【前提条件】
<現状>
1.S社 (代表取締役:甲、100%株主:甲)
2.Z社 (代表取締役:乙、100%株主:乙)
3.C社 (代表取締役:丙、事業部長:甲、100%株主:X社)
4.上記の3社は、それぞれ売上・仕入・外注などの取引がある。
5.甲、乙、丙は親族等ではない。X社と甲は第三者である。
<今後>
(1) S社がZ社の株式を100%取得する。乙はそのまま。
(2) 丙がX社の取締役になることにより、甲はC社の代表取締役となる。
【質問】
甲が所有することになるS社とZ社が、今後代表取締役に就任するC社と取引を行う場合、
・競業避止義務
・利益相反取引回避義務
が生じると思います。
何をすれば、この義務を果たせますか?
又、その他に注意すべき義務や責任はありますか?
よろしくお願い致します。
1 ご質問
>甲が所有することになるS社とZ社が、今後代表取締役に就任するC社と取引を行う場合、
>・競業避止義務
>・利益相反取引回避義務
>が生じると思います。
>何をすれば、この義務を果たせますか?
>又、その他に注意すべき義務や責任はありますか?
2 利益相反取引について
(1)S社とC社の取引
S社 代表取締役:甲
C社 代表取締役:甲
で、S社を代表取締役甲が代表し、C社も代表取締役甲が代表して、S社とC社が取引をする場合を前提とします。
この場合、
S社にとっても、C社にとっても、この取引は利益相反取引(のうち直接取引・会社法356条1項2号)にあたります。
ですので、S社、C社それぞれにおいて、以下の手続きを行う必要があります。
・当該取引について、重要な事実を開示し、株主総会(取締役会設置会社であれば、取締役会)の承認を得る。
この「重要な事実」というのは、取引の種類、目的物、数量、価格、履行期、取引の期間などをいいます。
また、取引が複数回行われる場合、個々の取引について逐一承認を得る必要はなく、ある程度の範囲を定めて、包括的に承認を行うこともできます。
・取締役会設置会社の場合、利益相反取引を行った後に、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告する。(取締役会非設置会社では不要。)
ただし、上記の手続きを行っていても、当該取引により結果的に会社に損害が生じた場合、甲は、善管注意義務に違反したことが推定され(会社法423条3項1号)、会社に対する損害賠償責任が認められやすくなってしまいますのでご注意ください。
利益相反取引は、そのようなリスクのある取引であるということです。
(2)Z社とC社の取引
Z社 甲は取締役ではない、100パーセントの株主:S社(代表取締役:甲、100パーセントの株主:甲)
C社 代表取締役:甲
で、Z社とC社が取引をする場合を前提とします。
この場合、
C社にとって、この取引は利益相反取引(のうち間接取引・会社法356条1項3号)にあたります。
ですので、C社において、上記2(1)と同様の手続きを行う必要があります。
一方、Z社にとっては、C社との取引は利益相反取引にはあたりませんので、上記の手続きは不要です。
3 競業取引について
(1)競業取引についての説明
競業取引とは、
会社の①取締役が、②自己または第三者のために行う、③会社の事業の部類に属する取引をいいます(会社法356条1項1号)。
③事業の部類に属する取引とは、会社が事業の目的として行う取引と市場において競合し、会社と取締役との間に利益の衝突をきたす可能性のある取引をいいます。
このように、競業取引かどうかは、市場が競合するか否かにより判断されますが、完全に一致することまでは必要なく、「和菓子の製造販売」と「洋菓子の製造販売」程度の違いであれば、競業取引にあたると考えられます。
たとえば、
A社 代表取締役:X
B社 代表取締役:X
A社とB社は、どちらも一般消費者向けに洋菓子の販売を行っている
B社を代表取締役であるXが代表して、消費者に洋菓子の販売という取引を行う
という場合を想定して、ご説明します。
この取引は、A社にとって競業取引にあたります。
A社の取締役であるXが(①)、B社という第三者のために(②)、A社の事業の部類に属する洋菓子の販売という取引(③)を行うことになるからです。
B社を代表してXが、消費者向けに洋菓子の販売を行うことで、A社が販売できるはずであった顧客を奪われ、A社の利益が害されるおそれがあるため、競業取引として規制されているのです。
A社とB社の行っている取引(事業内容)が競合するものであっても、A社の代表取締役であるXが、B社の代表取締役に就任すること自体が、競業取引にあたるものではありません。
規制の対象になるのは、あくまで、競業する個々の取引です。
このような取引を行う場合、A社において以下の手続きが必要になります。
・競業取引を(B社を代表して)行うXが、当該取引について、重要な事実を開示し、A社の株主総会(取締役会設置会社であれば、取締役会)の承認を得る。
この「重要な事実」とは、B社の規模、事業の種類、商品・サービスの内容、当該取引の規模、・範囲などです。
また、取引が複数回行われる場合、個々の取引について逐一承認を得る必要はなく、ある程度の範囲を定めて、包括的に承認を行うこともできます。
・A社が、取締役会設置会社の場合、競業取引を行った後に、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告する。
(取締役会非設置会社では不要。)
(2)本件の場合
上記のように、S社・Z社・C社の事業内容が異なっていれば、そもそも競業取引が問題となる余地はありません。
以下、S社・Z社・C社の事業内容が競合することを前提として回答します。
●S社における手続き
S社 代表取締役:甲
C社 代表取締役:甲
Z社 代表取締役:乙、甲は取締役ではない、100パーセントの株主:S社(代表取締役:甲、100パーセントの株主:甲)
S社・C社・Z社の事業内容は同種であるということを前提とします。
C社において、代表取締役である甲がC社を代表して、S社と競業する取引を行う場合、競業取引規制の対象となります。
ですので、S社において、上記の手続きをとる必要があります。
Z社において、代表取締役である乙がZ社を代表して、S社と競業する取引を行う場合、以下のような事情があれば、競業取引規制の対象となる可能性があります。
甲が、自己が代表取締役及び100パーセントの株式を有するS社が、Z社の100パーセント株主であるという立場を利用して、事実上、甲がZ社の経営を実質的に支配している場合です。
この場合には、Z社を代表して取引を行ったのは、形式的には甲ではなく乙ですが、実質的には、甲が当該取引を実行したものと考えられるからです。
この場合、S社において、Z社が行う競業取引の承認手続きが必要になります。
●C社における手続き
上記と同様に、S社において、C社と競業する取引を行う場合、競業取引規制の対象になりますので、C社において所定の手続きが必要です。
また、Z社において、C社と競業する取引を行う場合、上記のような事情があれば、競業取引規制の対象になります。
●Z社における手続き
S社・C社において、Z社と競業する取引を行う場合は、競業取引規制の対象とはなりませんので、Z社において何ら手続きを行う必要はありません。
甲は、Z社の取締役ではなく、①会社(Z社)の取締役が行う取引である、という要件を満たさないからです。
4 まとめ
以上を整理すると、
〇S社・C社においては、利益相反取引・競業取引ともに所定の手続きが必要です。
〇Z社については、いずれも、手続きは不要です。
なお、S社は、代表取締役・株主ともに甲であることから、仮に、所定の手続きがなされなかったとしても、事後的に問題になる可能性は高くはありません。
よろしくお願い申し上げます。