【前提】
都心にある区分所有家屋1室の売却を不動産仲介会社に依頼していた。(9月)
当該マンション全体は外壁塗装工事を実施していたが、足場の基礎となった
鉄パイプの落下により通行人が死亡した。(10月)
仲介会社との相談の上、売却広告掲載をいったん取りやめ様子を見ることになった。
【売却の目的】
平成28年中に他の不動産の売却損があったため、譲渡所得の通算目的で
平成28年中にある程度値段を下げてでも売却するつもりでいた。
(通算による節税効果は、300万円として仮定)
【今後の予想】
売却時期の大幅な延期(H29年~)及び売却価格の値下げが予想される。
(予想です)
【質問】
①このような状況な場合、工事会社に対して損害賠償請求が可能かどうかについて
教えて頂きたいです。
②もし可能な場合に、費用対効果(弁護士費用、時間の損失等。私的感情部分は無視)
の視点から訴える価値はありそうでしょうか?
③損害額の上限はどれくらいでしょうか。(一般論で大丈夫です)
・損害額の目安です。
●譲渡の時期が来年になったことによる節税メリット消滅分300万円
●事故物件により売却金額の値引分 300万円として仮定
①②③とも一般論で問題ありません。(過失度合もまったく不明な状況であります)
宜しくお願い致します。
(1)ご質問①③〜損害賠償請求の可能性と上限〜
>①このような状況な場合、工事会社に対して損害賠償請求が可能かどうかについて
>教えて頂きたいです。
ア 節税メリット消滅分について
損害賠償請求をすることは難しいと考えられます。
イ 事故物件による売却金額の減額分について
下記の通り、裁判の判決により、損害倍賞請求が認められる可能性が高いとまでは言えませんが、一定程度あると考えられます。
また、判決だけではなく、交渉や和解を含めて考えれば、一定金額の請求ができる可能性は高い事案になるかと思います。
>③損害額の上限はどれくらいでしょうか。(一般論で大丈夫です)
>・損害額の目安です。
>●譲渡の時期が来年になったことによる節税メリット消滅分300万円
>●事故物件により売却金額の値引分 300万円として仮定
いただいた事情のみを前提とすると、売却金額の減額分が300万円と仮定すれば、300万円+法定利息(5%)ということになります。
(2)ご質問②〜費用対効果〜
>②もし可能な場合に、費用対効果(弁護士費用、時間の損失等。私的感情部分は無視)
>の視点から訴える価値はありそうでしょうか?
減額分を300万円と仮定すれば、金額的には、弁護士費用を含め訴訟をする価値はあるかと思います。今回の場合は、とりあえず、交渉だけという弁護士の利用の仕方もご検討していただければ良いでしょう。
ただ、争いが訴訟にまで持ち込まれてしまうと、下記の通り、立証等も厳密にしなければならない複雑な事件となりますので、結論がでるまで1年程度の時間的損失はあるかとは思います。
2 回答の理由
(1)ご質問①③〜損害賠償請求の可能性と上限〜
ア 法律的な構成
今回、相手に損害賠償をする根拠は、不法行為に基づく損害賠償請求(709条)です。
要件としては、以下が必要になります。
ⅰ 他人の権利侵害(違法行為)
ⅱ ⅰについての故意または過失
ⅲ 損害の発生
ⅳ ⅰと損害との因果関係
ということになります。事故状況等によって、工事会社に本件事故についての過失が認められるかにより異なりますが、ⅰⅱは認められることを前提として回答します。
イ ⅲ損害の発生、ⅳ因果関係があるかについて
(ア)節税メリット消滅分について
ⅲ 損害の発生
実際に損害が出ていますので、損害自体は認められると考えられます。
ⅳ 因果関係
因果関係の判断基準は
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・発生した損害が「通常損害」であれば、因果関係あり
・発生した損害が「特別損害」であれば、不法行為者が、特別損害を発生させたもとになった
事情を知っていたか、または予見することができた場合にのみ、因果関係あり
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
となります。
「通常損害」とは、ある違法行為があった場合に、通常発生し得るであろう損害のことをいいます。一方、「特別損害」とは、特別な事情があったことに基づいて生じた損害のことをいいます。
節税メリット消滅分については、「現状でマンションを売却すれば、節税効果が生じる状況にあった」という特別な事情があったからこそ生じた損害といえ、「特別損害」に該当すると考えられます。
しかし、工事会社は、このことを知らなかったでしょうし、予見できたと認定することも難しいため、因果関係は認められないと考えられます。
以上より、節税のメリット消滅分について損害賠償を請求することは難しいでしょう。
(イ)事故物件により売却金額の減額分
ⅲ 損害の発生
本件事故によるマンションの1室の価値の下落分(差額)が「損害」となります。その差額がいくらであるのかを立証する必要があります。
マンションの1室の価値は、売却時期等、事故以外の要因にも影響されますし、設定した売却金額の減額分がイコールマンションの価値の低下部分と認定されるとは限りません。
裁判例で、マンションのエレベーター部分の工事中に事故があり、作業員が死亡した場合に、そのマンションのうちの1室の買主が、そのマンションの1室には瑕疵があるとして、瑕疵担保責任に基づく解除を主張した事案があります。しかし、裁判例は、瑕疵にはあたらないと判断しました。
この裁判例では、その事故が取引対象となったマンションの1室で起こったものではなく、エレベーター部分で起こったものであるという点を重視し、マンションの1室の価値に瑕疵が認められないと判断しています。もちろん、契約をないものにする「瑕疵」の有無(白黒の問題)と今回の損害賠償における損害(グラデーションの問題)が同じように判断されるわけではありませんせんが、
上記の裁判例の考え方からすれば、今回のマンションの足場における事故も同様、マンションの1室で起こったことではないので、マンションの1室への価格に及ぼす影響も少なく見積もられる可能性があります。
販売価額の差額がすべて「損害」と認められるとは限りません。
一般の感覚として、このような事故があった物件を買いたくないという心理は十分にわかりますが、これがマンションの1室の価値に影響を与えるかどうかというと、難しい点があります。
もっとも、これは判決まで行った場合の話であり、交渉段階や訴訟での和解の段階では、値下がりした部分については、工事会社が補てんするということも十分にあり得ます。事故を起こしてしまった点は事実なので交渉は、比較的しやすい事案かと思われます。
ⅳ 因果関係
マンションで事故があった場合に、そのマンションの居室の価額が一定数下がる可能性があることは、「通常損害」にあたり、因果関係はあると考えられます。
(2) ご質問②~費用対効果~
上記のとおり、事故物件により売却金額の値引分については、認められる可能性もなくはないです。仮に、売却額の値下がり部分が上杉先生の想定されている300万円とすると、金額的には、弁護士費用を含めてもやってみる価値はあります。一般的な相場とされる旧弁護士報酬基準ですと、訴訟の場合、弁護士費用は着手金24万円、成功報酬48万円(取れた金額の16%)程度かと思います。
交渉のみの場合には、旧弁護士報酬基準によると着手金16万円〜、成功報酬32万円〜程度となるかと思います。
ただ、争いが訴訟にまで持ち込まれてしまうと、上記の通り、立証等も厳密にしなければならない複雑な事件となりますので、結論がでるまで1年程度の時間的損失はあるかとは思いますので、そのあたりはご検討の対象としていただければ幸いです。
よろしくお願い申し上げます。