相続 遺言

遺言者の意思能力に関する公証人の判断について

下記につきまして、ご教示下さいますようお願い申し上げます。

遺言者(相続人A、B2人)は、Bの子Cに居住不動産を遺贈する、その他の財産はA、Bで均分に遺産分割する内容の遺言書を平成29年3月に公証人役場で作成依頼し、同年4月に遺言書を完成してもらう予定です。

遺言者は90歳という高齢であり、平成28年4月頃から認知症の疑いがあり、平成29年1月に「レビー小型認知症の疑い」と診断されました(レビー小型認知症のいくつかの症状は見られるものの幻視はないためレビー小型認知症の診断には至りませんでした)。

また、居住している市の要介護認定通知書では要介護4、および所得税法に係る知的障害者(軽度・中度)に認定されています。

従って、公証人に遺言書を作成依頼した段階では、少なくとも認知症であったと判断されますので、公正証書遺言の有効性が問題になるかと思います。

公証人は遺言者と1度面談(相続人Bが付き添う)しており、遺言者に正常な判断能力があったものと判断されたようです。

実際は、話す内容が相手によって異なり、正常に見えることもボーッとしていることもありますので、公証人によっては判断が分かれる可能性もあろうかと思います。

そこで、このような場合、公証人の判断の是非について疑問がある場合、何か異議をさしはさむ手段があるかどうかご教示下さい。

よろしくお願い致します。

1 ご質問および回答の結論

>そこで、このような場合、公証人の判断の是非について疑問がある場合、何か異議をさし
>はさむ手段があるかどうかご教示下さい。

 公証人の判断の是非について、異議をさしはさむ公的な制度はありません。

 Aの立場から、遺言の作成を止めるための方策としては、
①公証人に対して遺言者に意思能力がないことを伝え、公正証書遺言の作成をやめるよう、事実上働きかける
②遺言者について、成年後見人の選任を申し立てる
があります。

 それでも公正証書が作成されてしまったとすると、遺言者がお亡くなりになった後に、遺言の有効性を争うことになります。

 なお、公正証書が作成された場合にも、作成当時に相続人の1人であるAから①のような内容の主張があったという証拠を残しておくこと自体は、遺言の意思能力に疑いが当時よりあったということになりますので、裁判では遺言の無効を主張する者に有利な証拠となりえます。
 また、下記の通り、成年後見人の選任には時間がかかり、公正証書の作成までに間に合わなった場合にも、選任されれば、公正証書作成時点でも意思能力がなかったという重要な証拠になります。

2 回答の理由
(1)公証人の判断に異議をさしはさむ手段の有無

 公正証書を作成する段階で、公証人の判断に異議を述べる公的な制度はありません。公証人は、自身の判断で、遺言者の意思能力があるかどうかを判断するのが基本です。
 やるとすれば、公証人に対して、遺言者の意思能力がないことを主張して、公正証書の作成をやめてもらうよう、事実上働きかけることになるかと思います。

(2)Aの立場を前提として

 Aの立場を前提として、遺言の作成を止めるための方策としては、
①公証人に事情を伝えて、公正証書の作成をやめるよう、事実上働きかける。
②成年後見の申立てを行う
 が考えられます。

ア ①公証人に事情を伝えて、公正証書の作成をやめるよう、事実上働きかける

 公証人に電話か書面で、遺言者の意思能力の有無に疑いがあることを伝えるということになります。
 その際には、以下のような事情を伝えていただければと思います。
・平成29年1月に「レビー小型認知症の疑い」があるとの診断がなされたこと(診断書があればベストです)
・要介護4の認定を受けていること
・所得税法に係る知的障害者(軽度・中度)の認定を受けていること
・遺言者の普段の状況(話す内容が相手によって異なり、正常に見えることもボーッとしていることもあるなど)

 それでも、公証人の判断がかわらず、公正証書遺言が作成されたとすると、遺言者がお亡くなりになった後に遺言の有効性を争うことになります。
 意思能力の有無については、公証人の判断が絶対ということではありませんので、後に遺言が無効と判断される可能性はあります。ただ、公証人が遺言能力があると認め遺言書をしたという事実は、遺言が有効であることを基礎づける1つの材料にはなってしまいますので、公正証書遺言を作成されないに越したことはありません。

 もちろん、公正証書が作成されたとしても、作成当時に相続人の1人であるAから上記のような内容の主張があったということは、遺言の意思能力に疑いが当時よりあったということになりますので、裁判では有利な証拠となりえます。

イ ②成年後見の申立てを行う

 遺言者について、Aから成年後見人の選任の申立てを行い、成年後見人が選任されれば、公正証書遺言の作成は困難になります。

 成年被後見人も遺言を作成できないわけではないですが、以下のように、医師2名の立ち会いが必要になるなど、作成するための要件は厳しくなります(民法973条)。
・事理を弁識する能力(意思能力)を一時回復したときであること
・医師2名以上の立会があること
・立ち会った医師が、遺言者が遺言作成時に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名押印をすること

 仮に、遺言者の状態が成年後見人が選任されるほどであれば、この方法は、遺言の作成を止めるための有効な手段になりえます。
 ただ、今すぐに申立てをしたとしても、成年後見人が選任されるには、最短でも1か月程度はかかると思いますので、4月の遺言作成時までには間に合わない可能性が高いです。
 ですので、公証人に対して、成年後見人の申立てをしていることを伝え、遺言書の作成を待ってもらうなどの対策は必要かと存じます。ただ、公証人が遺言の作成を待ってくれる保証はありませんので、ご留意ください。
 なお、成年後見人の選任が、公正証書の作成までに間に合わなった場合にも、選任されれば、公正証書作成時点でも意思能力がなかったという重要な証拠にはなります。

 よろしくお願い申し上げます。