ことが最近発覚しました。
Xの長男YがA社に専務として勤務しており、A社の持株割合はXが60%、
Yが40%です。
Xには配偶者と長男Yの他に長女がいます。
A社の簿価純資産は、設立時の1000万円から現在では7400万円あまりと
なっています。
XにはA社の株式以外には群馬県の自宅とわずかな預貯金しかありません。
このような状況下、XからYへ生前に株式を安全に移転できないか検討
しています。
まず、相続発生前1年以内になされた贈与は、遺留分の対象になるとの
http://www.tsumugitax.com/report/files/tsumugi_report013.pdf
ことですが、これは、有償である譲渡の場合には当てはまらないと考えて
よろしいですか。
著しく低い価額で譲渡をした場合にも、贈与とは別の扱いになりますか。
配偶者の生活のために、1000万円程度のお金が必要だとYが言われており、
この程度の金額での譲渡を考えているようです。
なお、遺留分のことを気にしなければ、贈与をした上で1000万円を支払う
という負担付贈与のような形を取ることは可能でしょうか。
1 ご質問と回答の結論
(1)ご質問①~著しく低い価額で譲渡した場合の遺留分の取扱い~
>まず、相続発生前1年以内になされた贈与は、遺留分の対象になるとの
>http://www.tsumugitax.com/report/files/tsumugi_report013.pdf
>ことですが、これは、有償である譲渡の場合には当てはまらないと考えて
>よろしいですか。
>著しく低い価額で譲渡をした場合にも、贈与とは別の扱いになりますか。
>配偶者の生活のために、1000万円程度のお金が必要だとYが言われており、
>この程度の金額での譲渡を考えているようです。
不相当な対価でなされた有償行為は、お互いが、遺留分権者に損害を与えることを知っていた場合、遺留分の算定において「贈与」と同様に扱われます。その他の財産の価値にもよるところもありますが、今回の場合、裁判になればそのように判断される可能性が高いと考えられます。
(なお、今回の回答には影響はありませんが、推定相続人への贈与の問題となりますので、1年の限定はありません。)
(2)ご質問②~遺留分を考慮しない場合の法的問題~
>なお、遺留分のことを気にしなければ、贈与をした上で1000万円を支払う
>という負担付贈与のような形を取ることは可能でしょうか。
特に法律上の問題はないです。
ただ、この場合、契約書の名前は別として、法律的には負担付贈与ではなく、売買と評価されるものと考えられます。
2 回答の理由
(1)ご質問①~著しく低い価額で譲渡した場合の遺留分の取扱い~
ア 著しく低い価額での譲渡の扱い
有償での譲渡の場合でも、以下の要件に当てはまる場合には、遺留分の算定において「贈与」と同じ扱いを受けることになります(民法1039条)。
① 「不相当な対価」をもってした有償行為
② 当事者双方が「遺留分権利者に損害を加えることを知って」した
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(不相当な対価による有償行為)
民法第1039条 不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、これを贈与とみなす。この場合において、遺留分権利者がその減殺を請求するときは、その対価を償還しなければならない。
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(ア)①「不相当な対価」をもってした有償行為
どの程度の価額の差があれば、「不相当」となるかについて、一般的な基準があるわけではありませんが、
今回のケースでは、譲渡される株式の価値を、株式の価値の評価をどのようにするかというところはありますが、簿価純資産7400万円の60%=4440万円とすると、譲渡対価1000万円と4倍以上の開きがあります。
この場合、対価が「不相当である」と判断される可能性が高いと考えられます。
(イ)②当事者双方が「遺留分権利者に損害を加えることを知って」した
A 贈与当時、贈与財産の価額が、贈与財産の価額を超えることを知っており、
B 将来相続開始までに、財産の増加がないだろうということを予見していたこと
をいうと考えられています。
今回、群馬県の自宅とわずかな預貯金しかないとのことなので、その評価額にもよりますが、Aの要件を満たす可能性が高いです。
また、Xは余命数か月ということなので、相続の開始までに、財産の変動はほとんどないことは容易に想像されますので、Bの要件も満たすと考えられます。
これらの事実から、XとYの双方が「遺留分権利者に損害を加えることを知って」今回の売買を行ったとされる可能性が高いものと考えられます。
(ウ) 結論
以上から、株式を1000万円程度でXからYに譲渡した場合には、遺留分の算定において、「贈与」と同様に扱われる可能性が高いと考えられます。
イ 考えられる対策
(ア)遺留分の事前放棄
XからYに、株式を1000万円程度で譲渡した後、配偶者と長女に遺留分を事前放棄してもらうことが考えられます。
ただし、この場合、遺留分の事前放棄(Xの生前に放棄すること)について、裁判所の許可が必要です。また、遺留分を放棄する人が、Xの生前に相当な対価をもらったという事情がないと、裁判所は許可を出さない傾向にあります。遺留分権利者が、不当に不利益を被るのを防ぎ、相続人間の公平を図るためです。
ですので、遺留分の放棄の許可を得るためには、株式の売却代金1000万円、群馬の自宅、預貯金の中から、配偶者と長女にそれなりの対価を支払っておく必要があるかと思います。また、裁判所の許可を得るためには、それなりの時間がかかるので、Xの余命が数か月ということだと、遺留分放棄の許可が間に合わないというリスクがあります。
(イ)事業承継における遺留分特例
事業承継に伴う株式の譲渡に絡む遺留分の関係では、事業承継における遺留分特例(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第4条以下)の活用が有効です。
ただ、この特例の適用を受けるためには、経済産業大臣の確認が必要で、経済産業省は、この特例は「贈与」のみの場合しか適用できず、有償での譲渡の場合には使えないという立場に立っています。遺留分特例を設けた趣旨からすれば、民法上、贈与と同様に扱われる「不相当な対価」での有償譲渡に適用がないというのは結論として不均衡なので、裁判になれば、適用があるとの結論になる可能性が高いです。
もっとも、事実上、経済産業省の確認を受けることができない(裁判で争うとしても、長期間がかかる)ことから、余命数ヶ月ということですと、特例の適用を受けることは難しいかと思います。
今回、対価1000万円を支払わず、贈与にするということであればこの点の問題はクリアされるので、一応、以下に要件等を記載しておきますので、ご検討ください。なお、今回は、要件を満たすためには、株式の贈与時までにA社の代表取締役をXからYにすることが必要、かつ、経済産業省の確認・家庭裁判所の許可を受けるために一定の時間がかかるため、Xの余命が数か月ということがネックになるという問題はあるかと思われます。
ⅰ 制度の概要
この特例では、一定の要件を満たす会社の後継者が、遺留分権利者全員との合意、および、所要の手続(経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可)を経ることで、生前贈与された自社株式を遺留分算定基礎財産から除外することができます。
ⅱ 要件
①贈与の対象となる株式の会社が、中小企業であって、合意時点において3年以上継続して事業を行っている非上場会社であること
②株式の贈与をする人が、過去または合意時点において会社の代表者であること
③株式の贈与を受ける人が、合意時点において会社の代表者であること
④株式の贈与により株式を取得したことにより、贈与を受けた人が議決権の過半数を保有することになること(すでに、過半数を保有している場合には使えません。)
ⅲ 手続
①特例を利用するためには、贈与をする経営者(X)の推定相続人全員(配偶者・長男Y・長女)と後継者(長男Y)で合意をし、合意書を作成することが必要です。
②合意をしてから1ヶ月以内に、経済産業大臣に申請し、確認を受けなければなりません。
③経済産業大臣の「確認書」の交付を受けたら、確認から1か月以内に、家庭裁判所に申立書を提出し、許可を受ける必要があります。
(ウ)現実的なところ
遺留分減殺請求は、遺留分の侵害を受けた者が請求をしなければその効果は生じませんし、当事者が事業承継のためと納得していれば問題とならないケースもあります。
ここは法律の話ではないですが、
事前に遺留分のことも話しておくべきかどうかは、そのほかの相続財産の価額や相続人間の関係性も考慮した上でということになるかとは思いますが、
事業承継のためと事前に親族間で話し合っておいて確認書を取っておいた方が、後々のトラブルには発展しにくいという側面はあるでしょう(もちろん、法的には上記の通り、遺留分の事前放棄の裁判所の許可や事業承継における遺留分特例の適用が必要です。)。
(2)ご質問②~遺留分を考慮しない場合の法的問題~
>なお、遺留分のことを気にしなければ、贈与をした上で1000万円を支払う
>という負担付贈与のような形を取ることは可能でしょうか。
この場合、法律上、特に問題はないかと思います。
なお、
>贈与をした上で1000万円を支払う
ということだと、契約書の名前は別として、法律的には負担付贈与ではなく、売買と評価されるものと考えられます。
よろしくお願い申し上げます。