から異議が出されない場合、一定の手続は必要ですが、その後強制執行をすることができるようになるという強制力もあります。ポイントは、こちらの言い分に基づいて、裁判所での審理をすることなく督促状を送ってくれ、相手方から異議が出されない場合には、こちらの言い分が通るという点です。
一方、債務者から期間内に異議が申し立てられれば、自動的に訴訟手続に移行することになり、その後、訴訟での対応をしないといけなくなります。
(イ)支払督促のメリット・デメリット
支払督促のメリットとしては以下のようなものが挙げられます。
・ 裁判所へ出向く必要がないので、日程をとられない
・ 証拠の提出や証明が不要なので、専門的な知識がなくても手続を行うことが可能
・ 手続自体が、訴訟よりも簡単で利用しやすい
一方、デメリットとしては以下のようなものがあります。
・ 相手が異議を出した場合、自動的に訴訟に移行してしまうため、訴訟を起こすかどうかや起こすタイミングをこちらで決めることができない
・ 相手が異議を出すことが確実であれば、支払督促の手続は無駄に終わってしまう
(ウ)申立ての手続
○管轄裁判所
支払督促の申立先は、相手の住所地を管轄する簡易裁判所です。
○申立ての方法
裁判所に支払督促の申立書を提出する必要があります。
以下のURLに裁判所が出しているひな形が載っていますので、ご参考になさってください。
http://www.courts.go.jp/saiban/syosiki_siharai_tokusoku/siharai_tokusoku/index.html
○申立てにかかる費用
裁判所への申立ての手数料は、請求する売掛金の金額によって異なります。たとえば、請求額が200万円の場合には7,500円、請求額が100万円の場合には5,000円です。
その他、債務者に申立書を送付する郵送料など、数千円がかかります。
ウ 通常の訴訟
通常の訴訟を起こして取立てをするものです。
訴訟の中で、法的な主張や証拠を揃えて提出する必要があるため、専門的知識が必要になります。ご本人で行うのはなかなか難しいかと存じます。
エ 手段の選択について
ご本人で行われることを前提とすると、手続の簡便さから言えば、内容証明の送付、または、支払督促が最適かと思います。強制力がある点で、支払督促の方が優れています。このうちのどちらかというよりは、まず内容証明を送付して相手が支払って来なければ、支払督促の手続をとるというように順番に行ってもよいでしょう。
ただ、支払督促を行う場合は、相手から異議が出されれば自動的に訴訟に移行してしまいますので、訴訟の対応をする覚悟を持って行うことが必要です。
訴訟では、法的な主張を行い、それを裏付ける証拠を提出する必要もあるため、専門的な知識がないと対応が困難なので、ご本人が行われるのは向かないと思います。仮に訴訟まで行われるということであれば、コストとの兼ね合いもありますが、弁護士に依頼される方がよいでしょう。
(2)消滅時効について
今回、30年前から回収できていないということなので、売掛金債権が時効により消滅している可能性があります。売掛金債権が時効により消滅しているかどうかを判断いただくためには、これまでに「債務の承認」という時効の中断事由があったかどうかもご確認いただければと思います。
仮に、現状で時効期間が経過していたとしても、相手から「債務の承認」を取れれば、相手は時効の援用ができなくなりますので、そのような交渉をすることも考えられます。その手法については下記をご参考になさってください。
ア 時効期間
個人事業主の方がその事業のために商品を売った場合の売掛金債権の消滅時効の期間は、2年間です(民法173条1号)。
今回は、30年以上回収できていないということですので、この期間を経過している可能性が高いです。ただし、下記の「イ
時効の中断事由」がある場合には、時効期間は経過していないということもありますので、ご確認ください。
なお、時効期間は、それぞれの取引ごとにカウントします。仮に、3年前と1年前にそれぞれ取引を行ったとすると、3年前の取引による売掛金債権は2年間の消滅時効の期間が経過していますが、1年前の取引による売掛金債権はまだ時効期間が経過していないということになります。
イ 時効の中断事由
時効には、一定の事由が生じると時効の期間がリセットされ、新たにゼロからカウントされるという制度があります(「時効の中断事由」といわれています。)。その中でも、今回は、「債務の承認」(民法147条3号)が中断事由になりうるので、以下、そちらを検討します。
「債務の承認」とは、「債務があることを相手が認める意思表示」のことをいい、典型的には、債務が存在することを前提に、代金の一部を支払う、支払を待ってほしいなどと猶予を求めるなどが挙げられます。これまでに、相手がこのようなことを行っていれば、時効が中断しているといえます。なお、債務の承認があった時点で、いったん時効期間はゼロになりますが、それからまた2年間経過すれば、時効の期間が経過したということになってしまう点はご注意ください。
なお、今回のケースでいうと、請求書を送っていることのみや支払から逃げているということのみですと、「承認」があったとまでは認定することはできませんので、具体的に相手方が債務を認めていたと認定できる証拠が必要となります。このあたりは、これまでの具体的なやりとり等から詳細な事実認定が必要になりますので、もし必要があれば弊所の無料相談等もご活用いただければ幸いです。
ウ 時効の援用
時効期間が経過したら、法律上、自動的に債権が消滅するかというと、そうではありません。この点は、誤解が生じやすいところなので、ご注意ください。
判例上、時効期間が経過した後、「時効の援用」があってはじめて、債権が消滅するとされています。「時効の援用」というのは、相手が、時効による消滅の効果を主張します、という意思表示です。
現状で、相手から時効の援用がなされていないのであれば、消滅時効の期間が経過してしていても、売掛金債権は消滅していません。ですので、請求することは可能です。ただし、請求した場合には、相手が時効の援用をしてくる可能性はあると思います。
なお、時効期間経過後でも、時効の援用前に債務の承認が取れれば、相手が時効の援用をすることが信義則上許されなくなるというのが判例ですので、下記のとおり、債務の承認が取れるような交渉方法もご検討いただければ幸いです。
エ 今後の対応
消滅時効の期間が経過しているかどうかを確認していただいた上で、期間が経過していないもの、経過しているもの含めてすべて請求していただければよいと思います。ただ、期間が経過しているものについては、相手から時効の援用がなされる可能性があります。
これを回避する方法としては、「債務の承認」をとることが考えられます。具体的には、話し合いがしたいという趣旨で先方と協議の場を持ち、債務の内容を確認した証拠を残す方法や一部でも弁済させる方法があります。ただし、法律の知識を前提とした高度な交渉術が必要になるので、本人さまご自身が行うことは難しいかもしれません。もし、必要がおありでしたら、弊所の無料相談をご利用いただいてもよいかと思います。
よろしくお願い申し上げます。