今、事業の一部を売却をしようという顧問先があります。
スキームを検討しているのですが、売却する事業のキーマンになっている従業員がおりまして、売却に反対する可能性があるという状況です。
現実問題としては、今の会社に残れるなら残りたいということだと社長はいっておりますが、法律的に移動せざるを得ないのであれば、応じるのではないかということでした。辞めるということはなさそうとのことです。
この従業員との関係で、適切な事業を売却する方法はどのようなスキームでしょうか。
もちろん、他の要素も考えてスキームは決定しますが、この従業員との関係ではどのような方法が良いのかも決定の際の判断する要素としたいので、その部分に限定して考えるとどの方法が良いのか教えて下さい。
>この従業員との関係で、適切な事業を売却する方法はどのようなスキームでしょうか。
>この従業員との関係ではどのような方法が良い
>のかも決定の際の判断する要素としたいので、その部分に限定して考えるとどの方法が良いのか教えて下さい。
今回は、従業員さんとの関係でいえば、吸収分割が適切であると考えられます。
2 回答の理由
(1)考えられるスキーム
今回、事業の「一部」を別の会社に売却されるということですので、そのスキームとしては、以下の2つが考えられます。
①事業譲渡
②吸収分割
①事業譲渡と②吸収分割について、その違いは多岐にわたりますが、今回のご質問は「従業員との関係でどのようなスキームを組むべきか」ということですので、従業員の扱いという部分に絞ってご説明します。
便宜上、事業を売却する会社をX社、事業を買収する会社をY社、売却する事業のキーマンになっているX社の従業員さんをA氏とします。
(2)①事業譲渡における従業員の移転について
①事業譲渡において、あくまでも個別の契約をX社からY社に承継させるには、法律上、契約の相手方の承諾を得る必要があります。従業員との雇用契約も、契約である以上は、個別に従業員の承諾を得ることが必要になります。
今回のケースで、A氏をX社からY社に移転させるというのは、法的にいえば、A氏とX社との雇用契約を、Y社に承継するということになります。これを実現するには、雇用契約の相手方であるA氏の承諾が必要です。A氏が承諾をしなければ、X社との雇用契約が継続する形となってしまいます。
(3)②吸収分割による従業員の移転について
これに対し、吸収分割では、A氏の承諾なしで、X社からY社に移転させることができます。この点が事業譲渡とは決定的に違います。
(4)会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)による例外
ただし、吸収分割の場合でも、X社からY社への移転について、従業員がこれを拒否し、X社に残ることができる場合があります。
それは、従業員が「承継される事業に主として従事する労働者」(労働契約承継法2条1項1号)にあたらない場合に、従業員は、X社からY社に移転することについて異議を述べることができ(労働契約承継法5条1項)、異議が述べられた場合はY社に移転せず、X社に残るというものです(労働契約承継法5条3項)。
しかし、今回、A氏は、売却する事業のキーマンになっているということなので、「承継される事業に主として従事する労働者」にあたるものと考えられます。
ですので、A氏には、Y社に移転することを拒否する権利はありませんので、吸収分割の場合、A氏の意向に関係なく、X社からY社に移転させることができます。
ただし、この場合でも、X社は下記(5)の手続き自体は履践する必要があるので、ご注意ください。
(5)吸収分割の際に必要となる手続
ア 従業員との個別協議(平成12年商法等改正法附則5条1項)
X社は、A氏と個別に話をする場を設け、以下の事項を説明し、本人の希望を聴いた上で、協議をしなければなりません。
(ア)吸収分割の効力発生日
(イ)Y社の事業等の概要
(ウ)A氏をY社に移転させること
(エ)吸収分割後、A氏が、Y社において行う予定の業務の内容、勤務場所、その他の勤務条件等
あくまで、「協議」をすればよいだけなので、A氏がY社に移転することを拒否した場合、理由等を聴いた上で、説明・説得をする必要はありますが、最終的に本人の承諾が得られなくても大丈夫です。
A氏がY社に移転することに反対したとすれば、売却する事業におけるA氏の重要性などを説明の上、理解が得られるよう説明すれば良いです。
イ 従業員に対する通知(労働契約承継法2条1項)
会社は、「承継される事業に主として従事する労働者」、および、「承継される事業に主として従事する労働者」以外でY社に移転することとなる従業員に対して、以下の事項を、書面で通知しなければなりません。
A氏は、「承継される事業に主として従事する労働者」にあたるので、この通知が必要になります。
(ア)吸収分割により当該従業員をY社に移転させるかどうか
(イ)当該従業員が、「承継される事業に主として従事する労働者」、または、「承継される事業に主として従事する労働者」以外でY社に移転することとなる従業員、のうちいずれに該当するか
(ウ)売却される事業の概要
(エ)吸収分割後における、X会社およびY社の名称・住所・事業内容・雇用することを予定している従業員の数
(オ)吸収分割の効力発生日
(カ)効力発生日後において、当該従業員が行う予定の業務内容・就業場所その他の就業条件
(キ)効力発生日後における、X社およびY社の債務の履行の見込みに関する事項(債務を支払う資金があるかどうか)
(ク)Y社に移転することに異議がある場合には、その申出を行うことができること
(ケ)異議の申出を受け付けるX社の部門の名称・住所、担当者の氏名・役職名・勤務場所
(コ)異議申出の期限日
吸収分割においては、従業員に対し、以上のような手続きを行わなければなりません。
もっとも、上記のように、A氏には、Y社への移転を拒否する(異議を申し出る)権利はありませんので、A氏が反対したとしても、Y社へ移転させることは可能です。
(6)まとめ
A氏の意向に関係なく、X社からY社に、A氏を移転させることができるという意味で、今回は、事業譲渡より吸収分割の方が適切なスキームであるといえます。
吸収分割契約で移転することが定められている以上、法律的にはこれに従わざるを得ないということで、A氏にもご説明いただけば納得も得られるかもしれません。
もちろん、個別相談をご希望できれば、いつでもご連絡いただければ幸いです。
よろしくお願い申し上げます。