・会社の代表者が亡くなり、その妻、長男、次男、長女が相続した。
・目立った財産は、自宅の土地、建物、会社の株式と会社への貸付金がある。
・負債は、会社の事業資金として、代表者個人が知人から借入れたものが300万円ある。
・長男が会社を引き継ぐので、負債は全て長男が引き継ぐということ話がまとまっている。
質問
分割協議で、負債を長男のみに全て引き継がせた場合、ほかの相続人に請求されては困るので、借入先に、長男が全て引き継いだということを知らせておいた方がよいでしょうか。
分割協議で、負債を長男のみに全て引き継がせた場合、ほかの相続人に請求されては困るので、借入先に、長男が全て引き継いだということを知らせておいた方がよいでしょうか。
2 回答
(1)結論
分割協議の結果、長男のみが負債(以下、「債務」といいます。)を相続したことを借入先の知人(以下、「債権者」といいます。)に法的に主張するには、債権者の承諾をとる必要があります。承諾がない場合には、他の相続人が債権者への返済を拒むことは法的にはできません。
ただし、今回は下記のように債権者の承諾をとることは難しくない事案かと思われます。
承諾がとれない場合の対応も含め「理由」で説明しておりますのでご覧下さい。
また、ご質問とは直接関係はありませんが、時効が成立しているかいないかについてもご注意下さい。
(2)理由
ア 金銭債務の相続
金銭債務は、相続と同時に、法定相続分の割合に応じて相続人が引き継ぐことになります。
今回のケースでは負債の額は300万円なので、
奥さん 2分の1→150万円
長男 6分の1→ 50万円
次男 6分の1→ 50万円
長女 6分の1→ 50万円
となります。
イ 遺産分割協議による金銭債務負担割合の変更について
遺産分割協議は、相続人が合意さえすればどのような内容でもよく、内容に制限はありませんので、債務金額の300万円を全て長男が引き継ぐという内容の分割協議も当然可能です。
ただし、これは相続人間での話であり、債権者に対してその内容を主張(対抗)できるかは別問題です。
(なお、取得財産を超える負債の承継は、贈与税の問題を生じさせる可能性もあるため、ご注意ください。)
上記のとおり、負債は相続分の割合に応じて相続人が引き継いでおり、遺産分割協議でこの割合を変更したことを債権者に主張するには、債権者の承諾をとっておく必要があります(事後的にでもよいです)。
債権者の承諾がなければ、遺産分割協議の内容を前提に、債権者からの請求を拒むことはできません。
たとえば、奥さんが債権者から150万円を請求されれば、法律的には支払わざるを得ません。なお、上記のとおり、負債はそれぞれの相続人に分割されますので、債権者が請求できる額は、300万円全額ではなく、奥さんの法定相続分2分の1に対応した150万円です。
ウ 対応策
(ア)債権者の承諾をとる
長男が全ての負債を引き継ぐという内容で、債権者の承諾をとるのが一番です。
そうすれば、債権者に対し、他の相続人は債務を引き継いでいないとして、請求を拒むことができます。
ご質問のケースでは、債権者は、代表者が会社を経営していることを前提に事業資金として貸したのでしょうから、会社を長男が引き継ぐのとあわせて、事業資金として借り入れた300万円も長男が引き継ぐことになったと説明すれば、応じてもらえる可能性が高いでしょう。
それぞれの相続人に分割されるというのは、債権者としてもわずらわしいですし、会社の代表を今後続けていく長男に債務を1本にまとめるというのは、債権者にとってもメリットがあります。
(イ)相続放棄
債権者の承諾が得られない場合、次善の策として、負債を引き継ぎたくない相続人には相続放棄をしてもらうということも考えられます。相続放棄をすれば、当然ながら債務を負うこともありません。
もっとも、相続放棄をした場合、他の財産も全て放棄することになりますので、財産を引き継ぐこともできません。
今回は、自宅の土地建物を相続する人は放棄はしない方が良いでしょうし、また少なくとも、長男は会社の株式は保持することになると思うので、相続放棄はできません。債務の金額も大きいわけではないので放棄をする程でもないかとも思います(大きいか小さいかは他の財産もあわせて検討が必要なところではありますが)。
何の財産もいらないという相続人がいらっしゃればその方にしてもらうということになります。
この辺りは、他の財産を誰が引き継ぐのかという部分とのバランスになります。
(ウ)債権者の承諾をとらないまま遺産分割協議をする
債権者が承諾しなかったとしても、債務を長男が全て引き継ぐという遺産分割協議は、相続人間では有効です。
ですので、それぞれの相続人が債権者に支払いをした場合、長男の負債を、他の相続人がかわりに支払ったことになります。
長男本人のかわりに支払ったのですから、それぞれの相続人は、債権者に支払った金額を長男から返してもらう(求償する)ことができます。
ただし、長男が他の相続人に返すお金がない、というような事態になれば、相続人間でもめることも想定されます。後々の紛争のもとになる可能性もありますので、注意が必要です。
(エ)時効について
いただいた情報だけでは、判断しかねますが、
今回の場合は契約書等によりますが、事業者としての個人として父親が借り入れたのではなく、純粋個人として借りていると認定される可能性が高いです。その場合、時効の期間が弁済期(分割返済の場合は、その返済期日ごとから)10年となります。
分割返済で支払いを怠った場合は、以前このメーリングリストでも解説しました(【[law-sodankai 42] Re: 借入金の時効】)通り、利益の期限喪失約款があれば、
① 分割での返済を怠った場合に、直ちに借主が全額を支払うとなっている場合(当然>型期限の利益喪失約款)
→返済を怠った期日から「全額」について時効期間が進行します。
② 分割での返済を怠った場合に、「金融機関が全額を支払うように請求した時」に、>借主が全額を支払うとなっている場合(請求型期限の利益喪失約款)
→債権者が全額の支払いを請求をするまでは、分割金額についてそれぞれの返済期日から時効期間が進行します。債権者が全額の支払いを請求した時には、請求した日から、残りの全額について時効期間が進行します。
ということになります。
また、時効期間の計算は、「父親」による、少額の返済行為等の債務があることを前提にした行為や債務を認める行為(法律的には「債務の承認」といいます。)があった場合には、その時点から改めて計算されますのでご注意下さい。
なお、時効は時効期間経過後でも、債務者自身が時効を主張する意思を表示しなければ効果を生じません。父親のご友人ということもありますので、時効が主張できる場合であっても、相続人が時効の主張をしないということもありえますので、お客様に意思の確認が必要かと思われます。