相続 遺産分割 不動産 相続税

名義財産がある場合の遺産分割協議書の書き方と登記手続

遺産分割協議書の書き方について悩んでいます。

【前提】
・母が死亡
・母名義で実際には父の財産が多額にある
(母名義の財産)
不動産1億円、A銀行普通預金1億円、A銀行定期預金1億円
・このうち、名実ともに母の財産は普通預金0.5億円と定期預金1億円の計1.5億円
・不動産1億円と普通預金0.5億円は母名義であるが、実際には父の財産

【質問】

・確実に必要な1.5億円以外の部分については、どのように記載すればよいでしょうか。
類似事例等がございましたら教えていただけますでしょうか。
(ざっくり質問で申し訳ありません。)

・名義財産なので、父の名義に戻すという旨の記載だと思うのですが、
法務局での不動産登記や銀行での名義変更手続きに耐えうるのでしょうか。
(相談会の趣旨外の質問になっていたら回答は省略して下さい。)

今回は、結論と理由を分けると重複が多くなりますので、ご質問いただいた各事項ごとに回答します。

1.5億円以外の部分が、名義財産であるという認定ができることを前提に下記「1、2」について回答いたします。なお、「3」は名義財産についての蛇足です。

1 遺産分割協議書の記載方法について

(1)ご質問
>・確実に必要な1.5億円以外の部分については、どのように記載すればよいでしょうか。
>類似事例等がございましたら教えていただけますでしょうか。

(2)回答
 不動産1億円と普通預金0.5億円が、母親の財産ではなく、相続財産には含まれないことを確認する条項を入れておいた方がよいと考えられます。
その後の相続人間での紛争を防止できますし、税務上も名義財産であるとの事実認定の証拠になりえます。なお、不動産登記と預金の名義については、今回はそもそも相続財産ではないという前提で変更しますので、遺産分割協議書ではなく、下記「2」の方法をご検討ください。

以下記載例です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
相続人甲、乙、及び丙(※それぞれ相続人の氏名等を記載してください。)は、下記1から3の財産が、当該相続開始以前から、甲(※父の氏名を記載して下さい。)固有の財産であり、相続財産に含まれないことを確認する。
                  記
1 土 地
所 在 ○○区○○町○丁目
地 番 ○○番地○○
地 目 宅地
地 積 150平方メ-トル

2 建 物
所 在 ○○区○○町○丁目○○番地○○
家屋番号 ○○番○○
種 類 居宅
構 造 鉄筋コンクリート造瓦葺 2 階建
床 面 積 1階 100 平方メートル、2階 95 平方メートル

3 金融機関 株式会社○○銀行○○○支店
種 類 普通預金
口座番号 ○○○○○
残 高 ○○○○円(相続開始日)
                             以上
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※1~3の詳細は例示ですので、個々の財産の詳細にあわせて記載してください。

2 不動産登記と預金名義について
(1)ご質問

>法務局での不動産登記や銀行での名義変更手続きに耐えうるのでしょうか。

(2)回答

ア 不動産登記について

 まず、今回、登記をされる場合、相続が前提となるわけではないので、遺産分割協議書の記載に基づき、名義を変更するということではありません。そもそも、今までの母親名義の登記が間違っていたので、登記を修正するという趣旨で変更することになります。登記の際の添付書類として、遺産分割協議書を提出するわけではありませんので、どのような記載にするかで、登記ができるか否かには影響しません。

 登記の方法としては、以下の2つがありますが、手続きの簡便さを考慮すると②「真正な登記名義の回復」の登記が適切かと存じます。

①母親名義の登記を抹消→あらためて父親名義の所有権移転登記をする

 母親名義にしたことが間違っていたということで、母親名義の登記の抹消を申請します。その後、あらためて、(売買等で前の所有者から)父親に所有権が移転しているという登記を申請します。
 その際、前の所有者の印鑑や印鑑証明等が必要になりますので、その方の協力を得られなければ、登記ができないということになりますので、手続きが煩雑になります。

②「真正な登記名義の回復」の登記

 ①のように、母親の登記名義を抹消し、あらためて父親名義の登記をするのが本来の扱いですが、前の所有者の協力が得られなければ実現できません。それを簡便にしたのが、「真正な登記名義の回復」の登記です。

 母親から父親に、直接登記名義を移転させるというものです。
 登記原因(所有権が移転した原因)の欄に、「真正な登記名義の回復」という記載がされます。通常は、この欄には、「売買」や「相続」などと記載されるのですが、「真正な登記名義の回復」というのは、「登記名義が間違っていたので、正しい名義にしました」というような意味です。これであれば、前所有者の協力がなくても登記を行うことができます。
 なお、登記申請の際には、登記義務者(母親の相続人全員)と登記権利者(父親)の印鑑や印鑑証明も必要になります。

イ 銀行預金の名義変更について

 各銀行の対応にもよりますが、通常、預金が母親名義になっているという部分を重視して、銀行の立場としては、相続財産であることを前提として扱われることになると思います。
 預金を、父親の口座に移転させる最も簡単な方法は、母親名義の預金を引き出し、それをそのまま父親名義の口座に入れ直すという方法です。
 各銀行にもよりますが、相続人全員の預金の引き出しに関する同意書を提出すれば、母親名義の預金の引き出し自体は可能なことがほとんどです。各銀行で、所定の書式があると思われますので、銀行に問い合わせていただければと存じます。
 なお、銀行には提出しませんが、遺産分割協議書で当事者の意思を確認した後に、こちらを行う方が紛争を予防できるかと思います。

3 補足(蛇足です。)

(1)名義財産か否かについて

 法律上は誰に財産が帰属しているかについては、
●不動産
 登記名義が誰になっているか、誰が契約者となったか、購入資金を出したのは誰か等
●預金
 預けている資金は誰が拠出したものか、誰が口座を管理していたか等

 の総合判断により、誰の財産であるかの事実認定を行うことになります。ただし、民法上の問題に関して言えば、上記「1」の遺産分割協議書の記載があれば、相続人間の紛争は予防できます。

(2)税務上の問題について(もっと蛇足です。)

 釈迦に説法ですが、税務上、相続財産になるかどうか(母親の財産と認定されるかどうか)は、上記の事情等を考慮した総合的な判断になります。
 母親は「名義」(形式)だけで、実体上は父親の財産であるということを、証拠から認定できるかによります。
 その際に、遺産分割協議書で、相続財産には含まれないことを確認していることや「真正な登記名義の回復」の登記がされていることは重要な考慮要素にはなります。しかし、結局は上記(1)の法律上の財産の帰属の総合的な事実認定において、父親にあることを基礎づける証拠が重要となります。

 よろしくお願い申し上げます。

以前、ご回答いただいた件で追加質問です。
不動産登記についてです。

名義を父親名義に戻すべく、実際に、法務局に行ったところ、以下の内容により、
民法646条2項による移転をすべきである旨の回答がありました。

今回ケースは、父親から母親に対し、便宜的に母親の名義で所有権を取得することを委任し、
母親が当該委任に基づき母親の名義で取得したものであるため、
母親の権利取得は無効なものではなく一応有効なものであるので、
真正な登記名義の回復の登記ではなく、民法646条2項による移転という登記原因とすべき。

(質問)
真正な登記名義の回復と民法646条2項による移転の法律的な(実質的な)差異は何かあるのでしょうか。
(税務的な判断をするにあたり、両者の違いを気にしたほうが良いのかどうか悩んでいます。)

宜しくお願い致します。

前回のご質問では名義財産であるということを前提としていただいており、名義財産と認定される具体的な事情である「契約の経緯等」は、補足等で抽象的に考慮要素を記載したのみでしたが、もう少し登記に焦点を当てて深く解説します。

1 ご質問
>真正な登記名義の回復と民法646条2項による移転の法律的な(実質的な)差異は何かあるので
>しょうか。

2 回答
(1) 法律関係について

 真正な登記名義の回復は、前所有者と母親との契約が、無効または不存在であることを前提として、真の所有者である父親に登記を移転させるという意味合いです。一方、民法646条2項による移転は、前所有者と母親との間の契約が有効であることを前提として、母親から父親に所有権を移転するというものです。
 両者の違いは、所有権の移転経過と父親への移転時期に現れるかと思われます。

 ◯真正な登記名義の回復の場合
  移転経緯:前所有者→父親
  移転時期:前所有者と父親の売買契約時
 ◯民法646条2項による移転
  移転経緯:前の所有者→母親→父親
  移転時期:所有権移転時期の特約で定められた時

ア 真正な登記名義の回復

 真正な登記名義の回復は、母親名義の登記は、実態を反映していない(間違っている)無効な登記であるということを前提として、本当の所有者である父親名義に修正してもらうという趣旨の登記です。つまり、前所有者と母親との契約は無効である、または、存在していなかったということを前提(裏を返すと真実の契約関係は、前所有者と父親にあった)とするものです。
 前回の回答は、「名義財産」であることを前提としていたので、財産の名義はともかくとして、前所有者との契約自体は、母親ではなく、父親との間であったと認定できるという事案を想定していました。そうすると、真正な登記名義の回復による登記ができるということになります。

 実際に、前所有者と父親が契約をしており、純粋に登記名義だけ母親にするということであれば、真実の契約関係は、前所有者と父親の間でなされたということになります。なお、この真実の契約関係が何かも、事実認定の問題となります。

 真正な登記名義の回復の登記は、登記簿上は、「前所有者→母親→父親」という移転履歴になりますが、母親名義の登記は無効であったという前提なので、法律上の所有権の移転は、「前所有者→父親」ということを示していることになります。

イ 民法646条2項による移転

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(受任者による受取物の引渡し等)
第646条 ・・・省略・・・
2  受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
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 契約締結の経緯・契約書の名義等から、前所有者と母親との売買契約が有効に成立し、かつ、父親が母親に対して、自分(父親)のために前所有者から不動産の所有権を取得する旨の委任契約があるという認定がなされる場合には、この規定により、一旦母親が不動産を取得し、その後、父親に移転されたとして、登記をすることになります。
 つまり、契約関係自体は、前所有者と母親の間に有効に存在していたことを前提として、その後(または同時に)母親から父親へ所有権が移転したと考えるものです。所有権の移転は、「前所有者→母親→父親」という順になされたという意味になります。

 なお、646条2項は、受任者(今回の事例では母親)が委任契約の効果として当然に権利(所有権)を移転する義務を負うが、別途受任者(母親)と委任者(父親)との間で所有権を移転する合意がなされることも必要と考えられており、登記実務上、その合意の内容(売買と表示するのかは実体による)ではなく、646条2項を直接の移転原因とすることは、弁護士の感覚からするとかなり違和感があるものです。

 前回の段階で、民法646条2項についても解説をすべきでした。思慮が欠けており、すみません。

ウ 両者の区別の実務上の問題

 概念的には、前所有者と母親との間に有効な契約があったのかどうか、により区別されることになりますが、実際には事実認定上の問題であり、どちらといえるかを裁判手続き以外で厳密に区別することは困難です。
 どこの法務局かにより異なってくる部分もあるかと思いますが、私の経験では、「ア」のパターンであることを前提に、真正な登記名義の回復で登記をしたことがあります。

(2)民法646条2項による移転の場合の留意点

ア 相続税について

 前回の回答で申し上げた通り、名義財産(父親の固有財産)か否かは、個別具体的な事情からの総合的な判断になります。登記も名義財産か否かを基礎づける1つの考慮要素に過ぎません。
 繰り返しで恐縮ですが、ご留意ください。

 登記のみの話をすると、
 民法646条2項による移転の場合には、登記原因の日付について、権利(所有権)移転時期の特約があればその日を記載し、それ以外の場合には登記の申請日となります。
 ですので、少なくとも死亡までに権利を移転する合意(特約)があったという登記原因証明情報の記載が認められないと、所有権の移転時期が相続開始後であるとして、相続財産であるとの認定をされてしまうおそれがあるので注意が必要です(財産評価の問題は別として)。
 なお、母親(受任者)の死亡で、委任契約も終了するので、その時点で当然所有権も移転するという考え方もありますが、ここは論者により定かではない部分です。

 今回でいうと、不動産を購入する際に、父親(委任者)が母親(受任者)へ代金を交付していたという事実からすると、その時点で「母親(受任者)が権利(所有権)を取得する条件で、その権利(所有権)を父親(委託者)に移転する」という特約があったという認定もしやすいかと思われますので、登記原因情報としては、そのような記載で良いかと思います。
 ただし、登記があっても、そのような特約があったかの実体的な判断は、事実認定の問題になりますので、こちらもご留意ください。

イ その他について

 上記の通り、民法646条2項により、所有権が移転したとする場合には、前所有者→母親→父親という所有権の移転が観念されますので、地方税法上は、不動産取得税等の所有権移転に伴う課税が生じる可能性があります。

 不動産取得税は、地方税法73条の7の(形式的な所有権の移転等に対する不動産取得税の非課税)は、限定列挙(そこに記載があるもののみ非課税)であるという考え方が主流になりますので、特にご注意ください。

 よろしくお願い申し上げます。