700㎡の土地について、第三者と30年の事業用定期借地契約を設定している。
地主Aは敷金1000万円を預かっている。
28年3月地主Aに相続発生。法定相続人は、長男Bと長女Cの2名だが、
BとCは、3年前の一次相続をきっかけとして係争状態にある。
母親であるAも、Bと絶縁状態で遺言書を作成した。
公正証書遺言の内容は以下の通り(遺留分については無視してください)。
・この土地については、Bに1/3、Cに2/3相続させる、
・現金預金については、Cに相続させる
・その他の財産をCに相続させる
もちろん、私はC側から申告書作成を依頼されております。
(質問)
債務である預かり敷金1000万円の帰属については、
どう考えれば良いのでしょうか?
BとCは係争状態ではありますが、Bは弁護士を通じて、
とりあえず相続税申告書作成はC側にまかせるが、
案を提示するよう連絡がありました。
この預かり敷金については、3通りの考え方があります。
①預金の帰属がCなので、Cが敷金全額を引き継ぐ
②Bが1/3、Cが2/3引き継ぐ
③Bが1/3引き継ぐと同時に現金を同額CがBに渡す
依頼人Cの希望は、②です。
法務上は本来どうすべきなのでしょうか?
>債務である預かり敷金1000万円の帰属については、
>どう考えれば良いのでしょうか?
この賃貸物件の相続に伴う内部負担割合の部分は、実は判例等によっても、厳密に明らかにされていません。今回の事例では、
ⅰ 法定相続分に従い、Bが1/2、Cが1/2ずつ引き継ぐ
ⅱ Bが1/3、Cが2/3ずつ引き継ぐ
という2通りの考え方があり得るところです。実務的には、ⅱの考え方が若干、優勢かと思われます。
>法務上は本来どうすべきなのでしょうか?
法務上は、Cさんにより有利に進めるため
まず、ⅰの方法を提案し、それに対する相手からの返答を待って、まとまりそうにない場合には、ⅱで落としどころとする(視野に入れておく)というところです。
ただし、これは、BとCの関係やCさんのご希望も含めた上での交渉になるのでご注意ください。係争状態にあるとのことで、C側にも弁護士をつけられているものと思いますので、その先生を通して、このような交渉をしてもらえれば良いかと思います。
なお、借主との関係では、1000万円全額について、BもCも返還債務を負う点にはご注意ください(回答の理由参照)。
2 回答の理由
(1)相続における債務の承継
相続の際、債務については、原則として、法定相続分の割合で、相続人に承継されることになります。
ですので、今回のケースでいえば、法定相続分に応じて、敷金返還債務1000万円のうち、Bが1/2の500万円、Cは1/2の500万円ずつ引き継ぐことになります。
ただし、債権者である土地の借主は、BおよびCそれぞれに対して、500万円ずつではなく、1000万円全額を請求することができます(これを、法律上、「不可分債務」といいます。)。これは、遺言や遺産分割などの相続関係者の一方的な意思により、借主の回収可能性などが変わるというのは、おかしいという考え方によるものです。
仮に、Cが全額の1000万円を支払った場合には、CはBに対して、自己の負担割合500万円を超える部分の500万円について、Bから返還してもらうことができます。
要は、B・Cは、借主との間では全額の返還義務を負っているが、債務者B・C同士の内部の負担割合は、1/2ずつになるということです。
この考え方に従えば、敷金返還債務は、
ⅰ 法定相続分に従い、Bが1/2、Cが1/2ずつ引き継ぐ
という結論になります。
(2)土地の相続分の割合に従うという考え方
今回のケースでは、遺言により、土地をBに1/3、Cに2/3相続させるということになっています。
この土地の割合に基づき、敷金返還債務についても、Bに1/3、Cに2/3に相続されるという考え方もあります(なお、上記のとおり、この場合も、借主は、BとCの両方に全額の請求ができます。)。
これは、以下の考え方に基づいたものです。
判例において、賃貸に出されている土地が売買された場合、土地の所有権とともに、その土地の賃貸人であるという法律上の地位も同時に移転するとされています。そして、敷金返還債務も、賃貸人であるという地位にくっついて、元の所有者から、新所有者に移転すると考えられています。
今回も、遺言により、土地の所有権がAからBに1/3、AからCに2/3ずつ移転することになっているので、上記の判例に基づき、敷金返還債務も同様にBに1/3、Cに2/3の割合で移転するという考え方もできます。
ただし、上記の判例は、売買により土地の所有権が移転するケースを想定したものであり、相続や遺言により土地の所有権が移転する場合にまで適用されるかどうかについて、明確な結論は出ていない状態です。また、この敷金返還債務の移転の議論は、結局は貸主と借主の間での問題で、相続人間の内部負担を想定したものではありません。
ネット等で、土地を相続した割合に応じて、敷金返還債務も承継されるという記述も見られますが、判例上、確定的な結論が出ているものではありませんのでご注意ください。
上記の判例に基づき、土地を相続した割合に応じて敷金返還債務も引き継ぐという考え方をとるのであれば、
ⅱ Bが1/3、Cが2/3ずつ引き継ぐ
という結論になります。
実務上は、ややこちらの考え方の方が優勢です。
(3)「その他の財産をCに相続させる」との遺言の効力について
今回、「その他の財産をCに相続させる」との文言がありますので、「その他の財産」に、敷金返還債務が含まれると考えると、敷金返還債務全額をCが相続するという考え方もできます。そうすると、Cが敷金返還債務の全額を引き継ぐという結論になります。
これは、遺言の解釈、すなわち、遺言者(被相続人)の意思解釈の問題なので、最終的には、遺言が作成された経緯やその具体的な文言等により判断されることになります。
少し事案は異なりますが、判例において、「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる」という遺言がある場合に、債務も含めて全てその1人に相続させるという意味であると判断したものがあります。
この判例は、以下のような考え方に基づいていると考えられています。
「1人に財産全部を相続させる」という遺言には、法定相続分の割合を変更して、その1人の相続分を100%とする(相続分の指定)という意味が含まれており、債務も変更後の相続分割合100%に応じて相続されることになる。ですので、債務も、財産を相続する1人が全て相続することになる、というのが論理的です。
この考え方を踏まえれば、遺言者は、財産と債務の全てを含めて1人に相続させるという趣旨で遺言を作成したと推認されるという考え方です。
今回の遺言では、Bに土地の1/3を相続させるということになっており、財産の100%がCに相続されるわけではないので、判例の事案とは異なり、論理必然的に、債務のすべてがCに相続されるという関係にはありません。なので、上記の判例の考え方がストレートに反映される事案ではないと思われます。
また、「その他の財産をCに相続させる」という表現から、「その他の財産」に債務も含んでいるというのは文言解釈として少し不自然かと思われます。さらに、AとBが絶縁状態であったことからしても、土地の持分割合をBに与えておきながら、敷金返還債務について、C一人に負担させると考えていたとは想定し難いです。
今回、いただいた情報からですと、「その他の財産をCに相続させる」という遺言があるからといって、債務もすべてCに相続されるとは考え難いと思います。
なお、
>現金預金については、Cに相続させる
から、債務も全て承継させるという考え方にはならないかと存じます。
(4)具体的な対応について
今回は、2通りの考え方があり得るところですが、相手方に弁護士がついていて申告書の案を出してくれと言われている状況とのことですので、まずは、当方に有利な案を出してみて、それに異論がないということであれば、それに基づいて申告するということでよいかと存じます。
法務的には、まとまりそうにない場合には、ⅱで落としどころとするということもあり得るところです。
ただし、これは、BとCの関係やCさんのご希望も含めた上での交渉になるのでご注意ください。係争状態にあるとのことで、C側にも弁護士をつけられているものと思いますので、その先生を通して、このような交渉をしてもらえれば良いかと思います。
よろしくお願い申し上げます。