(前提)
当事務所の顧問先が、ホテル事業者と建物の建て貸しによる賃貸借契約予約契約
を締結しようとしております。
その契約案において
第〇条(甲の禁止事項)
1. 本賃貸借予約契約の締結時に、本件土地に対して抵当権(根抵当権を含
む)等の乙の賃借権に優先する権利が設定されている場合、甲は本件建物の引渡
し日の前日までに、乙の賃借権に優先するすべての権利を消滅させなければなら
ない。
2. 甲は、本件建物の引渡し前に、本件土地及び本件建物に対して、乙の賃
借権に対抗できる抵当権(根抵当権等を含む)等の権利を新たに設定してはなら
ないものとする。
との契約条項が入っています。
顧問先が、この条項によって、建築のための借入にどのような影響
があるかについて心配しております。
(質問)
①賃借権と抵当権との間にどのような問題が生じるのでしょうか?
②上記のような条項が、新規の建築のための借入にどのような影響を
及ぼす可能性があるでしょうか?
宜しくお願い致します。
(1)ご質問
>①賃借権と抵当権との間にどのような問題が生じるのでしょうか?
(2)回答
ア 抵当権と賃借権に起こり得る問題
建物の抵当権と賃借権の間においては、
抵当権が実行されて競売により落札した所有者に対して、
賃借権がある(賃借人である)ことを主張できるか、
という問題が生じます。
抵当権実行により競売で落札された場合、
もともとの建物の賃借人が賃借権を主張できなければ、
出ていかなければならなくなり、
(新たな所有者と賃貸借を新たに結べれば別ですが)
建物を使用することができなくなる可能性があるため、
賃借人にとって不利益は非常に大きいです。
一方、抵当権者からすれば、
競売にかける物件に賃借権がついている
(賃借人が使用している)と、
落札者が自由に建物を使用することができなくなるため、
その価値が下がってしまいます。
(競売での落札額に影響する可能性があります)
ひいては、抵当権自体の価値に
影響を及ぼすことになります。
したがって、建物に、賃借権の負担がついている
(抵当実行による落札者に主張できる賃借権が存在する)かどうかは、
重要な問題です。
イ 抵当権と賃借権の優先関係
抵当権と賃借権の優先関係(競売実行での落札者に、
賃借権を主張できるか否か)は、
抵当権者と賃借権者のどちらが先に
「対抗要件」を備えたかにより決まります。
「対抗要件」は
〇抵当権=抵当権設定登記
〇建物賃借権=賃借人への建物の引渡し(借地借家法31条1項)
ですので、
抵当権設定登記が先になされたか、
賃借人への建物の引渡しが先になされたかにより、
優先関係が決まることになります。
今回の賃借人であるホテル事業者は、
抵当権が実行されても、自己が賃借人であることを
主張できるよう、賃借権に優先する
抵当権を設定しない(2項)、または、
すでに設定されている場合にはこれを消滅させること(1項)を
求めているということになります。
2 ご質問②
(1)ご質問①
>②上記のような条項が、新規の建築のための借入にどのような影響を
>及ぼす可能性があるでしょうか?
(2)回答
上記のとおり、賃借権に対抗できる(優先する)
抵当権を設定しないように求められていますので、
賃借人への建物の引渡後にしか、
抵当権設定登記をすることができなくなります。
通常、建築建築のための借り入れの場合には、
建物が完成した後、所有権の登記と
抵当権設定の登記を同時に行うことになります。
したがって、引渡し前に、抵当権設定登記ができない
ということだと、抵当権の価値が低下しますので、
貸付を実行するか否かやその金額について、
借入れをする側には不利になります。
この辺りの事情を説明して、ホテル事業者には、
ご質問の条項を削除してもらうよう、交渉する方法
があるでしょう。
また、これができないということであれば、
建物の建て貸しの場合、
賃借人側が、建築に要する費用を貸し付ける
などの内容で契約することも一般的にはありますので、
このような交渉の方向性も選択肢としてはありかもしれません。
いずれにしても、建築費用を工面できるよう、
総合的な視点で見た上で、
交渉をすることが重要だと思います。
よろしくお願い申し上げます。