遺留分の放棄が家庭裁判所の許可を得て適法に行われているのですが、
遺留分の放棄時点と将来の相続発生時点での、
被相続人所有の資産の差が多額の場合(※)においても、
遺留分を適法に放棄してしまった以上は、当然に遺留分の権利はすべてなくなるのでしょうか?
(他の推定相続人に遺言がある場合の前提です)
※
本業の儲け、株式運用益、大きく値上がりした不動産売却益などで
資産が数倍に増加した場合です。
宜しくお願い致します。
>遺留分の放棄時点と将来の相続発生時点での、
>被相続人所有の資産の差が多額の場合(※)においても、
>遺留分を適法に放棄してしまった以上は、当然に遺留分の権利はすべてなくなるのでし
>ょうか?
遺留分放棄の許可決定を争う場合、裁判所に許可取消しの申立てを行うことが考えられます。ただし、許可決定後に財産が増加したことのみを理由に、許可の取消しを求めても、これが認められる可能性は高くはないと考えられます。
ただ、もし遺留分を主張する側であれば、弁護士費用や時間的なコストはありますが、差額の大きさ次第では、取消しを申し立ててみることも一案かと思われます。
2 回答の理由
(1)遺留分放棄許可決定の取消について
裁判所は、遺留分放棄許可決定を「不当と認めるとき」は、職権によりこれを取り消すことができるとされています(家事事件手続法78条1項)。遺留分放棄の許可決定を争いたい場合には、この取消しを求める申立てをすることが考えられます。
(2)取消が認められるかどうかの判断基準
遺留分放棄の許可決定が「不当と認めるとき」とは、遺留分放棄決定の後、「遺留分放棄の前提となった事情が著しく変化し、その結果、遺留分放棄を維持することが著しく不当になった場合」をいうと考えられています。このような場合には、取消しが認められます。
(3)裁判例
ア 肯定例
以下のような事例で、取消しが認められています。
〇東京家裁審判昭和44年10月23日
被相続人の後妻である養母から相当の財産を相続することが予定されていたため、被相続人の希望もあり、遺留分を放棄した。その後、養母から何らの財産ももらうことなく、離縁したため、養母の財産をもらえる可能性もなくなった。
裁判所は、養母と離縁したことにより、遺留分放棄の前提となった基礎的な事実関係が明らかに変化したとして、取消しを認めた。
〇松江家裁審判昭和47年7月2日
被相続人の長男が、実家に戻って家業の農業を承継することになった妹の婿入りの条件をよくするために、遺留分を放棄した。その後、妹が嫁入りし、長男が実家に戻り家業を継いだ。
裁判所は、遺留分放棄の基礎となった客観的事情に明白かつ著しい変更が生じ、遺留分放棄をした目的が失われたとして、取消しを認めた。
イ 否定例
一方、財産の増加を理由として取消しを求めた事案で、以下のように否定したものがあります。
〇東京家裁審判平成2年2月13日
相続時の争いを回避するため、被相続人から、300万円の生前贈与を受けるかわりに、遺留分を放棄した。
遺留分放棄の際の(相続)財産は、土地・建物と預金450万円程度。その後、地価が高騰し、土地・建物の価値が10倍ぐらいになった(遺産総額2億円程度)。そして、相続開始後(被相続人死亡後)に、許可決定の取消しを求めた。
裁判所は、遺留分放棄後に財産が増減したり、価額が変動することは当然あり得ることであり、地価の高騰というような社会一般の変動は、これを考慮しないことが著しく不当、不正義な結果をもたらすような特別な事由がない限り、直ちに取消の事由にはならない。
また、相続が開始しているため、今取消しを認めると、生前贈与と引き換えに遺留分を放棄し、相続時の紛争を回避しようとした目的に反する結果となるとして、取消しを認めなかった。
(4)本件について
上記の裁判例(否定例)からは、裁判所は、相続財産の増加を理由とした取消しについては消極的であることが読み取れます。財産の増減は、一般に予測し得るところなので、財産が増加したことは、取消しを認めるほどの事情にはなりづらいと考えているものと思われます(つまり、将来財産が増加するかもしれないけれども、その可能性も考慮した上で、放棄したととらえられやすい。)。現に、資産価値が10倍になったにもかかわらず、取消しを認めていません。
ご質問のケースも、本業の儲け、株式運用益、大きく値上がりした不動産売却益などで資産が数倍に増加したことを理由とするものなので、その事情のみでは、取消しは認められづらいのではないかと考えられます(他にも、遺留分放棄の前提となった事実の変化があるのであれば、話は別ですが。)。
ただ、もし遺留分を主張する側であれば、弁護士費用や時間的なコストはありますが、差額の大きさ次第では、取消しを申し立ててみることも一案かと思われます。
よろしくお願い申し上げます。