永吉先生
いつもお世話になっております。
標題の件につき質問させていただきます。
個人甲には3人の子(乙丙丁)がいますが、乙は乙の子(以下「孫A」といいま
す。)の学費の支払いに窮しています。
乙はいったん甲から孫Aの学費として5百万円を借り受けることでその場をしのぎま
したが、孫Aが卒業するまで数年にわたり同様の状況が生じると考えられるため、今
後は甲の相続税の圧縮もねらって生前贈与を検討しています。
また、甲は生前贈与も含めた形で、乙丙丁に均等に相続させたいと考えています。
そこで、孫Aの学費の贈与にあたって、次のケース別にそれぞれ①持戻しの対象とな
る特別受益となるか(なるとすれば対象は誰か)②遺留分の計算にどのように影響す
るか③その他甲の希望を実現するにあたって留意すべき事項をご教示ください。
なお、孫Aは甲の相続財産を遺贈等により取得しないものとします。
(1)孫Aが通学中、毎年5百万円を乙へ贈与する場合(全額学費に充てるものとし
ます)
(2)孫Aが通学中、毎年5百万円を孫Aへ贈与する場合(全額学費に充てるものと
します)
(3)孫Aが通学中、甲が直接5百万円の学費の支払いをする場合
ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。
1 ご質問
>甲は生前贈与も含めた形で、乙丙丁に均等に相続させたいと考えています。
>そこで、孫Aの学費の贈与にあたって、次のケース別にそれぞれ①持戻しの対象とな
>る特別受益となるか(なるとすれば対象は誰か)②遺留分の計算にどのように影響す
>るか③その他甲の希望を実現するにあたって留意すべき事項をご教示ください。
>なお、孫Aは甲の相続財産を遺贈等により取得しないものとします。
>(1)孫Aが通学中、毎年5百万円を乙へ贈与する場合(全額学費に充てるものとし
>ます)
>(2)孫Aが通学中、毎年5百万円を孫Aへ贈与する場合(全額学費に充てるものと
>します)
>(3)孫Aが通学中、甲が直接5百万円の学費の支払いをする場
2 回答
① 学費の贈与が遺産分割における相続分計算上の特別受益となるか
>孫Aの学費の贈与にあたって、次のケース別にそれぞれ①持戻しの対象とな
>る特別受益となるか(なるとすれば対象は誰か)
①は、遺産分割における相続分計算における特別受益
となるかという意味かと思います。
まず、ここにいう特別受益は、遺産分割の対象となる
乙丙丁の共有財産がある場合にその共有財産に対する
相続分(持分)計算をするためのものですので、
贈与財産が実際の相続財産となるわけではないのでご注意ください。
遺産分割の相続分計算における特別受益の考慮
については、相続開始時の相続財産に対する
法定相続分を過去の生前贈与を考慮して修正する
ことで、相続人の平等を図る(乙の相続分が減る)ためのものです。
したがって、遺言などで対象財産を分割しない
という前提であれば、
>甲は生前贈与も含めた形で、乙丙丁に均等に相続させたいと考えています。
方向性としてはこれにかなうものとなります。
ただし、そもそも、遺産分割の対象となる
相続財産(相続開始時の甲の財産)が少ないという
場合には、相続分の対象となる財産も少なくなります
ので、贈与財産の方が他の相続人が取得できる相続財産
よりも、大きくなるということがありえます。
このあたりは、甲の相続開始時の財産がどれだけ残る
予定なのかという点から考えざる負えません。
以上を前提に(1)〜(3)が
特別受益となるかという点について、
以下回答します。
>(1)孫Aが通学中、毎年5百万円を乙へ贈与する場合(全額学費に充てるものとし
>ます)
乙への特別受益となります。
>(2)孫Aが通学中、毎年5百万円を孫Aへ贈与する場合(全額学費に充てるものと
>します)
相続人乙への贈与ではありませんので、
原則として、特別受益とはなりません。
ただし、実質的に相続人である乙への贈与と同視できると
評価される場合には例外的に裁判所は乙への特別受益として評価します。
相続人の子(贈与者の孫)への贈与について、
その用途が学費のケースにおいて、
本来は、親が負担すべきもの
として、実質的に相続人への贈与とした裁判例も存在します
(神戸家尼崎支部昭和47 年12月28 日)。
今回も、学費ということであれば、
実質的に相続人である乙への贈与として、
乙の特別受益とされる可能性も高いものの、
年間500万円と高額であるため、その全て
において、実質的に同視されるかは個別事案の判断
に依存し、微妙なところです。
>(3)孫Aが通学中、甲が直接5百万円の学費の支払いをする場合
(2)と同様になると思われます。
以上を前提とすると、
遺言等で財産を分割せず、
相続財産の分割を相続人間の遺産分割に
任せるという前提であれば、
>甲は生前贈与も含めた形で、乙丙丁に均等に相続させたいと考えています。
という希望にかなうのは、
(1)の方法ということとなります。
(2)及び(3)は、Aへの贈与が実質的に、
乙への特別受益となるのかという点について、
評価の問題となり、疑義がでうるからです。
なお、個人的には以下の分割対策の観点から
遺産分割に任せるよりも
遺言を残した方が良いかと思います。
②遺留分の計算への影響
>②遺留分の計算にどのように影響するか
各相続人の遺留分侵害額の計算は、
大きくいうと
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
遺留分侵害額=(1)各相続人の具体的な遺留分額-(2)各相続人が得た財産額
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
となります。この値が正になる者は遺留分侵害額の請求ができ、
負の値になる者は、できません。
(1)各相続人の具体的な遺留分額
「遺留分の算定基礎財産価額」×「各人の法定相続分×遺留分率(本件:1/2)」
となります。
「遺留分の算定基礎財産価額」には、相続開始時の相続財産に
特別受益となる贈与の価額が加算されることになります。
つまり、乙への特別受益がある場合、
乙丙丁の具体的な遺留分額が増加することとなります。
ただし、特別受益として、遺留分算定基礎財産に加算
される金額は、相続開始前10年間になされた贈与に限定されます。
>甲は生前贈与も含めた形で、乙丙丁に均等に相続させたいと考えています。
との関係でいうと、
仮に、甲への生前贈与の額が、甲の相続財産の価額を
大きく上回るという場合には、
丙・丁は、相続開始前10年以内の贈与であれば、
(相続財産+生前贈与の額を加算した金額)×法定相続分×遺留分率(1/2)
が保証される一方で、10年より前の生前贈与であれば、
相続財産×法定相続分×遺留分率(1/2)が保証されるに
過ぎないということはいえます。
(甲の相続財産の予想額によりますが、
本件ではこちらはあまり関係がない可能性が高いですが)
(2)各相続人が得た財産額
各相続人が相続等により得る財産額となりますが、
これには、特別受益が含まれます。
こちらについては、10年の限定はありません。
>甲は生前贈与も含めた形で、乙丙丁に均等に相続させたいと考えています。
との関係でいうと、
乙への特別受益となる生前贈与
は、乙が得た財産額に加算されるため、
遺言等により、贈与金額を差し引いた金額のみ、
乙に承継させ、その他の者には差し引かない金額を
遺言したとしても、乙の遺留分侵害額請求権が
生じるわけではないということになります。
なお、(1)〜(3)の各パターンの贈与が
特別受益となる財産の価額といえるかは、
①の場合と同様です。
したがって、上記の特別受益の計算に
評価の問題を加えたくないということであれば、
①と同様に(1)の方法が明確になります。
③その他甲の希望を実現するにあたって留意すべき事項
>③その他甲の希望を実現するにあたって留意すべき事項をご教示ください。
釈迦に説法ではございますが、
甲の希望が実現するかどうかは、
甲の相続時の財産をシュミュレーションした上で
計算をする必要があります。
また、金額の問題を離れて、分割対策(共有物対策)
として、どのような種類(不動産・株式、預金等)の財産が
多いのかにより、その方法論も変わってくるものと考えられます。
基本的には分割対策のためには、遺言を残して、
調整した方が良いと考えられますが、
その際には、生前贈与との兼ね合いを調整した上で
作成する必要があるでしょう。
なお、特別受益は、古いものとなると
その立証等も困難になりますので、
しっかりと贈与契約書等を
残しておくことも重要です。
よろしくお願い申し上げます。