お世話になっております。
(前提)
・取締役会・監査役会設置会社
・監査役が現在3名(定款上監査役は「3名以上5名以内」と規定)いるが、そのうち1名(非常勤の社外監査役。以下、A)が辞任の意向
・Aは代表取締役と重大な意見相違があり近いうちの辞任を打診したが、代表取締役としては後任の監査役もすぐに見つからず慰留したい意向
(質問)
Aが監査役を辞任したとしても、監査役の員数が3名未満となってしまうので、会社法346条のいわゆる「権利義務監査役」となるという理解です。
当該「権利義務監査役」に関して、以下ご教示いただけますでしょうか。
①権利義務監査役と通常の監査役とで、権利・義務・責任等に関して、異なることはあるのでしょうか?
②権利義務監査役になった以降の報酬はどのように決定されるのでしょうか(監査役時代の報酬を受領できるのでしょうか)?
③監査役時代に、会社法427条の責任限定契約を締結していましたが、権利義務監査役になった以降も当該契約は有効なのでしょうか?
④監査役の員数が3名未満になってしまっているわけですが、会社は正式な監査役を速やかに選任する義務があるのでしょうか?
⑤仮に、長期間後任の監査役を選任できない場合、会社、取締役又はA以外の監査役に対して何らかのペナルティがあるのでしょうか?
⑥Aは後任の選定及び引継ぎの時間も考慮し、正式には3月末の辞任を検討しています(ちなみに、当社は6月決算会社です)。また、当期(2020年6月期又は2021年6月期を直前期として、IPOを検討しています。このような状況で、Aが監査役を辞任することは問題がありますでしょうか(例えば、ある程度の後任の監査役の選定のための猶予を与えているとはいえ、IPOの直前で重要な時期であるため、それを理由に、会社から損害賠償請求をされるのリスクがあるのか)。
⑦(お分かりになる範囲でご教示いただければ幸いなのですが)IPOの審査上、権利義務監査役がいること(正式な監査役が3名以上いないこと)は問題になるのでしょうか(法的に監査役としての権利義務を負う者がいたとしても、辞任している者に実効性のある監査が期待できるとは思えず、IPOの審査上マイナスであってもプラスにはならないとは考えておりますが)?
よろしくお願いいたします。
ご質問、ありがとうございます。
弁護士法人ピクト法律事務所の永吉です。
1 ご質問①〜権利義務承継監査役と通常の監査役の違い
>①権利義務監査役と通常の監査役とで、権利・義務・責任等に関して、
>異なることはあるのでしょうか?
権利義務監査役は、
後任の監査役が就任するまでの間、
職務権限及び権利義務に関して、監査役と同様に扱われるため、
基本的には、
通常の監査役と権利・義務・責任等に関して異なるところはない
と考えられています。
ただし、損害賠償を追求されるなどの事案では、
過失の有無等が問題となるところ、
その過失の有無の事実認定や評価に際しては、
実際には、通常の監査役に比べると
有利になるケースはあるかと思います。
(権利義務承継監査役なのか、通常の監査役
なのかという形式論というよりも、
辞任していることとの関係で、業務を行う
ことが困難であった等の間接事実からの推認等で
利用されるでしょう。)
過去の裁判例では、
会社が新たな役員を選任するにつき特段の障害がなく、
権利義務取締役に業務の執行が期待できず、
退任後に7年が経過していた事案において、
権利義務取締役についての、
第三者への任務懈怠責任(会社法429条)を否定した事案も
存在します。
2 ご質問②〜報酬について
>②権利義務監査役になった以降の報酬はどのように決定されるのでしょうか
>(監査役時代の報酬を受領できるのでしょうか)?
この点については、「権利」も承継する以上、
報酬請求権も従前通り請求できるというのが立法担当者
の意見となっておりますし、義務を負うこととの
バランスから私も同意見です。
ただ、この点について、明確な裁判例等は実はありません。
実際の問題としては、例えば、権利義務監査役としての
業務を行っているのであれば、請求は可能とされる可能性が高いと思います。
一方で、
例えば、長年に渡り業務を行わず、放置されていたというような
状況では、信義則という一般原則など、何かしらの理由で
裁判所は請求を否定する可能性は比較的高いのかと思います。
3 ご質問③〜責任限定契約について
>③監査役時代に、会社法427条の責任限定契約を締結していましたが、
>権利義務監査役になった以降も当該契約は有効なのでしょうか?
実は、この点についても明確な裁判例はありませんし、
固まった考え方等があるわけではありません。
(どちらも理由がある程度立ちます)
ただし、私の個人的な見解としては、
辞任しているにもかかわらず、次の監査役を
選任しないのは、会社側の事情によるところが
大きいかと思いますので、
裁判所が、権利義務監査役の責任を加重する方向性で
解釈をするとは思えません。
したがって、契約は効力を有するものとして認定
される可能性が高いと思います。
4 ご質問④〜会社の義務
>④監査役の員数が3名未満になってしまっているわけですが、
>会社は正式な監査役を速やかに選任する義務があるのでしょうか?
監査役の員数が3名未満になっている場合には、
監査役会設置会社は、法令・定款に違反した状態です(会社法335条3項)。
会社というよりも取締役は、
法令順守義務を負うところ、
新たな役員を選任し、上記の違反を
是正する義務を負うと考えられます(会社法330条、民法644条)。
ただし、監査役は結局は、株主総会
で選任されるものであるため、
監査役が1名いないことにより、
損害が具体的に生じなければ、具体的な
請求が顕在化することはないでしょう。
適法な状態にする義務自体は負うという趣旨です。
5 ご質問⑤〜ペナルティについて
>⑤仮に、長期間後任の監査役を選任できない場合、
>会社、取締役又はA以外の監査役に対して何らかのペナルティがあるのでしょうか?
監査役の欠員が生じたうえで、新たに選任することを怠った場合、
取締役や監査役などの役員に対して、
100万円以下の過料の制裁がありえます(会社法976条22項)。
6 ご質問⑥〜辞任による損害賠償リスク
>⑥Aは後任の選定及び引継ぎの時間も考慮し、正式には3月末の辞任を検討しています
>(ちな みに、当社は6月決算会社です)。
>また、当期(2020年6月期又は2021年6月期を直前期として、IPOを検討しています。
>このような状況で、Aが監査役を辞任することは問題がありますでしょうか
>(例えば、ある程度の後任の監査役の選定のための猶予を与えているとはいえ、I
>IPOの直前で重要な時期であるため、それを理由に、
>会社から損害賠償請求をされるのリスクがあるのか)。
一般論として、
会社が遅滞なく他人に監査役の事務処理を委任するのが
困難な時期の辞任で、引継ぎ等が行われないなど、
監査役が、会社にとって、不利な時期に辞任した場合には、
会社から損害賠償請求されるリスクはあります。
辞任の理由も関係するところかとは思いますが、
上場が近いという理由のみで、損害賠償が認められるという
ことはないかと思います。
7 ご質問⑦~上場審査との関係
>⑦(お分かりになる範囲でご教示いただければ幸いなのですが)IPOの審査上、
>権利義務監査 役がいること(正式な監査役が3名以上いないこと)は問題になるのでしょうか
>(法的に監査 役としての権利義務を負う者がいたとしても、辞任している者に実効性のある監査が期>待できるとは思えず、IPOの審査上マイナスであってもプラスにはならないとは考えておりますが)?
当然問題となるでしょうね。
是正しないと上場審査は通さないと思います。
よろしくお願い申し上げます。