相続 遺産分割 不動産

売買契約中の土地について相続が発生した場合

売買契約中の土地について相続が発生した場合の取扱いについて教えて下さい。

例えば売買契約中の土地(譲渡対価は1億円)について、1千万円の手付金を被相続人が受領後、その実行前に相続が発生した場合、売主である被相続人の相続税の計算上、相続財産は土地ではなく残代金9千万円の未収金として申告することが義務付けられています。

一方で、相続人がその土地を引き継いで土地を譲渡した場合、譲渡所得の申告は相続人が土地を譲渡したとして申告することができるとされています。このため、相続人は1億円の収入がある土地の譲渡として譲渡所得の申告をすることになります。

上記の課税関係につきましては、以下をご参照下さい。

http://ato-zaiso.net/rire/lib/80/index.html

ここで疑問になるのが、先の例で1千万円の手付金を相続した相続人が別人であるケースです。例えば、売買契約を引き継いで土地を譲渡することになる相続人が甲、手付金を相続した相続人を乙とすれば、甲は9千万円の現金収入しかないにもかかわらず、1億円の譲渡所得を申告することになると考えられます。

この場合、乙に対し、甲は手付金に相当する1千万円を支払うよう要求できると考えています。残代金請求権が相続財産になる、という相続税法の取扱いは関係なく、民法上はあくまでも土地を相続したことになり、結果として手付金部分についても乙ではなく甲のものになると考えているからです。

この理解で問題ないでしょうか。私の理解で問題なければ、民法の根拠条文なども教えていただきたく思います。

なお、質問させていただきたいのは、税の取扱いではなく、民法の取扱いになります。

よろしくお願いいたします。

1 前提事項

>売買契約中の土地について相続が発生した場合

 ご質問の前提にはなっているとは思いますが、まだ土地の所有権が買主に移転しておらず、売主である被相続人側に残っているということを前提として回答します。
 なお、土地の所有権の移転時期は、契約の締結時が原則(民法176条)ですが、土地の売買契約の場合、「売買代金全額が支払われた時点で所有権が買主に移転する」という条項を入れておくのが通常ですので、実際の取引では、残代金全額が支払われるまで所有権は移転せず売主側に残っていることが多いです。

>例えば、売買契約を引き継いで土地を譲渡することになる相続人が甲、手付金を相続した相続人を乙

 遺産分割でこのような状態になったという前提で回答いたします。

>質問させていただきたいのは、税の取扱いではなく、民法の取扱いになります。

 承知いたしました。

以上の前提の認識に相違があれば、ご指摘ください。

2 ご質問および回答の結論

>この場合、乙に対し、甲は手付金に相当する1千万円を支払うよう要求できると考えてい
>ます。
>民法上はあくまでも土地を相続したことになり、結果として手付金部分についても乙で
>はなく甲のものになると考えているからです。
>この理解で問題ないでしょうか。私の理解で問題なければ、民法の根拠条文なども教えて
>いただきたく思います。

 土地の所有権を甲が、手付金1000万円を乙が相続するという遺産分割を行ったとしても、土地を相続した甲が、乙に対して、手付金の1000万円を請求することはできないと考えられます。

3 回答の理由

 手付金の1000万円は、これを買主から受け取った後、現金でおいてあるなら「現金」、銀行に預けているのであれば「預金(の請求権)」という財産になっており、「手付金」として受け取ったお金かどうかは関係ありません。この1000万円の「現金」または「預金」を乙が相続するという遺産分割を行ったのであれば、1000万円は乙のものになります。

 一方、甲が土地の所有権という財産を相続する遺産分割を行ったとしても、これにくっついて、手付金として受け取った1000万円の「現金」または「預金」が甲に移転するということはなく、甲が乙に対して1000万円を請求できる根拠はありません。

 あくまで、①1000万円の「現金」または「預金」、②土地の所有権という別々の財産を、誰が相続するかを遺産分割協議で決め、それに基づいて、財産の帰属が決定するということになります。①と②がセットである必要はありませんし、②を相続した人が①について権利を得るということもありません。

 このような事態を避けたいのであれば、遺産分割の内容として、手付金分を考慮して、「1000万円の現金(または預金請求権)」は、甲のものとする旨を定めるということになると思われますので、ご想定の状況には当てはまらないかと思います。

 例えば、土地を相続した甲が、「現金」または「預金請求権」が手付金であることを知らなかったとして、錯誤(民法95条)の主張をして、遺産分割の無効を主張することもありえますが、現実的には立証することは困難を伴います。また、仮に無効となった場合には、遺産分割をもう一度やらなければ、法定相続分での相続ということになります。

 よろしくお願い申し上げます。

ご回答ありがとうございます。もう一つ教えて下さい。

そうなると、仮に土地の売買を甲が実行しなかった場合、買主は手付金を返すよう請求できると考えますが、
この場合には買主は土地の所有権を相続した甲に対して請求することになると考えてよろしいでしょうか。

仮にこの理解で正しいとした場合、甲は手付金を相続しなかったため1000万円丸損になる、という
話になりますので、遺産分割で正確に取り決めておく必要があるということでしょうか。

よろしくお願いいたします。

買主の1000万円の返還請求の根拠、共同相続人と買主との関係、共同相続人内部の関係も関連して、複雑で理論的に難しい部分ですので、ご興味のある方は理由までお読みください。

1 ご質問と回答

> 仮に土地の売買を甲が実行しなかった場合、買主は手付金を返すよう請求できると考えま
>すが、この場合には買主は土地の所有権を相続した甲に対して請求することになると考えて
>よろしいでしょうか。
>仮にこの理解で正しいとした場合、甲は手付金を相続しなかったため1000万円丸損にな
>るという話になります

 買主が、「手付金」を返還するように請求してくる場合には、そもそもの売買契約が終了となりますので、甲は、土地の所有権を買主に移転させる義務は消滅します。
 ですので、むしろ、甲としては、土地を買主に移転する必要がなくなりますので、土地を得られるということになります。
 ただし、甲が原因で、所有権の移転ができない場合には、むしろ乙が損をしてしまうので、乙が甲に対して損害賠償請求ができることになります(根拠・金額等は理由参照)。

2 回答の理由

(1)買主が手付金の返還を請求する根拠
 まず、買主が売主に対して、手付金の請求をする場合、その手付の性質により根拠が変わってきます。結論として、いずれの性質を有していたとしても、手付金の返還をする場合には、そもそも売買契約が終了することになりますので、売主は土地の所有権を買主に移転させる義務は法的に消滅します。ですので、煩わしい場合は、ここの部分を飛ばして読んでいただいて構いません。

ア 手付の種類(蛇足)
  手付の種類としては、一般的に「証約手付」、「解約手付」、「違約手付」があります。
  これらは、互いの性質として、並存するものですので、すべての性質を合わせもっている
  こともあります。つまり、個々の売買契約における手付の趣旨によって性質は異なること
  になります。
◯証約手付・・・契約が成立したことを示す効力を持つもの
       (証拠になるのみで法的な意味はない。)
◯解約手付・・・買主は手付金の返還請求を放棄すること、売主は手付金の倍額を支払うこと
        によって一定の条件の下、自由に契約を解除することができるというもの
◯違約手付・・・債務不履行がある場合における損害賠償額を手付の額(売主の場合は手付の没収、
        買主の場合は倍額の請求)に限定するもの

 この手付の中で、売主の債務不履行で、買主から売主に対して、手付金の返還請求できる根拠となるのは、違約手付のみですが、「違約手付である」といえるためには、上記の違約手付の趣旨で合意が特別になされたことを立証する必要があります。
 ただし、違約手付という立証ができたとしても、売主の場合は手付の没収、買主の場合は倍額の請求をした時点で、契約関係は当然に終了します(最高裁昭和54年9月6日、最高裁昭和38年9月5日)ので、売主は土地の所有権を移転させる義務も一緒に消滅します。

イ 手付金の返還請求権のその他の根拠

 手付の交付を根拠とせず、手付金相当額の返還請求を買主が売主にする場合としては、今回の事例でいうと、売主が、所有権移転を実行してくれないという債務不履行を理由とした契約の解除が考えられます。
 つまり、買主が売主に対して、債務不履行に基づく契約の解除をすることにより、手付金相当額が「不当利得」になりますので、それを返還請求するということになります。契約の解除に伴うものになりますので、この場合も、売主の所有権を移転させる義務も消滅します。

ウ まとめ

 結局のところ、買主が売主に対して手付金の返還請求をする場合には、売買契約も消滅し、売主は買主に対して、土地の所有権を移転する義務を負うことはなくなります。

 おそらく、一般的には、上記イの債務不履行解除に基づいて、手付金相当額の返還請求をするというケースが多いと思いますので、以下、それを前提に今回の例で、甲・乙に生じる債務を検討します。

(2)甲・乙に生じる債務

ア 買主との関係
 まず、買主との関係では、買主の同意がない限り、遺産分割等の相続人間の合意で、売主の債務(この場合、「契約上の地位」といった方が適切かもしれません。)について変動させることはできませんので、1000万円の手付金の返還について、法定相続分に従って、甲・乙が債務を負うことになります。2名が相続人であれば、500万円、500万円の返還債務を負うことになると考えられます。

イ 甲・乙間の関係
 今回の場合、乙は遺産分割で1000万円を取得できるとしていたにも関わらず、買主との関係では、500万円の返還債務を負うことになります。
 ただし、今回のケースですと、買主との関係では、甲・乙は売買契約の履行義務を負っているところ、甲の原因により、その履行ができず債務不履行が生じてしまったということになります。
 遺産分割の財産の分け方を、売買契約の存在を甲・乙が知っていた上で、遺産分割(金銭と土地等をどう分けるか)をしたということになれば、少なくとも甲・乙両者が売買契約の履行を協力して行う付随義務があるということになるかと思われます。
 そして、甲が原因で売買契約の履行ができず、乙が500万円を返還をしなければならなくなったとすれば、遺産分割の分配(金銭と土地等をどう分けるか)の前提が崩れることになりますので、その部分については、乙は、甲に対して、債務不履行に基づく損害賠償請求ができるということになると考えられます。

ウ 甲は損をするか?
 上記より、甲は土地の所有権を買主に移転させる義務が消滅するため、単純に土地を得ることができますので、損をすることにはならないかと思われます。

 なお、買主の方で、所有権(や登記手続き)等が、契約の期限通りに行けば、転売して利益を得ていた(履行利益)等の履行遅滞に基づく損害賠償請求は、売買契約が終了にならずとも、起こり得るのは通常の売買契約と同じです。これは手付金(またはその金額)の返還等の話にはならず、買主がどれだけ損害を被ったかを立証して、損害賠償請求をするということになる点はご注意ください。

 よろしくお願い申し上げます。