医療法

医療法人の理事長と営利法人の株主の関係

医療法人と営利法人との間で取引がない場合は、
代表を兼務しても特に問題はない、と理解しています。

次に、両法人間で取引がある場合については、
医療法人の理事長は、医療法人の代表権を有しないこととされ、
特別代理人を選任しなければならないとされています。
(医療法46条の4第6項)

そこで質問ですが、
医療法人の節税対策として、いわゆるMS法人を設立する場合、
次のようなスキームでは、何か、法律的な問題は生じますでしょうか?

医療法人X(歯科医)の理事長Aが100%出資して新会社Yを設立し、
AはYの役員には就任せず、従業員としてY-A間で雇用契約を締結する。

Yの代表取締役には、Xと業務委託関係にある歯科衛生士Bが就任し、
薬剤や材料等の仕入を主たる業務とする。

Yの本店所在地は、Xの本店所在地と同一である。

以上、よろしくお願い致します。

1 ご質問および回答の結論

>そこで質問ですが、
>医療法人の節税対策として、いわゆるMS法人を設立する場合、
>次のようなスキームでは、何か、法律的な問題は生じますでしょうか?
>医療法人X(歯科医)の理事長Aが100%出資して新会社Yを設立し、
>AはYの役員には就任せず、従業員としてY-A間で雇用契約を締結する。
>Yの代表取締役には、Xと業務委託関係にある歯科衛生士Bが就任し、
>薬剤や材料等の仕入を主たる業務とする。
>Yの本店所在地は、Xの本店所在地と同一である。

(1) 医療法46条の4第6項について

 ご質問のケースで、医療法人Xと新会社Yが取引をした場合には、厳密な法律解釈によると、「医療法人と理事との利益が相反する事項」(医療法46条の4第6項)にあたり、特別代理人の選任をしなければならない可能性が高いです。

 仮に、特別代理人を選任せずにそのまま取引をおこなった場合、形式的にいえば、医療法64条1項の改善命令や、医療法64条2項の業務停止の勧告等の対象になり得ます。
 ただし、運用上、金額の規模等にもよりますが、まずは改善の行政指導がなされる程度で、それにしたがって適正な処理をしていけばよく、いきなり改善命令や業務停止の対象となる可能性は低いと思われます。

(2) 改正医療法について

 平成28年9月1日付で、改正医療法が施行される(効力が発生する)ことが予定されており、施行後は、利益相反取引および競業取引について、会社法と同様の規制がなされます。
 その結果、利益相反取引および競業取引について、理事長Aが、医療法人Xの理事会に対し、取引についての重要な事実を開示し、理事会の承認を受けた上で、事後的に取引の内容等を理事会に報告をするという一連の手続きを行えば、利益相反取引および競業取引を、適法に行うことができるようになります。

 また、平成29年4月2日付で施行される改正医療法において、医療法人Xは、会社Yと取引の状況に関する報告書等を都道府県知事に届け出ることが必要になる可能性もあります。ただし、この点も、届出がなされればよく、取引が適正である限りにおいては、特に問題となることはないでしょう。

(3) 現実的な対応

 (1)のとおり、改正医療法の施行までの間は、厳密にいえば、XとYの取引は利益相反取引にあたり、特別代理人を選任しなければ行うことはできません。
 もっとも、運用上、この違反行為に対して、それほど重い処分は予定されていないこと、改正医療法の施行までの期間は3ヶ月もないことを考えると、施行前においても、適正な内容でXとYとの取引を行っておくことも選択肢としてはあり得るところかと思います。

 そして、施行後においては、理事会の承認などの手続きをちゃんととった上で取引を行えば、それほど問題となることはないものと考えられます。

2 回答の理由
(1)医療法人Xと会社Yの取引が利益相反取引にあたるか

 ご質問のケースについて、Aが理事長を務める医療法人Xと、Aが100パーセント株主かつ従業員である会社Yが取引を行うことが、「医療法人と理事との利益が相反する事項」(医療法46条の4第6項)にあたれば、AはXを代表して取引を行う権限はなく、特別代理人を選任しなければ取引を行うことはできないということになります。

 このようなケースについて、医療法のものとしては、明確な判例等は存在しません。

 ただし、会社法においても、同様に、会社と取締役との利益相反取引を規制しており(会社法356条1項3号)、会社法上の解釈としては、Aが取締役を務める会社Xが、Aが100パーセントの株式を有する会社Yと取引をする場合、利益相反取引として規制の対象に含まれると考えられています。

 医療法46条の4第6項も、会社法356条1項3号も、法人の代表者である者が、自己の利益を優先して、法人にとって不利な取引を行い、法人に不利益が出ること防ぐために、法人と代表者との利益が相反する取引を規制しているという目的は同様であると考えられます。

 目的が同じである以上、その規制の範囲も同じであると考えるのが自然ですので、Aが会社Yの株式100パーセントを所有している状況で、医療法人Xと会社Yが取引をすることは、医療法46条の4第6項における「医療法人と理事との利益が相反する事項」にあたり、規制の対象となると考えられます。

 ですので、医療法人Xと会社Yが取引をするのであれば、特別代理人の選任が必要になると考えられます(医療法46条の4第6項)。

(2)違反した場合の効果

 仮に、特別代理人を選任せずにそのまま取引をおこなった場合、「その運営が著しく適正を欠くと認めるとき」(医療法64条1項)として、改善命令等が出される可能性があり、それに違反すれば、業務停止等の勧告や認定の取り消しの対象となり得ます(医療法64条2項、医療法64条の2第1項6号)

 もっとも、実際の運用としては、金額の規模等にもよりますが、まずは改善の行政指導がなされる程度で、それにしたがって適正な処理をしていけばよく、いきなり改善命令や業務停止の対象となる可能性は低いと思われます。

(3)医療法の改正について

 平成28年9月1日付で、改正医療法が施行(効力発生)されます。
 今回のご質問に関連する部分を、以下ご説明いたします。

ア 利益相反取引についての改正

 利益相反取引について、「医療法人と理事との利益が相反する事項」については、特別代理人の選任をしなければならないという医療法46条の4第6項の規定は廃止されます。

 そのかわりに、医療法人と理事の利益が相反する取引を行う場合、理事は、医療法人の理事会に対して、取引についての重要な事実(取引の種類、目的物、数量、価格、取引の期間など)を説明して承認を得なければならず、取引が行われた後に、取引についての重要な事実を報告しなけらばならないという規定が創設されます。

 ご質問のケースで、医療法人Xと会社Yが取引を行うことは、利益相反取引にあたると考えられますので、上記の手続きをとることが必要になります。

 逆にいえば、この手続きさえちゃんと行っておけば、利益相反取引を行うこと自体は適法なので、ご質問のケースでも、手続きをしっかりと踏んで取引を行えば、問題はないということになります。

 ただし、その取引を行った結果、医療法人Xに損害が生じた場合、理事長Aは、職務を怠ったものと推定され、医療法人Xに対して損害を賠償する責任が生じることがありますので、ご注意ください。

イ 競業取引についての改正

 医療法人Xと会社Yが同種の事業を行う場合(競業取引)には、上記の利益相反取引と同様の手続きをとる必要があります。
 競業取引については、改正前は規制の対象とはなっていませんでしたが、改正により、新しく規制が加わることになりました。

 会社Yは、「薬剤や材料等の仕入を主たる業務とする」とのことで、医療法人Xも当然、このような業務を行われるでしょうから、XとYの事業は、競業取引にあたると考えられます。
 ですので、施行後は、上記の利益相反と同様の手続きをとる必要があります。

 競業取引についても、利益相反取引と同様、上記の手続きさえちゃんととっておけば、競業取引を行うことは適法であり、競業取引自体ができないというわけではありません。

ウ 関係法人に関する報告

 改正により、医療法人Xは、「関係事業者」との取引の状況に関する報告書等を作成し、都道府県知事に届出をしなければならないこととされます。
 ※この部分に関する改正医療法の施行日(効力発生日)は、平成29年4月2日です。

 ご質問のケースでは、会社Yが、医療法人Xと以下のいずれかの取引を行っている場合には、会社Yは「関係事業者」にあたり、その取引の状況に関する報告書等の提出が必要になります。

(長いですが、改正条文をそのまま引用させていただきます。)
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① 事業収益又は事業費用の額が、
1千万円以上であり、かっ当該医療法人の当該会計年度における事業収益の総額(本来業務事業収益、附帯業務事業収益及び収益業務事業収益の総額)又は事業費用の総額(本来業務事業費用、附帯業務事業費用及び収益業務事業費用の総額)の10パーセント以上を占める取引

② 事業外収益又は事業外費用の額が、 1千万以上であり、かっ当該医療法人の当該会計年度における事業外収益又は事業外費用の総額の 10パーセント以上を占める取引

③ 特別利益又は特別損失の額が、 1千万円以上である取引

④ 資産又は負債の総額が、当該医療法人の当該会計年度の末日における総資産の 1パーセント以上を占め、かっ 1千万円を超える残高になる取引

⑤ 資金貸借、有形固定資産及び有価証券の売買その他の取引の総額が、1千万円以上であり、かっ当該医療法人の当該会計年度の末日における総資産の
1パーセント以上を占める取引

⑥ 事業の譲受又は譲渡の場合、資産又は負債の総額のいずれか大きい額が、
1千万円以上であり、かっ当該医療法人の当該会計年度の末日における総資産の 1パーセント以上を占める取引
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(4)現実的な対応

 以上のとおり、改正医療法の施行までの間は、厳密にいえば、XとYの取引は利益相反取引にあたり、特別代理人を選任しなければ行うことはできません。

 もっとも、運用上、この違反行為に対して、それほど重い処分は予定されていないこと、改正医療法の施行までの期間は3ヶ月もないことを考えると、施行前においても、適正な内容でXとYとの間の取引を行っておくことも選択肢としてはあり得るところかと思います。

 そして、施行後においては、理事会の承認などの手続きをちゃんととった上で取引を行えば、それほど問題となることはないものと考えられます。

 よろしくお願い申し上げます。

前回質問の回答を参考にさせて頂き、
次の通り、シンプルなスキームに変更しようと考えています。

医療法人X(歯科医)の理事長Aが100%出資して新会社Yを設立し、
AがYの代表取締役に就任する。

医療法人の理事長がMS法人の代表取締役を兼務するという形です。

【質問】

本年9月1日施工の改正医療法によれば、
理事長Aが、医療法人Xの理事会に対し、取引についての重要な事実を開示し、
理事会の承認を受けた上で、事後的に取引の内容等を理事会に報告をするという一連の手続きを行えば、
利益相反取引および競業取引を、適法に行うことができる、という理解で問題ないですか?

1 ご質問および回答の結論

>本年9月1日施工の改正医療法によれば、
>理事長Aが、医療法人Xの理事会に対し、取引についての重要な事実を開示し、
>理事会の承認を受けた上で、事後的に取引の内容等を理事会に報告をするという一連の手続きを行えば、
>利益相反取引および競業取引を、適法に行うことができる、という理解で問題ないですか?

 はい。おっしゃるとおり、利益相反取引および競業取引については、一連の手続きをとることで、適法に行うことができます。

 ただし、下記「2 回答の理由」記載のとおり、東京都は、現状では、医療法人の理事が、その医療法人と取引関係にある株式会社の役員を兼務することは認めない、というスタンスをとっています。
 法律上の明確な根拠はありませんので、この運用が法的に正しいとは言えません。

 しかし、A氏がY社の役員(代表取締役、平取締役など)となるというスキームは、行政と揉めるリスクを内在します。 一方で、前回ご教示いただいた
>医療法人X(歯科医)の理事長Aが100%出資して新会社Yを設立し、
>Yの代表取締役には、Xと業務委託関係にある歯科衛生士Bが就任し、薬剤や材料等の仕入を主たる業務とする。
 というスキームをとるとこの点は回避できます。
 法律論ではなく、現場論で申し訳ありませんが、

 結論としては、お客様に行政と揉めるリスクを十分に説明し、そのリスクとBを役員にする煩雑さ等を比較して、スキームをご検討いただくことになるかと存じます。

2 回答の理由
(1)利益相反取引および競業取引について

 おっしゃるとおり、手続きさえとっておけば、適法に行うことができます。
 前回のご回答で記載させていただいた内容は、A氏が、新会社Yの代表取締役に就任される場合も同じです。

 また、医療法人Xと新会社Yとの間での利益相反取引によって、Xに損害が生じた場合、A氏は、職務を怠ったものと推定され、Xに対する損害賠償責任が生じることがあるという点も同じです。
 あくまで「推定」なので、職務を適正に行っていたことをA氏が証明すればくつがえせますが、そう簡単ではありませんので、ご注意ください。

 ただ、あくまで、Xに損害が生じ、XからAに対して損害賠償請求がなされた場合に表面化する問題です。
 現状で、A氏がXを意のままに動かせるというような状況であれば、問題になる可能性は低いものと考えられます。

(2)A氏が新会社Y社の役員になることについて

 現在、東京都は、医療法人の理事が、その医療法人と取引関係にある株式会社の役員となることは認めないというスタンスをとっており、役員になっていることが判明した場合、行政指導で改善を求めるという運用をしています。

 医療法人には非営利性が求められるにもかかわらず、その理事が営利法人の役員になることは適切ではないこと、厚生労働省が出している通達により、医療法人の理事が取引関係のある営利法人の役員となることが、原則として禁止されていることを根拠としたもののようです。

 もっとも、医療法に、「医療法人の理事が、取引関係にある営利法人の役員を兼務してはいけない」という規定があるわけではなく、また、厚生労働省の通達も、法律の委任を受けたものではないので、あくまで、行政の「見解」を示しているにすぎません。
 なので、東京都のこの運用が法的に正しいとは言い切れません。

 また、今回の医療法の改正で、しかるべき手続きをとれば、利益相反取引も行うことができるようになったという経緯も踏まえると、医療法人の理事がほかの株式会社の役員に就任すること自体が禁止されているわけではないと解釈される可能性が高いです。
 法改正のタイミングで行政の運用もかわるということはよくあることですが、今回、行政の運用が変更されるかどうか、そのタイミングがいつかというところの予測は難しいです。

 仮に、A氏がY社の役員になり、東京都がその事実を知ったとしても、行政指導がなされるという程度で、いきなり重い処分が下るような話ではありませんが、A氏がY社の役員(代表取締役、平取締役など)となるというスキームは、行政と揉めるリスクが内在します。
 一方で、前回ご教示いただいた
>医療法人X(歯科医)の理事長Aが100%出資して新会社Yを設立し、
>AはYの役員には就任せず、従業員としてY-A間で雇用契約を締結する。
>Yの代表取締役には、Xと業務委託関係にある歯科衛生士Bが就任し、薬剤や材料等の仕入を主たる業務とする。
というスキームをとるとこの点は回避できますし、100%株式を持っていれば、その後の行政運用の変更を見つつ、自らが代表となるタイミングを図ることもできます。
 法律論ではなく、現場論で申し訳ありませんが、

 結論としては、お客様に行政と揉めるリスクを十分に説明し、そのリスクとBを役員にする煩雑さ等を比較して、スキームをご検討いただくことになるかと存じます。

 よろしくお願い申し上げます。