(1)顧問先(株式会社)の貸借対照表に計上されている仮払金及び未収入金の
相手先が死亡しました。
(2)相手先は顧問先の現代表取締役の父親(前代表取締役)なのですが、父親
が代表取締役時代の長年にわたる引出額が累積されており、仮払金及び未収入金
の合計額は約1億円です。
(3)数年前のいざこざにより親子関係は絶縁状態にあったのですが、亡くなっ
た父親の法定相続人は顧問先の現代表取締役のみです。
(4)父親が残した財産は金融資産約2,000万円のみですが、当該金融資産
を顧問先の仮払金及び未収入金の回収金額に充当し、残額を貸倒損失として計上
したいと考えています。
2.質問事項
(1)法人が資産計上している仮払金及び未収入金について、法人と父親との間
での契約書等は残されていませんが、法人は父親に対して債権の存在を主張する
ことはできると考えても問題ないでしょうか?また、債権の法的な存在を主張
(または法的な存在の主張を少しでも有利とする)ために今からできることはあ
りますか?
(2)法人が父親(前代表取締役)の残した財産を父親に対する仮払金及び未収
入金の回収額に充当した後、現代表取締役は相続放棄を行って税務リスクを減少
したいと考えていますが、正しいでしょうか?
(3)法人が父親の相続財産を債権の回収額に充当する際に、どのような書類を
作成すべきでしょうか?
(4)債権が時効になっていないことの疎明資料として、何か書類を作成すべき
でしょうか?
(5)その他こうした方が良いのではないかと言う点をがあればご教示いただけ
ますでしょうか?
貸倒損失の計上に税務リスクがあることは十分承知した上で、税務調査で指摘を
受けた際の疎明資料をできる限り、揃えておきたいと考えていますので、その観
点からのご回答をお願いできれば幸いです。
どうぞ宜しくお願い致します。
1 相続放棄と貸し倒れについて
(1)相続放棄と充当の可否
相続財産である2000万円を、父親に対する仮払金及び未収入金(以下、「債権」といいます。)に充当するということは、法律的には、相続人である代表取締役が、債権者である会社に対して相続財産である2000万円を支払ったものと評価されます。
相続人が相続財産を処分する行為を行った場合、単純承認したことになります(民法第921条1号)。そうすると、相続人である代表取締役はもはや相続放棄はできなくなってしまいます。
結果として、代表取締役は残りの8000万円の負債も相続してしまい、代表取締役個人の財産の中から負債を返済しなくてはならなくなります。
代表取締役に財産がなく、残り8000万円の回収可能性が全くないのであれば、会社が債務免除をして、貸倒れとして処理することもあり得るところです。
もっとも、通常、資産等が全くないということはないでしょうから、全く返済もせずに、貸倒れ処理した場合には、寄付金とされるリスクは大きいです。
(2)とりうる方法
今回のケースで、相続人が債務を負うことなく、会社が相続財産の中から債権を回収して、残額を貸倒れ処理するには、以下の2つの方法が考えられます。
①相続人全員が相続放棄をして、会社が相続財産管理人の選任を申し立てる
②相続人が限定承認をして、その後、相続財産の清算手続きを行う
ア ①相続人全員が相続放棄をして、会社が相続財産管理人の選任を裁判所に申し立てる
(ア)手続き
・代表取締役が相続放棄をする。
・次順位の相続人(前代表取締役であるお父様の父母・兄弟)がいれば、その人にも相続放棄をしてもらう。
そうすると、相続人がいなくなりますので、相続財産を以下の手順で清算することになります。
・会社が、債権者として、相続財産管理人の選任を裁判所に申し立てる(民法952条1項)
※通常は、弁護士が相続財産管理人として選任され、以後相続財産を管理することになります。
・裁判所が、相続財産管理人が選任されたことを、2か月間官報に公告する
・それでも相続人であると名乗り出る者がいない場合、相続財産管理人は、債権者に申し出るよう、2か月間官報に公告する
・公告期間が終了したら、この間に申し出をした債権者に対し、相続財産から弁済がなされます。
※会社の他にも申し出をした債権者がいれば、債権額に応じて案分されます。
(イ)費用
・相続財産管理人の選任の申立てをする会社が、裁判所への予納金(相続財産管理人の報酬等)として、60万円~100万円程度を支払う必要があります。
最終的には、相続財産の中から回収することができますので、手元には戻ってきますが、その分、相続財産が目減りします。
・選任の申立てを弁護士に委任する場合には、別途弁護士費用がかかります。
(ウ)問題点
先生のご質問事項(1)とも関連しますが
会社が、相続財産管理人に対して、債権の存在を主張する場合、債権を証明する資料(契約書等)がないことが問題となる可能性があります。
契約書などがなくても、貸借対照表に仮払金として計上されているのであれば、それを根拠として、権利主張することも可能でしょう。
最終的に、債権の存在を認めて弁済がなされるかは、相続財産管理人の判断事項になります。
上記にも記載したとおり、貸借対照表に仮払金として計上されているという事実も、債権の存在を裏付ける資料の1つにはなります。
イ ②相続人が限定承認をして、その後、相続財産の清算手続きを行う
(ア)手続き
・相続人である代表取締役が限定承認の申立てを裁判所に行う。
※受理されれば、以後、代表取締役が相続財産の管理を行うことになります。相続財産の管理、及び、以下の清算手続きを弁護士に委任することも可能です。
・受理されてから5日以内に、限定承認をしたこと、及び、債権者がいる場合には2か月以内に申し出るよう官報に公告する。
(知れている債権者(今回の場合は、会社)に対しては、個別に、債権の申し出をするよう催告をしなければなりません。)
・上記の公告期間が満了したら、請求の申し出をした債権者に対し、相続財産から弁済をします。
※会社の他にも申し出をした債権者がいれば、債権額に応じて按分されます。
(イ)費用
・限定承認の申立費用として、1万円程度が必要です。
・申立てや清算手続きを弁護士に委任する場合には、別途弁護士費用がかかります。
なお、限定承認をした場合、被相続人に対して、全ての資産を時価で売却したものとみなして譲渡所得課税が行われます(所得税法59条1項1号)ので、それもコストになります。
(ウ)問題点
会社が、債権の存在を主張する場合、債権を証明する資料(契約書等)がないことが問題となる可能性があるのは、方法①の場合と同様です。
ただし、方法②による場合、債権の存在を認めて弁済をするかどうかを判断するのは、相続財産を管理する代表取締役(または、委任を受けた弁護士)であるという点が、方法①と異なります。
ですので、方法②による場合、債権の存在を認めて弁済をするかどうかは、一応こちらで左右できる事柄です。
(3)まとめ
以上の2つの方法のうちどちらかの手続きを行った上で、相続財産である2000万円を回収し、回収できなかった残額は貸倒れ処理をすることになるものと考えられます。
ただし、他に相続人に債権者がいる場合には、2000万円全額の回収は難しくなりますので、その点はご留意いただければ幸いです。
上記の2つの方法によれば、1億円の債権の引き当てとなる財産(回収の対象となる財産)は、相続財産のみであり、代表取締役個人の財産は含まれません。
ですので、貸倒れの処理をする場合にも、相続財産からこれ以上回収できないということで足りることになります。
一方、2000万円の相続財産を充当し、残額を債務免除等して貸倒れ処理をした場合には、代表取締役個人の財産からの回収可能性があるとして、否認されるリスクが高いものと考えられます。
ですので、上記の2つの方法のどちらかをとられる方が、否認のリスクは低いでしょう。
①②の方法ともに、準備する書類や手続き等が煩雑であり、ご本人で行われるにしても、弁護士に依頼されるにしても、1度ご相談いただいた方がよいかと思います。
顧問先様がご希望であれば、無料相談をお使いいただき、手続き等含めてお話しさせていただきます。
2 法人の父親に対する債権の存在について
>(1)法人が資産計上している仮払金及び未収入金について、
>法人と父親との間での契約書等は残されていませんが、
>法人は父親に対して債権の存在を主張することはできると考えても問題ないでしょうか?
>また、債権の法的な存在を主張(または法的な存在の主張を少しでも有利とする)ために
>今からできることはありますか?
現時点で、何か証拠となるような書類等を作るということは考え難いところです。会社から、前代表取締役であるお父様に対し、仮払金の支出があったことを裏付ける資料を探していただくことに尽きるかと思います。
>(4)債権が時効になっていないことの疎明資料として、何か書類を作成すべき
>でしょうか?
既に父親がなくなっているため、現時点で、書類を作成することは難しいです。
期ずれの問題については、時効は、期間が経過したとしても、債務者(父親)が時効を利用する意思表示をすることで、初めて法律的には効力を生じますので、その意思表示がなかった旨を説明することになると思われます。
よろしくお願い申し上げます。