1. 関係者:被相続人 甲 相続人ABCDFの5人、
遺言執行者:F及び乙(親族でも受遺者でもない)
2. 経緯
(1) ×年5月 甲が遺言書作成
(2) ×年12月 長女Aは甲から生前贈与で現金600万円を受領する見返りに、
以後一切の財産を請求しない旨の誓約書を甲及びFに提出
(3) ×+1年4月 甲死亡
(4) ×+1年7月 乙はAに誓約書に基づき後記遺言書第1条に記載する
特定遺贈財産を放棄する旨確認
3. 遺言書の内容(抜粋)
第1条 遺言者は、現金500万円をAに相続させる
第2条~第5条(省略)
第6条 遺言者は、第1条ないし第5条に記載した財産を除く財産全部をFに相続させる
【確認したいこと】
特定遺贈を放棄した第1条の財産は、Fに帰属しますか?それとも未分割財産として
遺産分割協議の対象となりますか?
以上、よろしくお願いします。
>特定遺贈を放棄した第1条の財産は、Fに帰属しますか?それとも未分割財産として
>遺産分割協議の対象となりますか?
今回の事例では、第1条の財産は、Fに帰属すると認定されるものと考えられます。
2 回答の理由
(1)「×年12月の行為」についての法律的な評価
ア 前提となる条文の解釈
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(前の遺言と後の遺言との抵触等)
民法第1023条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「×年12月の行為」が、上記民法1023条第2項の「遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合」に当たるかが問題になります。
ここにいう「抵触」とは、遺言と遺言後の処分行為とを同時に執行することが不能な場合のみならず、諸般の事情に照らして、遺言後の処分行為が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとでなされたことが明らかな場合も含むとされています。
イ 「×年12月の行為」の法律的な評価
>長女Aは甲から生前贈与で現金600万円を受領する見返りに、以後一切の財産を請求しない旨の誓約書を甲及びFに提出
ということですから、この行為から、甲は、
「遺言第1条 遺言者は、現金500万円をAに相続させる」代わりに600万円をAに生前贈与をしたことは明確ですので、上記の「抵触」の定義のうち、
「遺言後の処分行為が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとでなされたことが明らかな場合」と認定できます。
ですので、その抵触する部分の遺言第1条については、撤回したものとみなされます。
なお、古い判例ですが、
金1万円を与える遺言をした後、遺言者が遺贈に代えて生前に金5,000円を受遺者に贈与することとし、受遺者もその後金銭の要求をしない旨を約束した場合には、「抵触」すると判断されています(大判昭和18年3月19日)。
(2)第1条の財産の帰属について
抵触行為があった場合に、そこで撤回された部分の財産の帰属がどうなるのかという点については、究極的には、遺言者の最終的な意思が誰に帰属させるという趣旨のものと認定できるかという意思解釈(事実認定)の問題となります。
これを今回の事例で考えると
○遺言の第6条の記載内容が、「第1条ないし第5条に記載した財産を除く財産全部をFに相続させる」というものであり、第1条の効力がなくなれば、第2条ないし第5条の財産を除く財産はFに帰属させる趣旨と考えることが文言上素直であること
○甲も遺言に第6条の記載があることを認識した上で、上記抵触行為を行なったと認定することが通常であること。
○今回は、遺言第1条では現金500万円とされていたのに対して、抵触行為では現金600万円の生前贈与がなされており、Fがより多くの利益を得るというような状況ではないことから、遺言者が放棄された500万円をFに帰属する財産(「記載した財産を除く財産全部」)から除外する意思であったとは考えにくいこと(むしろ、100万円分損をしうるのであるから、せめて放棄された500万円はFに帰属させるという意思があった)。
から考えると、「第2条ないし第5条に記載した財産を除く財産全部はFに帰属させる」という意思内容の遺言が遺言内容となっていると評価できます。
したがって、いただいた事情から判断すると、遺言第1条の財産は、Fに帰属すると認定されるものと考えられます。
よろしくお願い申し上げます。